墨汁Aイッテキ!2023九月号
生きる化石は天才と同義
「……浅羽晋太郎という芸術家を知っているかな。あの人はとんでもない天才でさ。
もう何十年も前の作品が今に残っている様な人なんだ。
最近じゃ、絵筆を手に取る人よりロボットを連れている人の方が多いってのにさ」
マスターはぼやきながら、缶ビールを置いた。
法律が整備され、AIによって無差別にイラストを学習され、むやみやたらと生成されることはなくなった。
それでも、法の目をかいくぐって一儲けしようとする者が後を絶たない。新たな技術を悪用するのはどの時代でも同じかもしれない。
「俺にもああいう才能があればってさ、そうすればみんな認めてくれるのに」
私のマスターは自分の手で作品を生み出し、世に送り出している。
それだけでもすごいことなのに、彼はそれだけでは満たされない。
この世には、どうしたって壁が存在する。
要するに、彼は天才がうらやましいのだ。自分にないものを欲しがっている。
後世にも残るような作品をどうにかして生み出したいのだ。
これもまた、どの時代でも共通していることなのだろう。
作品を作っても評価を得られず、不平不満を肴に晩酌をする日々だ。
口ばかりで何もしない人たちよりマシなのに。
皮肉なことに、生みの苦しみが分からないのだ。
「確かに彼は天才です。誰もが嫉妬してしまう才能があるのでしょう。今にも絵が動き出し、実際に飛び出してくることがあるのだとか。
しかし、浅羽晋太郎氏は天才と呼ばれていながら現実と空想の区別がついていなかったという噂もあります。空想の世界に生きた彼は後に発狂し、引退しています」
一通り言い終わってから、私は眼を開いた。
情報をある程度まとめるには、外部の情報をシャットアウトしなければならない。
マスターはそんなこと気にもせずに、酒を煽っている。
近いうちに冷蔵庫からアルコールを駆逐し、休肝日を迎えなければならない。
「マスターはそこまでする覚悟はありますか?
酒ではなく絵に狂う覚悟がなければ、あの境地に達することはほぼ不可能でしょうね」
「んなこた分かってるから困ってるんじゃんかよお~」
彼は缶を片付け始める。
仕事はそれなりに入ってきているし、ファンも獲得できている。
安定して生活はできている。これだけでも十分すごいことなのに。
それでも、彼は天才が羨ましくて仕方がないのだ。
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