第137話 特別なおにぎり

 私たちは超強力だという縁結びの泉でお祈りをする。

 この世のかわいい小学生たちともっと触れ合いたい。

 そんな汚れのない純粋な思いを祈りにこめる。


 私の隣では小路ちゃんが、それはもうなにかものすごいものをこめようとしているかのようにお祈りしていた。

 ……いったい縁結びの泉で何をお願いしてるのか。


 くううう、その相手が羨ましい!

 誰だか知らないけど、小路ちゃんは渡さないんだからね!

 そんな私たちにそっと混ざって巫女さんがお祈りをし始めた。


「私に小さな女の子の恋人ができますように!」


 ちょっと!

 いったい何をお願いしているんだこの人は。

 しかも声に出すなんて。


「なずなさん! なんてことお願いしてるんですか!」

「私じゃないよ!?」


 小路ちゃんは私を疑ってこちらを見てきたが、断じて私ではない。

 私がそんなお願いするわけないじゃないですか。

 いやだな、本当にもう。


「ふふふ、私です!」

「……」


 胸の前で両方の拳を握る巫女さん。

 かわいいじゃないですか。

 だからって騙されませんからね!


 そんな縁結びの泉でのやり取りを終え、私たちは本来の目的である神社の方へとむかう。

 拝殿の前まで案内してもらったけど、確かに何も迷うことはない。

 そもそも迷う神社があるかは知らないけど。


「さあ、存分にお祈りください。お客さんはほとんど来ないので、きっとばっちり聞いてくださいますよ」

「あ、お客さん少ないんですか……」


 そんなもったいない。

 こんなに綺麗な神社なのに。

 SNSで見かけたから結構人気なのかと思っていた。


 知る人ぞ知る状態なのだろうか。

 そういえば確かに他の人を見かけない。

 本当に家から近ければ毎日来たいなあ。


 ……あ、もしかしてそういうこと?

 確かに近くの人じゃないと来づらい場所だよね。


 さて、私はここでも先ほどと同じ控え目で汚れのないお祈りをしておいた。

 小路ちゃんはさっきのような気迫は感じられず、いつも通りのお祈りという感じだ。


 そしてここでも巫女さんが混じって来た。

 巫女さんがこういうことしてるってちょっと不思議な感じがするけど。

 終わってその場を離れ、歩きながらふと聞いてみる。


「いったい何をお祈りしていたんですか?」


 どうせろくでもないことだろうと思っていたのだが。


「世界平和です」

「どうしたんですかいきなり!?」


 もしや私の知らないうちに頭でも打ったのだろうか。

 とても心配だ。

 とりあえず広い神社の敷地を一周して、最初にいた公園の休憩スペースまで戻ってきた。


「それではお昼ご飯としましょうか」

「そうですね」


 少な目に作ったとはいえ、一応4人分あるのでここは巫女さんもお誘いしておこう。


「お姉さんもどうぞ一緒に」

「まあ、ありがとうございます」


 この巫女さん、その大和撫子な所作と話し方で、とても変な人には見えない。

 しかし時折出てくるあの変態的な発言がすべてを台無しにしている。

 残念な方だ。


 それにしてもこの人の巫女服、近くでちゃんと見てみるとコスプレっぽいな。

 つまりはただの神社好きな観光客かもしれない。

 いやでも、前の海沿いの神社では社務所にむかって行ってた。


 そういえばあの時と服が違うような。

 あっちでは本物で、こっちでは観光客かも。


 そんなことよりお昼ご飯だ。

 私と小路ちゃんはそれぞれ持ってきたお弁当をテーブルの上に展開する。


 小路ちゃんのお弁当は、おにぎりや玉子焼きに唐揚げなど、量は少ないものの定番ものだ。

 私の方もおにぎりと余っていたミートボールや余っていたえびグラタンなんかを入れてある。


 一見定番物に見えるだろう。

 しかし、ふふふ。

 私のおにぎりには秘密が隠されているのだ。


「では私からは栗饅頭を」

「お姉さん、好きですね、それ」


 初めて会った時からずっと饅頭推しだ。

 ものすごいところから出てくるけどね。


「小路さん、いかがですか?」

「あ、いただきます」

「ではどうぞ」


 そう言って巫女さんはなぜか口に饅頭をくわえて小路ちゃんの方へ身を乗り出す。

 ……何をしているんだこの人。


「な、なずなさ~ん」

「私にまかせて!」


 小路ちゃんを変態から守るため、私は仕方なく代わりにその栗饅頭を反対側からいただくことにする。


「そ、それもダメ~!!」


 私が栗饅頭の先を少しかじったくらいの時、小路ちゃんが後ろから私を引っ張って引き戻される。

 うむ、どうしたのだろうか。

 巫女さんはその様子を見ておかしそうに笑った。


「ふふふ、残念です」


 そう言いながら、巫女さんは残りの栗饅頭を口の中に放り込む。

 実に楽しそうである。


「ああ、私の体の中に、なずなさんの食べた栗饅頭が入っていきました」

「……」

「今、この辺りにいるんですね」


 また何か始まったぞ?

 巫女さんはおなかの辺りをさすりながらうっとりとした表情をしている。

 やばい、くるぞ、変態的な言葉が。


「あ、動いた。私の、赤ちゃん♪」

「ひいいいいいいい!!」


 予想をはるかに上回っていて、思わず悲鳴をあげてしまった。

 この人強すぎる……。


「なずなさん、離れてください。私が守ります!」


 小路ちゃんが巫女さんの間に入って私を守ろうとする。

 しかし危険すぎる。

 この巫女さん、普通じゃない!


「ふふふ、小路さん、いいのですか?」


 巫女さんは不敵な笑みを浮かべながら、小路ちゃんににじり寄る。

 そしてそっと小路ちゃんのお腹を撫でた。


「私、実は小さい女の子が大好きなんです♪」

「ぎゃああああああ!!」


 小路ちゃんが恐怖からか初めて見るような表情で悲鳴をあげながら、私の方に抱きついてきた。

 おおう、幸せ。


 そういえばこの方、さっきお祈りの時にそんなこと口走ってたなぁ。

 楽しそうに笑う巫女さん。


 どこまでが冗談なのかわからないけどね、この人。

 とりあえずお昼ご飯の続きといきましょう。


「さあ、それよりも私のおにぎりを食べてみてください。けっこう自信作なんです」

「へえ、何が入ってるのでしょう?」


「食べてみてのお楽しみです」

「では、いただきましょう」


 巫女さんがひと口おにぎりを頬張る。

 その量なら具にも到達していることだろう。


「あ、中に餡子が」

「ふっふっふ。私が偶然思いついた自信作です」


 ご飯とお餅はほとんど同じようなもの。

 おぜんざいやおはぎがあるのだから、ご飯を餡子で食べるのは当然ありだよね。

 小路ちゃんもちょっと食いつき気味に反応をする。


「私もお汁粉をご飯にかけて食べたことあるんですけど、『それはない』って言われたことあります。おいしいのに」


 何?

 お汁粉ご飯に否定派が存在するのか。

 知らなんだ……。


「私も食べたことあります。別に悪くないと思います」


 巫女さんも賛成派のようで、私のおにぎりを1個、さっそく食べきってくれた。

 私たちの間になんとなく、『お汁粉ご飯同盟』のような絆を感じる。


 巫女さんはまた胸の前でかわいらしく拳を握ると、なぜか決意を表明するかのように言った。


「私、残りの人生、お汁粉ご飯を世界へ広めるために使います!」

「そこまで!?」


 やはりこの巫女さん、ただの変態ではなく、とても面白い人だった。

 今度あまみさんも交えてお話をしてみたいものだ。

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