白い服のひと

 ようはいじょ遥拝所でお参りを終わってね、それで帰ろうとしたら後ろから声をかけられたの。


「あなたもお伊勢さまへ行けないの?」


 って。


 ふり返るとね、白いワンピースを着た女のひとが立ってたんだ。

 とても背の高いひとだよ。


 髪の毛が長くて色が白くて。

 ミコちゃんよりも白いかも。


「はい。お伊勢さまはとても遠いって聞きました。だからこのようはいじょを教えてもらったんです」

「そう。わたしはね、お嫁に来たばっかりの頃はね、おしゅうとめさんが厳しくて旅行とかできなかったの。おしゅうとめさんって分かる?」

「いいえ」

「あなたのお母さんがいるでしょう?それで、お父さんのお母さんはあなたのおばあちゃんでしょう?あなたのお母さんにとってそのおばあちゃんがおしゅうとめさんなのよ」

「すみません。ボクにはお父さんもお母さんもおばあちゃんもいないんです」

「あら!ごめんなさい・・・そう。それでね、わたしは今こうしてある程度の年齢になってね、少しは自分の差配であちこち出かけられるようになったと思ったらね、今度はそのお姑さんが寝たきりになっちゃったの。それは分かる?」

「はい。ボクの幼稚園のみんなで介護施設のいもん慰問に行ったことがあります」

「そうそう。わたしのお姑さんが寝たきりになってね。介護が必要なの。それなのにわたしの夫は浮気してよその女のひとのところに行ってしまってね。わたしひとりでお姑さんのお世話してるのよ」

「・・・たいへんなんですね」

「お姑さんはね、わたしの夫や自分の子供たちにはね、お金を出して神社やお寺に寄進をしたの。灯籠とうろうとか柱の一部とかをね。そうすると功徳が得られてしあわせになれるのよ」

「・・・・・」

「わたしも本当は寄進をしたかった。だってわたしのお里のばあちゃんはとても信心深くてわたしをおんぶして神社やお寺にお参りに連れて行ってくれたの。だから神様や仏様にご供養することはとても尊いことだって教わって育ったから。でも、結婚した後、わたしは寄進をさせてもらえなかった・・・だからこうして今大変な目に遭っているのかもね」

「そ、そんなのおかしいです!お金でご供養できなくてしあわせになれないなんて!」

「ありがとう。でも、わたしのお姑さんが自分たちの大事なお金を使って供養したことは事実だもの。それでね、わたしは寝たきりのお姑さんを放って遠くに出かけることはできないからデイサービスやショートステイで預けている間にこうしてこの遥拝所に来るのよ」

「もうずうっとお伊勢さまに行くことはできないんですか?」

「そうね。お姑さんが死んだら行けるかもね」

「・・・・・・・」

「ああ、いつなんだろうね。寿命がすごく伸びたからきっと100歳まで寝たきりでも生きられるかもね」


 どうしてだろう。

 ボクはなんだか自分のことみたいにかなしいよ。

 この女のひとの悲しさも感じるし、おしゅうとめさんの悲しさも感じるし、よそのところへ行っちゃったおっとさんの悲しさも感じるよ。


 でも、もっと悲しかったよ。


「・・・わたしねえ、病気になったのよ。ついこの間にわかったの。病気の名前は言わないけど、喉がどんどん狭くなって、食べ物を食べたり水を飲んだりがだんだんできなくなるの。その内に息をする隙間もなくなってね。呼吸する機械を埋め込んでも筋肉がだんだん弱っていってね、やっぱり死んじゃうのよ」

「・・・うう」

「あ!ごめんなさい!わたしったら、あなたみたいな小さな子にこんなこと言っちゃって」

「いいんです・・・でも、ボク、とても悲しくて、どうしようもなくつらく感じて」

「ありがとう。今会ったばかりのわたしのために泣いてくれて。わたしはね、お姑さんに愛情を持つことは難しいけど、これがわたしの「仕事」なんだ、って思ってね。どちらが先に死ぬか分からないけど体が動いてできるうちは介護を続けるつもりよ」

「ボクはあなたがしあわせになれるように毎日お祈りします」

「・・・ああ。嬉しいわ。ほんとうにありがとう。わたしがもし死んで、こうしてこの遥拝所にお参りしたことを神さまが少しでもあわれんで、何か力を授けてくださるのだとしたら・・・わたしはあなたがしあわせになるように力を使うわ。あなたがなりたいものになって、結婚してかわいい子供が生まれるように・・・」


 そのひとも、泣いてたよ。

 ボクも、もっと泣いてしまったよ。


「じゃあ、行くわね。もうじきお姑さんがデイサービスから戻ってくるから」

「はい。さようなら」

「さよなら」


 なんだか、そのひとが、おやしろの絵の中に出てくるやおよろずの神さたたちの誰かかもしれない、って、ボクはどうしてかそう感じたよ。

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