第35話 果南と重い愛

 果南ちゃんが気を失ってから約30分。

 ベンチに座る私の膝の上でようやく目を覚ました。


「気が付いた?」

「あれ、私……」


「私の胸で溺れて気を失ってたんだよ」

「そうですか、私、なずなお姉さんのおっぱいで……」


 そう自分で口にして赤くなっていた。


「はぁ、茜ちゃんは私のことなんか好きじゃなかったんですね……」

「いやそんなことないよ! ただその結婚とかそういうのは重いっていうか……」


 茜ちゃんがそれ言っちゃうんだ……。


「ただの友達とか従妹じゃダメなの?」

「それじゃダメなの! 私はめちゃくちゃ愛したいし、愛されたいの! 私だけの人になってほしいの!」


 わ~お、これは大変だぞ……。

 私みたいにあちこち手を出してたら、その内刺されそうだ……。


「あ~あ、私の今までの努力は全部空回りだったんだね」

「う、ごめんね。普通に遊んだりとかはいいんだけど」


「うんわかった。茜ちゃんにはただの従妹のお姉ちゃんでいてもらうから」

「ありがとね」


「あ~あ、部屋の壁中に貼ってる茜ちゃんの写真、はがさないとだね」


 うん?


「あと、親戚のお姉さんにも、もう学校の写真送ってこなくていいって言っとかないと」


 おやおやおや?


「でもでも、この私と茜ちゃんの幸せな未来を妄想した夢日記は、思い出として取っといてもいいかな?」

「あ、うん、それは果南ちゃんの好きにすればいいよ……」


 茜ちゃんの顔がかなり引きつっている。

 さすがの私もここまで来るときつい。

 これは本物のヤバい子だったよ。


「ま、終わる恋あれば、始まる恋もあるってことで」

「そうだね、きっと果南ちゃんのこと理解してくれる人がいつか現れるよ」

「はいっ、でも現れる必要はありません。もう見つけてありますので」


 え、どういうこと?

 第二候補とか作ってたってこと?

 怖い、怖いよこの子。


「茜ちゃん、さっきなずなお姉さんと結婚するって言ってたの嘘でしょ?」

「え!? いや、あ、そう……だよ」


「そっか、よかった!」

「え、どういうこと……」


 もしや、まだあきらめてないのだろうか。

 そう思ったら、答えは予想を裏切るものだった。


「じゃあ私、これからはなずなお姉さまを愛して生きていくね!」

「ええ~!?」


 わ、私ですか?

 ちょちょちょっ、待ってほしい。


 何で私なんだ?

 さすがにこの子は私の手に余るよ。


「さっき抱かれた時のやわらかな感触と甘い香り……、もう私はお姉さま抜きでは生きていけません!」

「頑張って生きて! お願いだから!」


「そんなこと言わずに私を愛してください!」

「きゃああああ!?」


 果南ちゃんは私に口づけしようと襲い掛かってくる。

 私はなんとか引き離して抑え込み、後ろから茜ちゃんが引きはがしてくれた。


「む~……、じゃあせめて連絡先だけでも教えてください」

「まあ、それくらいなら」


 私と果南ちゃんはお互いのIDを交換する。

 スマホをぎゅっと抱きしめて大満足なご様子だった。


「一分ごとにメッセージ送っていいですか?」

「絶対にやめてね!?」


「え~、何のために連絡先交換したんですか~」

「たまに連絡を取るためだよ!」


 なんでだろうか。

 私は正直ロリコンだけど、なぜかこの子には全然萌えない。

 失礼な話なんだけど、これは事実だ。


 見た目も可愛いし、これだけ愛されるのも悪い気はしない。

 でもなんでだか、いつものようには気持ちが盛り上がらない。

 最初から茜ちゃんの子だと思ってたから、そういう対象にならなかったんだろうか。


 私の本能がこの子は危険だと告げているのだろうか。

 これはまずい、なんとかしないといけない気がする。


「ねえ果南ちゃん、いまからでも遅くないよ、茜ちゃんとやり直そうよ」

「ちょっとなずな!?」


 私は私の幸せのために親友を売る覚悟を決める。

 ごめんね茜ちゃん。


 でも、元々は茜ちゃんの問題だからさ。

 薄情な私を許してね?

 しかし、私のたくらみはうまくいかなかった。


「え~? 茜ちゃんはもういいんですよ。私の重い愛を受け止めきれない人だとわかりましたので」

「自分で重いって言っちゃったよ! ていうか、さっき茜ちゃんの日記は思い出として取っておくって言ってたよね?」


「はい! 茜ちゃんは思い出の女になりました」

「切り替え早いよ!」


 ダメだ、茜ちゃんが過去の女になってしまったらしい。

 しかしだ。

 最近重い愛がにじみ出て隠せない茜ちゃんですら受け止めきれないのに、そんな重い愛を私なんかにぶつけられても受け止められるはずがない。


「ああ、お姉様~」

「ひぃいいいい」


 果南ちゃんが私の太ももに頬をすりすりしてくる。

 その瞬間、私の背筋に寒気が走った。

 なんでなんだ。


 こんなことひまわりちゃんとかにされたら、理性がとんで間違いを犯す自信があるのに。

 なぜこの子がやるとこんなにも寒気がするんだ。


 私が、私が愛せない小学生がいるなんて!

 ふふふ、私もまだまだだったんだなぁ……。


「あ、そろそろ学校行かなきゃ」

「そういえばそうだね」


「じゃあお姉様、学校に着いたらまた連絡しますね」

「いや別にそこまで細かく連絡してくれなくてもいいよ?」


 一分毎よりはマシだけど……。


「茜ちゃんも、もう二度と会うことはないと思うけどバイバイ」

「ええ!? 二度と会わないの!?」


 ひどい、普通の人以下の扱いになってる……。

 果南ちゃんは私たちに(もしかしたら私だけにかもしれないが)手を振って、さらに投げキッスをして走り去っていった。


 正直疲れた。

 どっと疲れた。


「茜ちゃん、どうしてくれるの? 責任取ってくれるよね」

「責任? わかった、結婚しよう」

「……」


 茜ちゃんの家系は愛が重い血でも流れているのだろうか。

 ああ、いますぐ柑奈ちゃんを抱きしめて癒されたいよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る