第136話 湖の神社とあの時の巫女さん

 私と小路ちゃんは目的地の神社を目指して川沿いの道を自転車で走る。

 とてもいい天気で気持ちいい。

 川の水面がキラキラしている。


 綺麗な景色で心が洗われていくみたいだ。

 いつか海沿いも自転車で走り続けてみたい。


 地図で確認したところ、今日は10キロほど走るようだ。

 これくらいの距離でハンガーノックなんかは大丈夫だろうけど、まあけっこう遠い。

 1時間くらいはかかりそうだ。


 小路ちゃんの言ってた通り、その神社は一番近くの駅からでも5キロくらいは離れている。

 その距離を歩かないといけないので、それだと確かに自転車の方が楽そうだ。


 よかったのは、ほぼ川沿いの自転車道を走れるということ。

 同じ距離を街中で走るのは、無理ではないけどしんどい。


 信号も多いし、人も多いし。

 特に都市部なのに道の狭いところは最悪だ。


 それに比べてこの道の快適さ。

 いいね~。


 途中でジョギングしている人を何人かかわしながら、すいすいと進んでいく。

 ふわっと流れる風が心地よかった。


 約1時間ほど走り続け、いったん自転車道が川沿いから離れる。

 そしてしばらくすると今度は川ではなく湖沿いへと変わった。

 ついに目的地の近くまで来たようだ。


 そのまましばらく走っていると、SNSの写真で見かけたちょっと小さな橋を見つけた。

 その先には鳥居が見える。

 ようやく着いたか。


 自転車を降りて押しながら橋を渡る。

 駐輪場に自転車を止めて、ついに私たちは目的地にたどり着いた。


「来たね、小路ちゃん」

「来ちゃいましたね」


「ちょっと疲れたね」

「まずは休憩しましょう。あ、一応ようかんどうぞ」


「わっ、ありがとう」


 やっぱり自転車で長旅と言えばようかんだよね。

 違う?


 距離は短くとも、なんかこういうのあると、すごいことを達成した感がある。

 一口食べると、じんわりとエネルギーが全身を駆け巡っていくような気がした。


 ちょっと大袈裟かもしれないけど、やっぱり自分でやり遂げると小さなことでも充実感がある。

 こういうのって楽しい。

 帰りのことを考えるとちょっと億劫ではあるので今はやめておこう。


 私たちは神社内に入り、そこで公園のような感じになっているところを見つけた。

 そこにあった休憩スペースのベンチに座る。


 一息ついて、持ってきていたお茶を飲む。

 湖を眺めることもできて、ボーっとしているだけでもなんだか幸せな気持ちだった。

 もっと近くだったら毎日寄りたいくらいだ。


「あの、実はお弁当を持ってきたので、お参りが終わったらここで食べませんか?」

「え、小路ちゃんも持ってきたんだ? 実は私も作ってきたんだぁ」


「そうでしたか、二人分作ってきてしまいました」

「私も」


 同じことを考えたなんて、ちょっと嬉しい。

 ふたりでくすっと笑い合う。


「まあ、私のは余り物で作ったからそこまで量は多くないよ」

「私も軽く食べる程度に持ってきたので、多分食べきれます」


 たとえ普通の量で二人分だったとしても、私は小路ちゃんの作ってくれたお弁当を残すつもりはない。

 それがお姉ちゃんというものだ。


「余ったら私がいただきます~」

「「うわぁっ」」


 突然どこからか声をかけられて悲鳴を上げる私たち。

 まったく人の気配なんてしなかったのに。


 いつの間にか私たちの隣に巫女服を着たお姉さんが立っていた。

 って、あれ?

 この人はもしかして……。


「がるるるる」


 ああ、小路ちゃんが狂犬みたいに……。

 この巫女さんは、海へ出かけた時の神社の巫女さんだろう。

 なんでこんなところに。


「あの、前にも会った巫女さんですよね? 海辺の」

「いえ? 私たちは初対面ですよ?」


「あ、そうですか? すみません」

「うふふ」


 どうやら人違いだったらしい。

 小路ちゃんも同じく間違えていたようで警戒を解いた。


「案内しましょうか? まあ、敷地が広いだけで必要ないかもしれませんが」

「いえ、お願いします。こんな機会めったにないので」

「ふふふ、ではこちらへ」


 そう言うと巫女さんはなんとなくふわっとした感じで先に行ってしまわれた。

 私たちもさっと荷物をまとめ、巫女さんに付いて歩き出す。


 それにしても本当によく似ている。

 別人とは思えないほど、声も雰囲気もそっくりだ。

 もしかして本人も気付いていないだけでは?


 私たちからすれば、こんな濃ゆい巫女さんはなかなか忘れるものではない。

 しかし巫女さんからすれば、私みたいなごく普通の女子高生、数多く訪れるであろうお客さんの一人にすぎない。


 そういうことなのではないか。

 そんなことを考えながら巫女さんを見つめていると、不意にこちらを振り返ってきてびくっとなる。


「あ、また栗饅頭いかがですか?」


 そう言って、どこからか栗饅頭をふたつ取り出して差し出してくる。


「やっぱりあの時の巫女さんじゃないですか!」

「今、『また』って言いましたよね!」


 私たちは巫女さんの失言を聞いて、すかさずツッコむ。


「ふふふ、やってしまいました」


 巫女さんはくすくすと照れたように笑いながら栗饅頭を私たちに渡す。

 何この人超かわいい。


 前会ったときは、かなりヤバ目のお姉さんだった気がするけど。

 今度はやっぱり別人なんじゃないかと思えてきた。


「バレてしまっては仕方ないですね」

「なんで隠そうとしたんですか……」


「いえ別に。それより、あそこにすごく強力な縁結びの泉があるんです。寄って行きませんか?」

「へえ、そんなのがあるんですね」


 ちょっと興味があるので賛成して泉にむかうことにした。

 なんだか隣の小路ちゃんの様子が変だけどどうしたのだろうか。

 泉に着くと、巫女さんがそっと私の隣に引っ付いてきてつぶやく。


「うふふ、この泉でお願いすれば、私たちの間にこどもができるかもしれませんね」

「確かお姉さんが生んでくれるんですよね」

「うふふ、もちろんです。あなたが望むなら」


 やっぱりあの時の巫女さんだ、この人。

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