第158話 大人の階段を上れない少女たち
大人の階段を上っていったお母さんたちが戻ってくるまで、私と柑奈ちゃんは一般向けのコーナーをぶらぶらしていた。
私は電子派なのでお店で本は買わないし、音楽もアニメもほぼデジタルや配信がほとんどだ。
それでもアニメショップをうろうろするのは楽しい。
たまにお店に来ることで新しい作品と出会ったりもするしね。
世の中にはもはや追いきれないくらいにたくさんの作品が生みだされている。
それは幸せなことではあるけれど、同時に私の知らない百合作品があると思うと悔しくもある。
推しがいる、推しがある、そういう状態というのは楽しくて幸せなことなんだなぁ。
ぶらぶらと棚を眺めながら店内を進んでいると、とある場所で柑奈ちゃんが何かの本を持って立っていた。
「柑奈ちゃん、何か買うの?」
「うん、これを買うつもり」
柑奈ちゃんが手に持っていたのは『大和撫子戦記』という、どこかで聞いたことあったような作品だ。
どうやら異世界転生小説みたい。
「じゃあ買ってきてあげるよ」
「え、いいよ。自分で買うから」
「いいのいいの、お姉ちゃんにまかせなさい!」
「じゃあ、うん。ありがとう姉さん」
ふっふっふ。
これで柑奈ちゃんからの好感度も爆上げだ。
今夜は一緒にお風呂という展開もありえるぞ!
楽しみだなぁ。
「はい、柑奈ちゃん」
「ありがと」
お会計を済ませた商品を柑奈ちゃんに手渡す。
ちなみに私はお支払いも電子マネーでおじゃる。
「その作品って面白いの?」
「うん、異世界転生して大活躍する大和撫子な女子高生の話なんだ」
「へえ」
「興味あるなら後で貸すよ? 買ってくれたものだし」
「いいの? ありがと」
面白かったら電子版を全巻買っちゃおうかな?
柑奈ちゃんと共通の話題が増えるし。
ひとりでハマるものいいけど、ふたりで同じ作品を推すのも楽しいからね。
とその時、ふと視線を外した先でとあるものを発見する。
「あ、あれは!?」
「どうしたの姉さん」
「柑奈ちゃんが欲しがってた、魔女っ娘変身セットだよ!」
「……欲しがってないけど」
「な、なんだって~!?」
「私がいつこれを欲しがったの……」
「買ってあげるから着ない?」
「着ないよ」
「が~ん」
そんなバカな……。
魔女っ娘のコスプレをして喜んでいた柑奈ちゃんはいったいどこへ……。
あれは夢の中の話か?
それとも私の妄想か?
「えっと、着て欲しいの?」
「うん」
「まあ、姉さんがどうしてもって言うなら、着てもいいけど……」
「柑奈ちゃん!! ラブ~!!」
「ちょっと、止めて~」
私は店内であるにも関わらず、柑奈ちゃんを抱きしめ、頬をすりすりする。
ラブラブ姉妹の姿を見せつけてやんよ!
そこにようやく大人の世界からお母さんたちが戻ってきた。
今日は少し長かった気がするなぁ。
「あらあら、やっぱりふたりは仲良しね」
「お、お母さん、助けて」
「ふふふ、なずなちゃん、その辺にしておきなさい」
「は~い」
私は柑奈ちゃんを解放すると、その足で魔女っ娘変身セットをレジへ持っていった。
戻ってくると、お母さんから生温かい視線をむけられる。
「なずなちゃん、なんかすごいものを買ったのね」
「うん、柑奈ちゃんに着てもらうの」
「そ、そうなのね。まあ、ふたりの世界だし、それは自由だと思うけど……、ほどほどにね?」
「うん」
何か心配されているような気もするけど、お母さんたちよりは健全な自信があるよ。
その後も数店のアニメショップを巡り、少しカフェでのんびりしてから今日は解散となった。
やはり趣味に生きるのは楽しいなぁ。
家に帰り、私は晩御飯の仕度をするためにキッチンに入った。
リビングではお母さんが今日の戦利品をかばんから取り出している。
やばいブツがあるはずなので自分の部屋でやってほしいのだが……。
さすがに薄い本なんかはこんなところで出さないとは思うけど。
「お母さんは何を買ったの?」
柑奈ちゃん、それは聞いちゃダメだよ。
大人の階段を上っていくところ見たでしょ?
「ふふふ、まあいろいろよ」
「ふ~ん」
柑奈ちゃんは何かを察したのか、それ以上は踏み込まなかった。
それでも私は少し心配になりテーブルの上を覗く。
お母さんがかばんから取り出していたのは、キャラクターもののお菓子だった。
なるほど、だからこんなところに置いていこうとしていたのか。
しかし、ああいったものを実際に買っている人は初めて見た。
少なくとも私のまわりにはいなかったなぁ。
ちょっと割高だしね。
特典目当てか何かだろうか。
その中には『大和撫子戦記』の姿もあった。
すでにけっこう人気作なのか?
私はまたも流行に乗り遅れているのだろうか。
そんなことを思いながらキッチンに戻ろうとした時、事件は起きた。
「あ」
「え」
お母さんと柑奈ちゃんの声に私が振り返ると、そこには固まったふたりの姿が。
嫌な予感がして戻ってみると、ふたりの視線の先にはとある1冊の本。
それは『大和撫子戦記』のものと思われる、薄い大人の百合本だった。
「ぎゃああああああ~!!」
「お母さん! 柑奈ちゃんが心に傷を!!」
悲鳴をあげる柑奈ちゃん。
しかし、手で顔を隠しつつ、ばっちり隙間から本を凝視していた。
「ご、ごめんね、柑奈ちゃん」
「罰として没収!」
「あ、はい」
さっきまで凝視していた薄い本を奪い取る柑奈ちゃん。
「これは、けしからんです」
「柑奈ちゃん、それはダメだよ……」
私は柑奈ちゃんが間違いを犯す前に本を取りあげてお母さんに返した。
一件落着。
それにしてもあれだ。
柑奈ちゃん、将来有望だな。
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