第185話 平和なみこさん

 私は今喫茶店に来ている。

 隣にはみこさん、対面にはあまみさんだ。


 このメンバーなのに、なぜか小倉庵ではなく知らない喫茶店。

 まずみこさんが、清楚系の服を着てコーヒーを飲んでいるという姿に違和感がある。


 勝手にお茶と和菓子のイメージをつけてしまっていたよ。

 速攻でティラミスを注文したのはびっくりしたね。


 それよりだ。


「あの、これはいったい何の集まりなんですか?」


 私は急に呼び出され、待ち合わせ場所へむかってここに連れてこられただけ。

 何か用事でもあるのだろうか。


「特に何もありませんよ」

「ないんだ……」


 あまみさんも呼ばれただけのようだ。


「たまにはいいじゃありませんか。ケーキおいしいですよ?」

「まあ、おいしいですけどね」


 安くはないけど、確かにお値段以上においしいとは思う。

 私はチョコレートケーキにしたけど、ちょっと他のケーキも気になってしまった。


 ちらっとみこさんのティラミスを見ていると、視線に気付いたのかみこさんがにこっと笑う。

 かわいい。


「一口食べてみますか?」

「え? あ、いいんですか?」

「どうぞ~」


 そう言って私の前にお皿を差し出してくる。

 てっきり「あ~ん」とかする展開かと思って逆にびっくりした。

 とりあえず普通にひと口いただいてお返しする。


「なずなさん、そちらのケーキも一口いただいてもいいですか?」

「ああ、どうぞ」

「では、あ~ん」


 あ、こっちはするのね。


「はい、あ~ん」


 私のチョコレートケーキをみこさんの口の中へと運ぶ。

 何度も経験していることではあるけど、なかなか慣れないものだ。


 そんな私たちの様子をぼ~っと眺めているあまみさん。

 いつの間にかお皿の上にあったモンブランは消えていた。

 食べるの早いなぁ。


「あまみさん、どうかしましたか?」


 ちょっと様子が気になって声をかける。


「いやぁ、なんか平和だなって思って」

「確かに」


 それは平穏な日常のことを言ってるのだろうか。

 それともみこさんがいるのに何も起きないからだろうか。

 私はなんとなく後者のような気がしていた。


「平和が一番ですよ」

「確かに」


 みこさんの口からそう言われるとちょっと驚くけど、同意はする。

 しかし、私はみこさんと一緒にいると起こる、いろいろな出来事は嫌いじゃない。

 ひどい目にあうこともあるけど、大体はけっこう楽しんでいたりするし。


 だからだろうか、ちょっと今日は物足りなさを感じてしまう。

 だが、油断は禁物だ。


 もしかしたらどでかい花火を打ち上げるために、今はエネルギーを溜めているのかもしれない。


 そんな警戒をしつつ、無事にケーキを食べ、そしてコーヒーを飲み終わる。

 来るとしたらここか?


「ふぅ、それではそろそろ出ましょうか」

「あ、はい」


 ……何も起きない?

 無事に店を出てしまった。


「おふたりとも、今日は急に来てもらってありがとうございました」

「あ、いえいえ、私もみこさんに会えて嬉しかったですから」

「そう言ってもらえると嬉しいです。それではまた」


 みこさんはぺこりと頭を下げ、そして手を振ってから普通に帰っていった。

 いつものように突然消えることもなく。


 残された私とあまみさん。

 何かあると思っていたせいで拍子抜けしてしまった。

 もしかしたら私は失礼な勘違いをしていたのではないだろうか。


 別にみこさんがいるから何かが起きていたわけではなかったのかもしれない。

 何かが起こっている時にみこさんがたまたまいるということはなかっただろうか。


 今となってはよく思い出せないが、そうだったかもしれない。

 くっ、こんなことなら、遠慮せずに清楚なみこさんを堪能すればよかった。


 膝枕してもらったり、頭なでてもらったり、抱きしめてにおいを嗅いじゃったりしたらよかった。

 次に会ったときは、ぜひいろいろさせていただこう。


 そんな邪なことを考えている後ろで、あまみさんが「何かのゲージが溜まっていっている気がする……」と震えていた。


 怖いこと言うのやめてほしい。

 私は今日の清楚なみこさんを信じる。


 ……。

 そして家に帰った私は、なぜか我が家のキッチンで料理をする、新妻風みこさんと遭遇することになるのだった。


 また夢オチかと思ってほっぺたをつねってみるけど、これは現実のようだ。

 とりあえずエプロン姿のみこさんがかわいかったので後ろから抱きしめる。


「なずなさん、お料理ができませんよ……」

「もうちょっとだけこのまま……」


 なんてことをやっていたら、ちょうどお母さんが帰ってきて恥ずかしい思いをしました。

 やっぱりこういうのが私たちらしいと思います。

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