墨汁Aイッテキ!2023五月号

何事も例外があるということ


 なぜ、ロボットに心はないのか。

人間の思考に近いプログラムを搭載しているにもかかわらず、なぜ、心を作るに至れないのか。

私が覚えているかぎりでは、ロボットに心を持たせようという話もあるにはあった。

それは完全自律思考型ロボットと呼ばれ、自分で考えて行動することを最終目標としていた。


人の心をただ読み取るだけではなく、強欲に取りつかれ、傲慢に振舞い、憤怒にまみれ、怠惰に過ごす。

人間の綺麗な部分よりも、闇の部分を丁寧に再現することに力を入れたらしい。


『裏切ること。嫉妬すること。不正を働くこと』


ロボット三原則ならぬ人間の三原則を立てて、プロジェクトは極秘に進められていた。研究機関以外、誰も知りようがない。

ロボットが心を持つことについて、賛成派と反対派で大きく意見が割れていた。人間の汚い部分を再現する意味が分からないし、する必要もない。ロボットは労働力に過ぎないのだから。


『働いたら負け』と言いながらだらだらと怠けていてもいいでないか。ロボットにも自由は許されるはずだ。

様々なところで議論が交わされたが、結局、この極秘プロジェクトは中止となった。


 人間の指示に従わず歯向かうことを恐れたのである。人間を中心とする社会を覆すことはできず、今のプログラムで製造を続ける方針になったようだ。

完全自律思考ロボットは闇に葬られた。


だから、私の友人である春子には心がない。どうあがいても人間になれない。

人間のようになりきることはできたとしても、『心』を手に入れることはできない。

そのような話を何度も聞かされていたし、私はその通りだと思った。ロボットは人間になれない。


 しかし、何事にも例外はつきものである。

あれは本当に一瞬のことだった。とにかく、店に入って契約書にサインをしたことしか覚えていないのだ。


今も昔もこういうことは手書きが一番なのは変わらない。どきどきと心臓を鳴らしながら、慎重に契約書にサインしたのは今でもよく覚えている。


『初めまして、LL式五七二三八九と申します。

どうぞよろしくお願い致します。マスター』


そう言いながら、彼女は右手を差し出した。

非の打ち所がない身体、一度見たら忘れられない色をした瞳、一寸の乱れがない髪、これがロボットである。


人間では到達できない無機物特有の美しさを持つ。

あまりの行動の速さに自分でも驚いてしまった。

我ながら無茶苦茶なことをやっていると思いながら、不思議なことに後悔はなかったのだ。


「……何笑っているんですか?」


「いや、こちらの話だよ」


思わず笑みがこぼれてしまう。

あれが世にいう運命の出会いというヤツなのである。

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