イカるイルカのおじいさま

「後悔するがよい!」


 なんだろ、お尻の骨と頭のてっぺんあたりがゴワゴワふるえる感じがするよ。


「なになに、地震!?」

「ミチルちゃん! 俺につかまって!」

「クルト、離しなさい!ボクトくん、怖い!」

「こらこら、ミチル!なにボクトに抱きついてんだっ!」

「えーい!あれを見ぬか!」


 海の神さまがみんなのバラバラな動きを叱って言った海の方を見るとね。

 ボクはそうかなあと思ったけど神さまに悪いからしばらく考えてたんだけどクルトくんがそのまま言っちゃったよ。


「イカの・・・風船?」

「ああ。夜店の屋台にあるみたいなビニールの空気入れてあるやつ」

「ほんとだ。ぷっ」

「えーい!遠近法を考えぬか!あれが何メートルあると思っとるのじゃ!」


 神さまのおっしゃることは確かにその通りだったよ。

 すぐ近くにいる漁船と比べたら多分50mの市民プールぐらいの大きさだね。


 どうしよう。


「謝るなら今のうちじゃぞ」

「そ、そうだよ!クルト!謝りなよ!」

「クルトは一生謝り通しでいいんだよ!」

「ミチルちゃんも、ミコも・・・俺にだって意地がある!胡散臭いニセモノの神さまにカルトって言って何が悪い!」

「そうか!もうよい!それっ、イカ・ウェポン!この水族館を破壊しろ!そして魚たちを海に放つのじゃ!」

「ちょちょちょ!クルト!は、はやく謝りなよ!」

「ほらほらほら!もう来ちゃったじゃないか!」

「うるさい!俺は死んでも謝らないからな!大体イカ・ウェポンなんてネーミング考える奴が神だなんて認めるかよ!」

「なら、朽ち滅びよ!」

「ほい、いらっしゃい、くるん、と」


 ズムーン・・・!


 よかった、間に合った。


「イ、イカ・ウェポン!なんでいきなりひっくり返ったんじゃ!」

「神さま、ごめんなさい。ボクがこのおにいさん呼んできたの」

「な、なんじゃ、お主は!」

「たこ焼き屋のバイトだけど」

「手、手に持っている武器はなんじゃ!」

「たこ焼きをひっくり返すやつだけど」


 おにいさんが持っているのは千枚通し。たこ焼き屋さんが焼く時に使う、くるん、てたこ焼きをひっくり返す道具だよ。


「た、たこ焼きの道具でどうしてイカ・ウェポンがひっくり返るのじゃ!」

「ウチのたこ焼き、中身はイカだから」

「な、なんじゃとおっ!?」


 たこ焼き屋のおにいさんの活躍で水族館は壊されずに済んだよ。でもなにも物事が解決してないことにボクたちは頭を抱えちゃったんだよね。


「とにかくクルト!前向きな話し合いがしたいから海の神さまを神さまだと認めなさい!」

「ミチルちゃんの頼みでもそれだけは嫌だ!」

「じゃあ、絶交よ」

「ご、ごめん、認めます」

「アンタたち迷惑なバカップルだね」

「ミコ!誰がクルトとカップルよ!」

「神さま、どうして水族館にいらしてイルカに乗っておられるんですか?」

「ふう・・・ぼうやと話すとほっとするわい。ワシがここへ来たのはの、水族館の中の魚たちの汚染濃度を調べるためじゃ」

「おせんのうど?」

「ぼうや。つまり魚たちがどれだけ毒を体に吸い込んどるかじゃよ。海に猛毒が流されておるというニュースを見てはおらぬかな?」

「あ・・・原発のことですよね」

「そうじゃ。水族館の水は目の前の海から汲み上げておるんじゃろう?水槽の中で拡散されずに吸収し続けてどれだけ蓄積されとるか、ワシが海の責任者である以上それが務めじゃからな」


 せきにんしゃ。

 神さまが。


「ちょ、ちょっと待て!神さまって自分が敬われなかったりしたらバチを当てる偉い存在じゃないのか?」

「クルトと言うたの。クルトよ、ワシは海の生き物たちに対しても、その海の命の恵みで生きる人間たちの長久に対しても責任を負うておるのじゃ。いや、むしろ義務というてもいいかの。だからこそいい加減なところでは妥協できん。そなたが言う『バチ』とはなんじゃ」

「災害・・・津波、とか」

「そうか・・・そうじゃのう、ワシがもっと力を持ってしっかりしておれば台風も津波も起こさずに済むのかもしれんのう・・・じゃが、クルトよ。人間は時に信じられぬ選択をするであろう」

「た、たとえば?」

「その原発の猛毒を海に流すことよ」

「で、でも・・・他に処理の方法がなかったらしょうがないだろ」

「そうか?ではクルトよ。お主は空気を吸って呼吸をしておるの」

「あ、ああ・・・」

「今お主の呼吸をするところに毒ガスを流すとワシが言うたらどうする」

「そ、そんなの拒否するさ」

「海の生き物にとって水は呼吸の素ぞ」

「あ・・・で、でも、拡散するだろう?拡散の濃度が計算上影響を及ぼさいなのなら、アリだろう?」

「その計算は誰がするのじゃ」

「か、科学者とか」

「科学者とワシの頭脳とどちらが優れておると思う」

「う、う・・・・」

「クルトよ、ワシは神ぞ」

「は、はい・・・」

「ワシとて頭脳をフル回転させて計算するのじゃ。ただしそれは億年などという有限の年数で見越す程度のものではないぞ。『長久』というレベルで計算するのじゃ。それを人間が自分勝手であやふやな『信念』程度のもので科学者たちをうまく利用して思いを通そうとしてワシの邪魔をする。計算のやり直しで済めばよいが分かっておって毒を流すなどという有り得ぬ選択をして、人間の中では威張っておる者だから怖がって誰も止める人間がおらぬとしたら神であるワシが止めるしかなかろう。使いたくない方法を使わざるを得ぬようしておるのはそなたら人間ではないか」

「・・・すみませんでした」

「すまぬ。今のはワシの愚痴じゃった。ほほほ。神が愚痴を言うようでは世も末じゃの」


 クルトくんと海の神さまのお話でボクにもようやく分かったよ。

 この間、山の神さまがしておられた話の本当の意味が。


「ボクト、なんなのさ、その山の神さまのお話って」

「ミコちゃん、あのね。本当の原因に『知らないよ』って目も耳も塞いで自分に都合よく色んなことを決めないでね、って。自分に都合よく物事を進めないでね、って」

「ほう。ぼうやは山の神に会うたのか」

「はい。ご神木のことを教えてくださいました。あ、それから理事長せんせいがこんなことを前におっしゃってました。お手洗いのない山の中なんかで、その・・・したくなった時・・・」

「ああ、『立ちション』ね」

「ミコ、あなたってすごいわね」

「ええと・・・その『用足し』したくなった時、必ず『失礼します』ってココロで念じてからしなさい、って。そうすれば目に見えない神さまとか仏さまがお避けになるから、って」

「ほう。理事長の名はなんという」

「『月影つきかげ日照にっしょう』せんせいです」

「お・・・月影か!」

「海の神さま、理事長せんせいを知っておられるんですか?」

「うむ。詳しいことは言えぬがの・・・そうか、月影か」


 海の神さまがこのおとなしいイルカに乗ってるのはこのイルカが海の神さまの力を補給するのに必要なエネルギーを宿してるからなんだって。

 ほんとに山の神さまのご神木と同じ感じだね。


 海の神さまは毒をなんとかする処置の計算にまだもう少し時間がかかるからしばらくは水族館にいるってボクたちと別れる時に言ってたよ。

 それから、もうひとつ。


「みんな、月影の言うことをよおく聞くんだよ。あの者は金儲けのために学校をやっているんじゃない。本当にみんなが真っ直ぐに成長することを願って教育をしておるからの」

「はい」

「それから、ぼうや、ミコちゃん、ミチルさん、クルトくんよ」

「はい」

「4人には不思議な縁がある。お互いを家族と思うてこれからも仲良くしておいき」

「は、はい!家族、ってことは俺とミチルちゃんが結婚するってことかあ!?」

「有り得ないわ。わたしとボクトくんが母と子のような絆、ってことよ」

「ち、違う!ボクトとアタシが、ふう・・・」

「?ミコちゃん、『ふう』ってなに?」

「⚡︎⚡︎⚡︎!!ふ、ふうせん!イカのふうせんっ!!」

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