せんそうに勝ち負けってあるのかな?

「理事長せんせいですか?」

「そうですよ」

「えっ!」


 クルトくんは驚くけどボクはそこまででもなかったよ。ずうっと前からそんな気はしてたからね。でも理事長せんせいが次におっしゃった言葉にはやっぱりおどろいちゃった。


「ここはわたしの平等の世界なのですよ」


 つまり、それって・・・


「あ、理事長があっちにも!」


 それはどう見ても男の人。えぼし烏帽子をかぶってはかまみたいなズボンみたいなのを履いて本を読んでる。


「お、おい、ボクト・・・あれもそうだよな・・・」


 顔は同じだけどずっとお若い時のお顔かな、っていうほっぺたをちょっと赤くして、それでね、赤に近いオレンジ色のドレスを着たミチルちゃんと同じぐらいの歳の女の子だよ。


「理事長せんせい、わけを教えてください」

「そうですよね。その前に」


 そうおっしゃって重ねて着た着物を丁寧に折り曲げてね、正座なさったよ。

 気がついたら下にやっぱり赤に近いオレンジの敷布が敷かれてて、お茶のお道具もあったよ。


「さ、これでゆっくりと話せますね。まずはボクトくんとクルトくんが疑問に思っていることを先に答えておきましょう。ホンモノはわたしです」


 そんな気がしたよ。着物を着た理事長せんせいはボクたちが学園でお会いしているのと同じ年齢ぐらいに見えるもの。でも、それでも『ホンモノ』って言った瞬間に大勢いらっしゃる理事長せんせいと同じお顔をしたひとたちが一斉にボクたちの方を見たような気がしたんだ。


「みなさん、わたしはこれからこのお二人と話をしますのでしばらく静かにしていてくださいね」


 みんな、返事は特にせずに、すうっ、っていう感じで少し離れた場所に離れてていったよ。


「お二人とも危なかったですね。清廉せいれんさんの創った世界にいたらずうっと戦争を続けないといけないところでした」

「やっぱりそうか。あの清廉ってやつ、神さまの癖にあんな滅茶苦茶な世界創りやがって」

「・・・滅茶苦茶でしたか?」

「ええ、本当にもう残酷というか。永遠に同士討ちを続けないといけない世界だなんて。神経がイカれてるんですねきっと」

「・・・クルトさん。この世界も同じですよ」

「えっ」


 ボクは驚かなかったよ。

 きっとそうだと思ったもの。

 だから、ボクの方から言ってみたの。


「理事長せんせい、ここではココロを競い合うんですね」

「・・・はい。ボクトくん、よくわかりましたね・・・」


 不思議そうな顔をしてるクルトくんに、まあ一口、と抹茶を勧めてね。ボクも抹茶をいただいてそれでわさんぼん和三盆を固めたお菓子を口の中で溶かしながらお話を聞いたよ。


「ボクトくんの言う通り、わたしにとっての平等な世界は互いのココロを競い合う世界です」

「理事長、どういうことだよ」

「クルトさん、偏差値というものがあるでしょう。それから相対評価というものをご存知でしょう」

「ええ、もちろん。一応大学受験を意識はしてますから。ボクト、分かるかい?」

「ええと・・・」

「そうですね。ボクトくん、トキャケ組さんには15人のお友だちがいますよね」

「はい」

「背の高いひとと低いひとがいるでしょう。ボクトくんは15人の中ではどのくらいの身長ですか」

「ええと・・・確か前にやったけんこうしんだんではちょうど真ん中、8ばんめでした」

「そうですか。ミコちゃんはどうでしたか?」

「ミコちゃんはいちばん高かったです」

「そうですか・・・身長のということだけについて言えばミコちゃんの方がへんさち偏差値が高いということになります」

「はい。分かります」

「そして、わたしのこの平等な世界ではココロというものを基準にして競い合います。ひとりひとりのココロに偏差値をつけるんです」

「なんだよそれ!」


 クルトくんが怒ってる。


「理事長!ココロは偏差値で比べられるものじゃないだろう!」

「・・・クルトさんは聡明ですね・・・おっしゃる通りです。そもそもココロがきれいとか汚ないとかいう考え方が、わたし自身も好きではありません。でも清廉さんはわたしをなんとしても『競争』というものに浸らせたくてたまらなかったんです。それが彼女の『平等』に対する『信念』ですから。ほら、ご覧なさい」


 ボクもクルトくんも、さっきの赤に近いオレンジ色のドレスを着たを見たよ。そしたらね、お地蔵さまに花をお供えしてね、その隣にいつの間にか立っていたもっと小さな、それこそ幼稚園ぐらいの男の子にこう言い聞かせてたんだ。


「あなたはお父さまやお母さまにお花をプレゼントしてたわよね。わたしはお地蔵さまにお花を上げましたわ。両親よりも仏さまへ功徳するココロの方がより清らかなのですよ」


 そしたらね、ボクたちに話してくれてた理事長せんせいはそのふたりの所へ歩いて行かれてね。


「ふたりとも・・・どちらが勝ちとか負けではないのです・・・清らかか汚濁かも誰も決められません。たとえばもしあなた方にそもそもお花を買うお金がなかったら・・・それだけでその人のココロは劣るというのですか?」

「・・・いいえ」


 小さなふたりは声を揃えたよ。


「もしあなたたちに両親にお花をあげるためのその小さな両手のひらがなかったら・・・お地蔵さまのところまで歩いていく足が無かったら・・・それはココロがダメだということになるのですか?ココロがけが悪いから手や足を失ったということになるのですか?」


 少し大きな女の子も、小さな男の子も、えっ、えっ、と泣き出してね。

 園長せんせいはそのふたりを両腕でぐっ、と抱きしめてね。


「よいよい。ふたりともよい子じゃ、よい子じゃ・・・」


 そう言って頭を撫でてあげていたよ。


 ボクは、なんだか泣きたい気持ちだった。


「理事長・・・この世界では理事長が一番偏差値が高いのか?」

「・・・清廉さんの創った『競争』によって平等にチャンスが与えられるべきだという偏った信念の中ではそういうことにはなってますね・・・けれどもわたしは結局『ココロがきれいだろうが汚かろうが構わない。そもそも自分のココロを自分できれいにできるのなら誰も苦労しない』というココロですから。皮肉にも『競争を放棄したこと』が清廉さんの創った世界で偏差値が一番高くなっているので彼女も歯ぎしりしているのですよ」

「なるほど・・・」

「・・・でも、理事長せんせいのココロはやっぱりきれいです」

「ふふ。ボクトくんにならそう言われたらとても嬉しいですね」


 そう言ってボクたちに抹茶のお代わりを淹れてくださっていた時にね、お空が急に真っ暗になって雷が鳴ったんだ。

 それで雷よりももっと大きな清廉さまの声が聞こえてきたよ。


「ええい!汝等うぬら三人して忌々いまいましい奴ばら!今すぐにクルトめとボクトめに似おうた『平等な世界』に叩き込んでやるわ!」


 でも、理事長せんせいはぜんぜんあわてずにね、ふたりの小さな理事長せんせいを呼んだよ。


「ふたりとも、すまぬがたすきをかけておくれ」

「あい」


 ふたりはしゃがんだ理事長せんせいの着物にたすきをかけてね、それで理事長せんせいは今度は袖を肩ぐらいにまでまくったんだ。


「り、理事長、その腕!」

「ほほほほ。年寄りは年寄りなりに鍛えていますからね」


 ものすごい筋肉なんだ!

 それでね、右手でクルトくんのズボンのベルトを、左手でボクの制服の半ズボンの腰のところを、ぐっ!て掴んでね。


「さあ、今から元の世界へ飛ばしますからね。怖くないですからね」

「ちょ・・・理事長!アンタ一体何者・・・」


 ぶん!


「わっ!」

「わああああっ!」


 放り投げられたよ!


「あっ!貴様ら!逃げるのか!」


 あっという間に上空に飛ばされて清廉さまの声が救急車が近づいて遠くに行く時の音みたいな感じで聞こえてそのままボクもクルトくんもものすごいスピードで飛び続けたよ。


 多分神速しんそくさまと一緒に白兎はくとに乗って光のトンネルを走り抜けた時よりも速いんじゃないかな。


「わあああっ!死にたくない!ミチルちゃーん!」


 クルトくんたら、ミチルちゃんのこと大声で呼んでる。

 でもボクもこわいよ。

 こわくて声さえ出ないくらいだから、名前は呼ばないけど・・・


 ああ、段々まぶしくなってきたよ。


 ・・・・・・・・・・


「ボクト!ボクト!」

「ボクトくん!」


 大きな声で呼ばれて、ぱっ、て目を開けると目の前に食べかけのイチジクパンのお皿があったよ。

 それでね、一緒に目を覚ましたボクとクルトくんをね、学園のひとたちがクスクス笑いながら通り過ぎて、ボクたちの横にはミコちゃんとミチルちゃんが立ってて・・・


「ボ、ボクト、もしかして・・・」

「うん。理事長せんせいに投げ飛ばされたね」


 うなずき合うボクトクルトくんを見てミコちゃんが呆れてるよ。


「えっ?なになに?アンタたちふたりして同じ夢みたの?」


 なんて言えばいいのかもうわからなかったけど、クルトくんはこうささやいてきたよ。


『ボクト、恥ずかしいから俺がミチルちゃんの名前、大声で呼んでたこと言うなよ』

『うん、だいじょうぶ。ぜったいに言わないよ』


 ミチルちゃんもおかしそうに笑いながら言ったよ。


「なに?内緒の話?男同士で仲のいいこと・・・」


 そうだよ。ボクだってココロの中で叫んでたもん。

 だけどやっぱり恥ずかしいから誰の名前かはぜったいに言わないよ。

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