第60話 紅葉さんと制服デート①

 本日はお休みの日でございます。

 なので私はひさしぶりにお寝坊を楽しんでおります。

 みなさま、緩んだ私をお許しくださいませ。


 というわけで、私はこの夢と現実のはざまをさまよう最高の時間を楽しんでいる。

 が、急に誰かの視線のようなものを感じ、だんだん気になって意識が現実に吸い寄せられていく。


 ゆっくりと目を開くと、ぼんやりとした視界に飛び込んでくる誰かの顔。

 一気に覚醒し、目を見開くと、目の前にあったのはなんとひまわりちゃんのお母さんである紅葉さんのかわいらしいお顔だった。


「へ?」

「おはようございます、なずなちゃん」


「えっと……」

「どうしたんですか~? まだおねむですか?」


「いや、なんで私の部屋に紅葉さんが?」

「先輩に頼んで入れてもらいました」


「どういう状況ですかそれ」


 お母さんはいったい何を思ったのやら……。

 自分の後輩が、睡眠中の娘の部屋に行くことなんておかしいでしょうに。


「それで私に何か用事ですか? というか、その格好は……」


 私が驚くのも無理はない。

 紅葉さんが着ていたのは、なんと制服だったのだから。


 それ私が通っている学校の制服じゃないですか。

 すごいのは、本当になんの違和感もなく着こなしていることだ。


「どうですか? 私の制服姿は」

「か、かわいいですね」

「そうですか! よかったです~」


 紅葉さんがかわいらしくふわっと笑顔を浮かべる。

 その表情に私はドキッとしてしまった。


 さすがひまわりちゃんのお母さんだ。

 こちらも絶好調にかわいい。

 クラスメイトだと言われてもまったく疑わないだろう。


「それで、どうしてそんな格好を?」

「えへへ~、それはですね~」


「はい」

「なずなちゃんと制服デートしようと思いまして~」


「制服デート?」

「そうですよ~、ひまわりちゃんとばっかり遊んでないで、たまには私と遊んでくださいよ~」


「遊んでくださいと言われても……」


 友達のお母さんと一緒に遊びに行くという発想はなかなかないと思うんだけどな。

 まあ、とても小学六年生のこどもがいるとは思えないけど。

 それより紅葉さんと遊べるというのは私にとっても嬉しいことだ。


「まあ、一緒に遊ぶのは構いませんけど……」

「やった! じゃあさっそくお出かけしましょう!」

「え? あ、ちょっと!」


 紅葉さんは寝起きの私の手を引っ張り強引に連れ出そうとする。

 とりあえず全力で抵抗し、なんとか身支度だけはさせてもらえることができた。


 制服デートって言ってるのにそのまま行こうとするんだもんね。

 寝癖直しを手伝ってもらったのは少し恥ずかしかったけど。


 準備を終えて、いったんリビングにむかうと、そこには柑奈ちゃんとお母さんがくつろいでいた。


「あれ、姉さん、なんで制服着てるの?」

「あ~、ちょっといろいろ……」

「?」


 柑奈ちゃんにむかって「ちょっとひまわりちゃんのお母さんと制服デートしてくるね!」なんて言えない……。


 なんと伝えるべきか迷っていると、柑奈ちゃんは不思議そうな顔で首を傾げる。

 かわいい!

 って、そんな場合じゃなかった。


 私はこの場をうまくすり抜ける完ぺきな言い訳を考える。

 しかし、そんな私の必死の努力は、紅葉さんによって一瞬で意味を失ってしまった。


「先輩! ちょっとなずなちゃんとデートしてきますね!」

「ちょっと紅葉さ~ん!!」


 隠すつもりないのか~!


「いってらっしゃ~い」


 お母さんもそれでいいのか~!?


「……」


 柑奈ちゃんは何か言って~!

 無言と白い目はやめて~!


「行ってきま~す!」


 何も気付いていないのか、わざとやっているのか、紅葉さんはご機嫌な様子で私を引っ張って家の外に出た。


「ふふ~ん」


 外に出てから、腕に抱きつくのはやめてくれたけど、代わりに今はおててをつないで仲良く並んで歩いている。

 正直結構恥ずかしい。


 すれ違う人たちの中には私たちに意識をむける人たちもいる。

 仲良しな姿が微笑ましいのか。

 それとも紅葉さんが圧倒的にかわいいからなのか。


 きっと両方いるんだろうけど、ほとんど紅葉さんの方だろうなぁ。

 なにが嬉しいのか、さっきから本当にご機嫌な様子で、その笑顔はどんな穢れた心でも浄化できそうなくらいにまぶしい。


 今回の紅葉さんはいったい何が目的なんだろう。

 前はなぜか私が元気ないのを知って、わざわざ家まで来てくれた。


 でも今は特に困ったこととかもない。

 まさか本当に遊びに来ただけ?


「なずなちゃん、どこか行きたいところはありますか?」

「行きたいところですか? う~ん、行きたいといえば海とか」


「え、海ですか? もしかして私の水着姿が見たいんですか!?」

「見たい……」


 って、何自然と本音をこぼしてるんだ私。

 というか本音って。


「えへへ、それは嬉しいですけど、今はまだ早いですね。私の水着姿はしばらく待ってくださいね♪」

「夏になったら一緒に行ってくれるんですか?」

「はいっ、なずなちゃんがそうしたいなら」


 ななな、なんということでしょうか。

 偶然にも紅葉さんと海に行く約束を取り付けてしまった。

 今から夏が待ち遠しい。


 私は紅葉さんの姿をぼんやりと見つめ、水着姿を想像して重ねてみる。

 うん、ヤバい。

 今から精神の鍛錬をしておかないと、私は紅葉さんをどうにかしてしまうかもしれない。


 もしかしたら、海へ行った次の日にはひまわりちゃんが私の義理の娘になってしまうかも。

 ……それはそれでありか?


 いやダメだ、落ち着け私、ありなわけないでしょうが。

 私が妄想を振り払うために首を振っていると、いつの間にか紅葉さんが私の顔を覗き込むように見上げていた。


「大丈夫ですか?」

「うぎゃっ」

「うぎゃ?」


 か、かわいい……。

 これはいかんですたい。

 絶対わざとやってるでしょうこの人。


 天然でやってたら恐ろしすぎるくらいの、計算されつくした仕草。

 この人と一日一緒にいたら、私は無事ではいられないかもしれない。


「な、なんでもないですよ……?」

「そうですか? それじゃあそろそろ行きましょうか」


「あ、それで結局どこに行くんですか?」

「そうですねぇ、アニメショップにでも行きましょうか」

「アニメショップ……?」


 なぜ急にそのようなところへ?

 普段から行ったりするのかな?


 まったく予想していなかった答えに私は戸惑いながらも、再び繋がれた手をひかれて目的地へとむかっていった。

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