花とことばと、あなたとわたし

天乃 彗

ネリネ


 もうすぐだ。もうすぐ先輩がくる時間。私はさりげなく腕時計を気にしながら、何食わぬ顔で学校に向かう。


「ネネちゃんっ」


──来た。

 後ろから聞こえた先輩の声に、私の心臓は高鳴った。私は期待してたことを悟られないように、そっと振り返る。先輩はいつもと同じにこやかな顔で、馴々しく私の頭に触れた。


「おはようネネちゃん! 今日もかわいいねー」

「冗談は止めてください」


 私は先輩の手をそっと離した。そんなことされたままだったら、顔が赤いのがばれてしまう。


「ネネちゃんは今日もつれないなぁ」


 先輩は少しも気にしてない様子で笑っている。その笑顔で、何人の女の子を虜にしたんですか? 聞いてみたいけど、聞けるわけがない。


「雅弘ーおっはよー!」

「あっ、はよー!」

「ちょっとぉ、その女の子誰ぇ?」

「あぁ、彼女彼女っ」

「ホントかよー? じゃ、またねぇ」


 クラスメイトだろうか。やってきた女の子に先輩は笑いながら言ってのける。

 先輩は、軽い。女の子の扱いにも慣れてる。先輩の発言や行動を見れば一目瞭然だった。

 少し前、登校中の私に先輩が声をかけてきた。それから毎朝、先輩は私に言いよってくるのだった。先輩のその遊び慣れたテクニックにより、私はまんまと先輩に惹かれていった。こんな先輩を好きになってしまうなんて、つくづく間抜けだと思う。


「ねぇネネちゃん。そろそろ俺と付き合ってくれてもいいんじゃない?」

「だから、冗談は止めてくださいってば」

「本気なのにー?」


 先輩は苦笑しながら頭を掻いた。“本気”……か。

 ねぇ先輩。先輩の本気ってどれくらいですか? 今だに連絡先を聞いてこないのは、断られても平気だからですか? 

 私は、本気です。だからこそ、あなたの告白を断ってるんです。断られて諦めるくらいの“本気”なら、私はいりません。


──私は、あなたの本気を試したいのです。


「じゃあさ、今度の日曜デートしよ?」


 先輩は、私の顔を覗き込みながら言った。

……その本気が確かなものなら、期待してもいいですか? まだ、私を追い掛けてくれますか? 


……なんて。

 この数分の幸せを維持するために、わざと家を遅く出てるのは私なのに。例え冗談でも──先輩の笑顔も、言葉も、ぬくもりも、みんな宝物。この胸の痛みも、この気持ちさえも、先輩がくれた宝物。

 先輩の甘い誘いに、私は余裕ぶった笑顔を見せる。揺れる思いを悟られないように。


 また明日も来てほしいから、私はおきまりの台詞を言うのだ。

 胸に秘めた愛していますの意味を込めた、私の常套句。


「……またの機会に」





*ネリネの花言葉:「またの機会に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る