XV 下駄履きのぼうけん

ゆうしゃなんかじゃないけどね

 ボクはなやんでなやんでようやくこたえを出したよ。

 楽しみにしてたクリスマス会が夕べ終わったから、ってのもあるけど。


 おかあさんを探しに行く。


 ひとりで。


 冬休みに入って寮の人たちはみんな帰省するんだ。実家にね。

 レイジさんも故郷が北海道だから帰るよ。ミチルちゃんはね、自分のおうちじゃなくてお母さんと一緒にお母さんのお里に行くんだって。年末年始ずっと自分のおうちだとお父さんと2人きりになっちゃうことがあるかもしれないから。

 おじいちゃん・おばあちゃんと過ごせてよかったね、って言うとね、お母さんのお兄さん・・・だからおじさんだね。

 おじさんのお嫁さんが、厳しいひとなんだって。

 だからお母さんもミチルちゃんも気配りをいっぱいしておせち料理とかもほとんどミチルちゃんとお母さんとでつくるぐらいにお手伝いするんだって。

 でも、だからミチルちゃんはお料理が上手なんだね。


 幼稚園もお休みになったし、今年はミチルちゃんもいないから理事長せんせいがね、おうちにおいでなさい、って言ってくださったんだけどね、


「理事長せんせい、すみません。ボク、少し寮で片付け物をしたいんです」


 って話すとね、理事長せんせいは何も言わずに、


「分かりましたよ」


 と一言だけ言ってお約束だけ伝えてくれたの。


「調理器具はIHだけ使ってね。お出かけする時は戸締りを」


 お寺の方には近くの大きなお寺のご住職さまが御本尊のお勤めに来てくださるから、もしお参りするのならご住職と一緒に、って。自分ひとりの時にはろうそくやお線香を焚かないでね、って。


 それだけ。


 もしかしたら理事長せんせいは、全部お見通しなのかも。


 よし。

 誰もいなくなった寮の食堂でボクはミチルちゃんにもらったスケッチブックを広げてね、をねったの。


 ①じぶんでかんがえる。

 ②たよるあいてにはヒントだけいただく

 ③じぶんでこうどうする。


 なあんだ。

 すごくシンプル!


 それでボクはね、さっそく今日のスケジュールを立てたよ。


 まずはやっぱりあそこだよ。


 かんのんどう。


神速しんそくさま」


 ボクは観音堂のお地蔵さまの後ろにおられる神速さまの石のお姿に話しかけたよ。


「神速さま。ボクはおかあさんを探すことにしました。ボクの考えをお話ししますのでどうぞごひひょうください」


 そう言うとね、この間みたいに石の神さまの像が割れるんじゃなくってね、すうっ、て煙が出てくるみたいにして神速さまがお出ましになったよ。

 いつものクワガタの兜に黒白の甲冑と大太刀を帯びて、すうっ、ってまっすぐに立たれて。

 でも、女神さまだもの。

 とても凛々しくてお美しいよ。


「ボクト、よう来た。いつも参拝してくれてありがとう」

「こちらこそいつも街をお護りくださりありがとうございます」

「あらましは知っておる。父に会うたのじゃな」

「はい」

「辛かったであろう・・・」

「いいえ」


 神速さまは長いまつげを少し下に向けられてね、悲しそうに微笑んでくださったよ。


「してボクト。そなたの考えを聞かせてもらおうか。わらわで助言できることであればなんでも話して進ぜよう」

「ありがとうございます。ボクの考えはこういうことです・・・」


 ボクは次のようてんをお伝えしたんだ。


 ①エリアを限定する

 この街に絞って探す。

 ②自転車で探す

 移動手段としてボクが乗れる唯一の乗り物。

 ③指輪の力を利用する

 路人ロットさまと求図グッズさまによると、おかあさんのいる場所に近付くと以心伝心で指輪が引き寄せられる。

 ④協力者

 ほんとうに困った時は、誰かひとりにそっとお願いする。


「なるほどのう。概ね賛成じゃ。わらわも極めて正しい判断だと思うぞ」

「ありがとうございます」

「ただし何点か質問させてもらおう。まず、①でこの街に限るのはなぜじゃ?」

「はい。おとうさんもおじいちゃんもおばあちゃんも、誰もおかあさんの居所を知りません。ならばボクがまず探せるところから始めようというかんがえです」

「うむ。一見当てずっぽうのようで決してそうではない。この街を探し尽くしたら隣の街、そのまた隣の街と。情報がゼロの中ではそれもひとつの合理的な方法だ」


 ごうりてき。そうか、こういうことをごうりてき、って言うんだね。


「さて、次に②だが。そなたは補助輪の自転車しか乗れなかったはずだの?」

「いいえ」


 ボクはなんだかじまんしたい気持ちでお答えしたよ。


「乗れるようになりました。クルトくんに手伝ってもらって練習して」

「ほう、クルトというと寮の男子じゃな」

「お見通しなんですね。とても頼りになるせんぱいです」

「ふふ。それはどうか分からぬが、心根の優しい者には間違いない。では、③だが。どのくらい近付くと指輪が反応するのだ」

「求図さまのお話しでは平均して100mだそうです。でも、お互いの想いが強ければさらに届く範囲は広まるだろうと」

「なるほど。では、最後に④じゃ。ボクトの協力者とは誰じゃ」

「その時になれば自然に現れると思います」

「ふふふふ。なら、今がのようじゃな」

「えっ」


 ボクは神速さまの視線に合わせて後ろを振り向いたんだ。


「ミコちゃん!」

「ボクト、ひとりで行くなんて許さないわよ!」


 寮に電話しても誰も出ないからもしかしたらここかもしれないって思って来たんだって。

 でもボクがほんとうに驚いたのはミコちゃんの礼儀正しさだったよ。


「はじめまして、神速さま。ミコと いいます」

「ほう・・・きちんと掌を重ねて深いお辞儀で相手に敬意を示すとは・・・よき女子おなごじゃのう」


 ボクは思わず言っちゃったよ。


「ミコちゃん。いつもと違うね」

「ち、違わないわよっ!わたしはいつもしとやかよっ!」

「ふふ・・・ふたりはよきパートナーじゃのう。のう、ミコ」

「は、はいっ」

「母親探しはボクトの本願。相当点数が稼げるであろう」

「・・・はい」


 なんだろ。こんな表情のミコちゃんは初めてかも。

 なんだかほっぺが赤いし、目も少し潤んで目を下に向けてて。


 それでね、ボクはミコちゃんのまつげがね、神速さまと同じぐらいにとても長いのに初めて気がついたよ。


「さあ、ふたりとも」

「はい」

「今日の良き日のわらわが立会人じゃ。これはふたりの門出でもある。行っておいで!」

「はいっ!」


 ボクとミコちゃんはね、それぞれ子供用の小さな自転車にまたがって、出発したよ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る