第147話 そうだ、お蕎麦を食べに行こう

 私の手に握られた5千円札。

 さきほどお母さんにお昼ご飯代として渡されたものだ。


 お母さんと柑奈ちゃんは何か用事があるとかで、ふたりでこそこそと出かけていった。

 どう考えても5千円は多いのだが、そこまでして私をおいていきたかったのだろうか。


 とても悲しい。

 何か隠している気がする。

 まあいいか。


 とりあえずお昼ご飯だ。

 何か作ってもいいけど、せっかくだし贅沢でもしようかな。

 これだけあればお肉食べ放題でもおつりが来る。


 ふっふっふ。

 さあ、出かけるとしようか。


 家を出て、とりあえず近くのショッピングセンターへむかうことにした。

 そこまで行けばなんかあるでしょう。


 気が乗らなければ、そのまま食品売り場で何か買って家で作ろう。

 そう思いながら歩いていると、後ろから声がかかる。


「なずなさ~ん」

「およ?」


 振りむくと、こちらに手を振りながら走ってくる小路ちゃんの姿が。

 今日もばっちり和服がかわいい。

 走ったら危ないと思うのだが、やっぱりかわいい。


「小路ちゃん、どうしたの? 柑奈ちゃんならちょっと出かけちゃってるけど」

「あ、いえ、私はお昼ご飯を食べに行くところだったんですけど、そうしたらなずなさんを見かけたので」


「わあ、偶然だね。私もお昼ご飯を食べに行くところだったんだ」

「そうでしたか。どこで食べるか決めてるんですか?」


「ううん、とりあえずショッピングセンターにでも行ってから決めようかと」

「それなら私と一緒にお蕎麦を食べに行きませんか? わらび餅もおいしいお店なんです」


「いいね! 行こう行こう」


 小路ちゃんのおかげでお昼ご飯も決まったし、小路ちゃんと一緒にお昼ご飯食べられるし、最高じゃないですか。


 もちろんデザートは小路ちゃん♪

 なんてね!


 私は脳内をお花畑にしながら、小路ちゃんとともにお蕎麦屋さんを目指す。

 すぐ近くにあるらしく、のんびり歩いていくことにした。


 どうやら普段は前を素通りしているお店で、一応存在くらいは知っていた。

 通り道にお蕎麦屋さんがあってもなかなか入る機会はないもんね。


 小路ちゃんはよくこんなお店を知ってるものだ。

 お母さんと来たのかな。


 そしてお店の扉を開き、中に入るとびっくり。

 ちょうど目の前に彩香ちゃんと愛花ちゃんがいた。

 あれ、けっこう有名なお店だったり?


「あら、白河さん」

「彩香ちゃん! それに愛花ちゃんも。偶然だね」


「ええ、まさかこんなところで会うなんてね」

「せっかくだし一緒してもいい?」


「構わないわよ」

「やった」


 私が笑いながらふと小路ちゃんの方を見ると、ちょっと頬を膨らませている気がした。

 あれあれ?


 もしかして彩香ちゃんとおしゃべりしてたからヤキモチ?

 なんてね~。


 私たちが店員さんに席へ案内してもらうそのタイミングで、さらに後ろからお客さんがやってくる。

 お店の扉が開き、中に入ってきたのはなんとなんと珊瑚ちゃんだった。


「あら、なずなさん。偶然ですね」

「そ、そうだね」


 珊瑚ちゃん、さすがにこれを偶然というのはむずかしくないかな?

 絶対普段こういうところ来ないでしょ……。

 他のみんなもそう思ったのか、全員笑顔がひきつっていた。


 まあそれはともかく、せっかくなので5人が座れる席へ案内してもらい、一緒にお昼ご飯を食べることにする。

 ひとりで食べるはずだったのに、ずいぶんとにぎやかになったものだ。

 嬉しい限り。


 席につき、全員注文はお蕎麦とわらび餅に。

 私と小路ちゃんはお蕎麦もわらび餅もよもぎにした。

 私がそうした理由はなんとなく。


 なんか小さい時によもぎのお蕎麦を食べたのを思い出したから。

 でもおいしかったのかどうかが思い出せない。

 なので今日、その記憶を呼び覚ます。


 しばらくしてお蕎麦が届き、少しワクワクしながらひと口。

 うん、よもぎ。

 おいしい。


 なんか思い出したけど、小さい時はこれをおいしいとは思ってなかった気がする。

 でもなぜか食べたくなるんだよね。

 不思議。


「どんな味なの?」


 彩香ちゃんもよもぎ蕎麦を食べたことなかったのか、興味ありそうに聞いていた。


「う~ん、よもぎ味としか」

「そうなのね。私は食べたことなかったから」


「食べる?」

「え?」


 私はお箸でお蕎麦をつかみ、彩香ちゃんの前に持っていく。


「いや、ちょっと」

「はい、あ~ん」

「え~っと……、あ~ん」


 彩香ちゃんはおとなしく私の施しを受け入れ、よもぎ蕎麦を口に含んだ。


「……よもぎって感じね。初めて食べたけど」

「だよね」


 あれ、なんだかまわりから冷たい視線を感じる……。

 なぜだ。

 とりあえず気にせず、私は残りのお蕎麦を堪能することにした。


 そしてお待ちかねのわらび餅が届く。

 見た目からしてプルプルしてて、そして涼しそうに輝いている。

 美しい……。


 食べるのがもったいないくらいだ。

 というわけで、ぶすっとね。


 刺さっている感触もあまりないそれを、黒蜜のかかったきな粉と共に口へ運ぶ。

 噛む感触はほぼなく、口の中でむにょ~んと伸びる。


 これはもう食べているというより飲んでるとも言える。

 超美味である。


「な、なずなさん、そちらの味も気になります!」


 私がわらび餅を堪能していると、珊瑚ちゃんが食いつくように身を乗り出してくる。

 そんなにわらび餅が好きなのだろうか。


「え? ああ、そうだね。じゃあ交換しようか」

「はいっ」


「じゃあどうぞ。こっちいただくね」

「え……」


 私はお皿ごと珊瑚ちゃんの前にわらび餅を差し出し、私は慎重に珊瑚ちゃんのところから普通のわらび餅をさらう。

 ほらこれ、めちゃくちゃ伸びて危ないからさ。


 気を付けないと落っこちちゃうんだよ。

 うん、こっちもおいしい。

 やっぱりわらび餅って最高だよね~。


「そうじゃないでしょ~!!」

「珊瑚ちゃん!? なんで怒ってるの!?」

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