第140話 さようなら、お汁粉ご飯

 まるでメンヘラちゃんのような表情をしたひまわりちゃんをお店の中に連れてきた。

 このお店はどうやらひまわりちゃんたち小学生ズの生活圏に入っているようだ。


 とりあえず私の隣に座らせ、あまみさんにはみこさんの隣に移ってもらった。

 ひまわりちゃんからはなんとなく負の気配が漂ってくる。

 少しでも誤魔化そうと、私はお汁粉を差し出してみた。


「ひまわりちゃん、お汁粉食べる?」

「別にいりませんけど……」


「そうだよね。私が食べてたのなんていらないよね……」

「やっぱりいただきます」


「あ、どうぞ」


 私が差し出したお汁粉をひまわりちゃんがひと口食べる。

 その瞬間、幸せそうな表情へと変化。

 負の気配は完全にどこかへ行ってしまったようだ。


 簡単に一件落着してよかった。

 ということで本題に移ることにしよう。


「それでみこさん。私はなぜここに連れてこられたんですか?」


 そもそものお出かけ理由を聞いてない。

 ただ出かけたいというだけで、わざわざ家を特定していきなり押しかけては来ないだろう。

 ……多分。


「私もそれは聞きたいよ。わざわざこのお店にしたのだって、私にも用があったんでしょう?」


 きっとそれもあるはずだ。

 私だけに用事なら、わざわざ数多くある甘味処からここを選ぶことはないだろう。


 単に知り合いがいるお店ということで選ぶことはあるかもしれないけど、久しぶりに会ったっぽい感じだしね。

 このタイミングだと用事が会ったんだろうなぁって思ってしまう。


「ふふふ、実はですね」

「うん」


「お汁粉ご飯同盟の活動と、それからあまみ姉さんをお誘いするためのふたつです」

「お汁粉ご飯同盟?」


 恐らく聞いたことないであろう言葉にあまみさんが首を傾げる。

 ひまわりちゃんもお餅をもぐもぐしながらこちらを見ている。


 超かわいい。

 天使。

 そのまま甘い唇をいただきたい。


「なにそのなんとか同盟って」

「お汁粉ご飯同盟、その名の通り、お汁粉ご飯を愛し、世界へ広めていくための同盟です」

「大きい野望だね。でもそうか、お汁粉ご飯か」


 やはりあまり一般的ではないのだろうか。

 おいしいと思うのだが。

 そう思っていたら、あまみさんの口から意外な言葉が出てきた。


「実は前に私、それをメニューに加えようと提案したことがあるんだ。断られちゃったけど」

「ええ!? 残念ですね」


「まあ仕方ないよ。だってここにくるお客さんがわざわざそれを食べるかっていうと確かに微妙だし」

「確かに……」


 言われてみればそうだ。

 私もお汁粉ご飯を食べるのは、狙ってるというよりはご飯にかけるものが何もない時にやる感じだし。

 これはなかなか厳しいのではないだろうか。


「やっぱりおにぎりの方がいいのかもしれませんね」

「そうだね~。いろいろある中の一品という感じであるといいかも」


 と言った感じで、私とみこさん、あまみさんと、当然のようにお汁粉ご飯を肯定する意見が出続ける。

 しかし、ひとり付いていけてない感じのひまわりちゃんがいた。


「お汁粉ご飯って何ですか?」

「その名の通り、お汁粉をご飯にかけて食べるんだよ」

「え、ご飯にお汁粉……?」


 ひまわりちゃんがすごい微妙な顔をしている。


「そっか、ひまわりちゃんは反対派か~」

「は、反対ってわけじゃないですよ? 知らない世界だっただけです!」


 知らない世界か。

 やっぱり世の中ではそんな存在なんだなぁ。

 そこで突然あまみさんが立ちあがる。


「よしっ、じゃあひまわりちゃんに食べさせてあげよう」

「え……」


 あまみさんはさっとどこかへ行くと、すぐに戻ってきて、お店の器から残っていたお汁粉をタッパーに詰めた。


「それじゃあ行きましょうか」


 そしてお店の外へ出ると、今度は近くのコンビニへと入り、何かを買って出てきた。


「近くに公園があるから、そこに行きましょうか」


 言われるがまま公園へと移動する私たち。

 もしかしてこの方、私たちよりも乗り気なのでは?


 公園のテーブルへ、さっきのタッパーと、コンビニで温めてもらったパックのご飯を並べる。

 そして、そのままご飯の上にお汁粉をかけてひまわりちゃんの前に差し出す。


「さあ、どうぞ」

「あ、はい……」


 勢いに押されながら、割り箸を使って口にお汁粉ご飯を投入するひまわりちゃん。


「あ、あまい……」

「それはまあ、お汁粉だからね」


「これはその、ご飯だと思うかスイーツだと思うか、ですかね」

「そっか~」


 これがやはり多くの人の意見なのだろう。

 そうでなければもっと商品化されて出回っているはず。


 私としてはおはぎが主食になってる感じなんだけど。

 それは受け付けない人もいるよね。


「でも、おいしいですよ」

「だよね!」


 そこは恐らく大丈夫なところ。

 甘いのが苦手な人はともかく、お汁粉を食べられる人なら問題ないはずだ。


 だとしてもだ。

 お汁粉ご飯同盟、険しい道が待っていそうだ。


「で、それはそれでいいんですけど……」


 そこでひまわりちゃんは食べるのを止め、こちらをむく。


「なんであなたはなずなさんに引っ付いてるんですか!!」

「ダメですか?」


「ダメじゃないですけどダメです!」

「そうなのですか」


 あ、これは、この展開は……。


「ふふふ。ひまわりちゃんでしたよね? ちょっとこちらに来ていただけますか?」

「え、何ですか?」


 無防備に近づいていくひまわりちゃん。

 私はただ、見守ることしかできなかった。


「私ね、小さい女の子が大好きなんです」

「え」

「あなたのようなかわいい子は特に」


 そう言ってみこさんはひまわりちゃんのお腹をそっと撫でた。


「あなたも欲しいでしょ? 赤ちゃん……」

「ひゃあああああああああ!!」


 ひまわりちゃんは持ち前の運動神経を活かし、ものすごい勢いで私の胸に飛び込んできた。

 おおう、幸せ。


「そんなに逃げなくても」

「こっち来ないでくださ~い!」


「あら、わがままですね」

「どこがですか~!」


 ひまわりちゃんとみこさんが私を挟んで攻防する。

 そのたびに私にはやわらかいものが当たり、とてもいい気分だった。


 あまみさんがもはや空気のような存在となっているが、私はもう幸せいっぱいでそれどころではなかった。

 

 ちなみにお汁粉ご飯同盟はこれで終わりとなってしまった。

 小路ちゃんもメンバーだったので残念だけど仕方ない。

 しかしここで結ばれた強い絆は永遠だ。


 私たちの甘い関係はこれからも続くのである。

 ふふふ……。

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