ふゆのおとずれをそれでもとくにきにしない
ボクとミコちゃんはそうやって毎日街を自転車で駆け抜けたよ。
前の日と同じ道を通ることがあってもふうけいがちがうんだよ。
昨日はコンビニだったはずのところが今日は八百屋さんになってたり宝くじ売り場が占い師さんのスペースになってたり。
変わらないのはおじぞうさまやお堂や神社やお寺だけ。
そうやってふたりで毎日街を走って、ことしはなかなか雪が降らなかったんたけどね、12月30日にとうとう降ったよ。
「ミコちゃん、平気?」
「うん。ボクトがかしてくれたウインドブレーカーがとてもあったかい」
「よかった」
「ボクトは平気?」
「うん。ミコちゃんが巻いてくれたマフラーで肩まで温まってるよ」
「そう。よかった」
雪が降っても雨でなければ平気。
地面がうすく白くなっても、積もらなければ平気。
ボクとミコちゃんはもうあと一にちで今年が終わるというその前の日にね、とうとう街の中心部を走破したの。
でもそれは達成感じゃなくて、残念な気持ちにしかならなかったよ。
「ミコちゃん、ごめんね。おかあさん見つからなくて」
「ううん。だってそんなの最初のエリアで見つかったら苦労しないわよ。それにすぐ見つかったらちょっと寂しいかな」
「え」
「だって、こうやってボクトと一緒に街を走ってるのって、とても楽しい」
それでね、ミコちゃんは『楽しい』って言葉のほかにもうひとつ付け加えたよ。
「しあわせ」
ボクはなんだか胸が、きゅう、ってしてね。
「ミコちゃん。好きだよ」
って言ってミコちゃんの頭のてっぺんを撫でてあげたの。
ミコちゃんの男の子みたいに短い髪に触れるとね、髪と頭の肌のあたたかさとがまぜこぜになって、なんだか子猫を撫でてるみたい。
「ボ、ボクト・・・」
ミコちゃんはね、ボクに頭を撫でられたままでもう片方のボクの手をね。
きゅっ、って握ってくれたよ。
もう少しで今日も夕方になるから帰ろうかってミコちゃんに言ったらね、いつもと違ってミコちゃんがいきなりボクにあやまるんだよ。
「ボクト、ごめんね」
「えっ。なにが?」
「わたし本当はなんだか予感がしてたんだ。ボクトのお母さんに今年の内に会えるかも、って」
「でも、ダメそうだね」
「ううん。ボクト、あのね」
ミコちゃんはボクから手を離して顔を少し空の方に向けたよ。
「なんだかボクトのおかあさんは、あそこにいるような気がするの」
それは今朝回り終わった海岸線の方。
でも、ミコちゃんが目を向けて長い睫毛で見つめてるのは海じゃなくて丘。
海のそばを走ってる電車の線路の横になだらかなやわらかな登り方になってる丘の上のね。
灯台だよ。
真っ白な灯台。
「ほら、見て」
まだ4時ぐらいだけど、冬だし雪も降ってるから空が暗くなりかけてて、もう灯台のランプがともってるよ。
それで海のすいへいせんのところにかかってる雲にその光が当たるとね。
まるで稲妻みたいに雲が光るの。
白色じゃなくてね、雲の切れ間に隠れた夕日のオレンジとほんのり混ざって、夏の花火みたいな赤に近いオレンジに光るの。
「ボクト、灯台に、どうしても行きたい気がするの」
ボクはミコちゃんの言ってることがほんとうだってわかる。
嘘だったとしてもほんとうだってわかるよ。
「行こう」
「うん」
ならんで丘を登るよ。でも丘は途中から山みたいにしゃめんが急になってね、自転車で登るのがとても大変だったよ。
だけどボクもミコちゃんも一度も足をつかずにてっぺんまで登り切ったんだ。
だんだん木もしげってきて坂道もアスファルトだけども細くなってきて。
カーブする急な場所にお地蔵さまが立っておられてね、ボクとミコちゃんはココロの中でがっしょうしてまた登って。
「あ」
突然だったよ、海が見えたのは。
ううん、海だけじゃないよ、白と灰色とオレンジが混ざった雲と空も。
でね、灯台のランプが回転してるんだけどね、雲と降っている雪を、サーッ、って照らすの。
ほんとうに音がしてる感じ。
ボクもミコちゃんも灯台の前に着いた途端に、息を大きく大きく吐いてね。
「はあっ、はあっ、はあっ
ってそしたらまた吸い込んでね。
「なんだろうこの建物」
灯台の隣にね、コンクリートでできたサイコロみたいな形の子屋?があってね、やっぱり灯台と同じに白いペンキが塗られていたよ。
ドアの鍵は開いてた。
ボクとミコちゃんは建物の中に入って、寒いからまたドアをバタン、て閉めてね。照明のスイッチがあったからボクがつけたの。
「あれ・・・?」
そこにはテーブルっていうよりは勉強机みたいな小さなスチールのデスクとその上には開いたまんまのノートがあって。
だけれどもふたりはすぐにそれに気づいたよ。
「この人って・・・」
写真が一枚、机の上にそのままで置いてあって。
女のひとが、赤ちゃんを抱いてる。
「ボクト、これってもしかしたら」
「うん。おかあさんだよ」
だって、ミチルちゃんがしてくれたポニーテールの髪型とこの女のひとは同じ。
それだけじゃないよ。
ボクはほんとうに不思議なことだけれども、おかあさんの顔をやっぱり覚えてた。
目もまともに開いていないはずだけど、どうしてかボクはおかあさんの顔が見えていたんだ。
「じゃ、じゃあ、この赤ちゃんって」
「ボクだよ」
ミコちゃんがね、目を潤ませて、にこおっ、ってしたよ。
「かわいい・・・♡」
ありがとう、ミコちゃん。
「これ、日記かな」
「いいえ、これは業務日誌よ」
机の写真の隣に置いてあったハードカバーのノートにはね、日付と仕事のことが書いてあったの。
毎日、署名がきちんとされててね、『
「×月×日、天候:曇り。今日は灯台のペンキが薄く削れかかっている部分を塗った。雨が降りそうになったので作業を中止して執務室に戻った。今日も就寝は遅くなるだろう」
「×月×日、天候:晴れ。作業終了後暗くなってきたので執務室に戻る。夕食は昨日作ったロールキャベツの残り。あ、これは業務とは関係なかった」
どうやらおかあさんは灯台の管理人みたい。それでこの建物で寝てたみたい。
奥の方を覗くと小さなベッドと、小さな小さな簡易なキッチンがあって、お料理もしてたみたい。
「ボクト」
「うん。これで終わってるね」
おかあさんが書いた最後の業務日誌はクリスマスイブの翌日、クリスマスの日。
ちょうどボクとミコちゃんがおかあさんを探し始めた日だよ。
「12月25日。天候:曇り。今日はクリスマス。昨夜自分で作ったカップケーキがクリスマスケーキってことになっちゃった。今日は年末・年始の買い出しに行かないと。大晦日もお正月も灯台のランプを、わたしは灯し続けないといけないから」
それからほんとうに最後にこう書いてあったよ。
『あの子は、まだこの街にいるのだろうか』
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