オトギバナシは目が冴える

 ミコちゃんはお母さんがお迎えに来て帰っちゃったからボクはこれから夜の課題をするよ。


 幼稚園だから宿題があるわけじゃないよ。園長せんせいと一緒にお寺のご本尊の仏さまにお茶とお菓子をお供えしに行くんだ。

 それで園長せんせいが仏さまの前で色んなお話をしてくれるの。


 今夜はなにかな。


「ボクトくん。今日の夜は『知らないよ』っていうお話をしますわね」

「はい、園長せんせい。楽しみだなあ」

「ふふふ。ちょっと怖いかもしれないですわよ」

「平気です」

「では・・・」


 ・・・・・


 あるなだらかな美しい山に山の神さまがお住まいでした。神さまは里の人間たちが安全に暮らせるようにいつもパトロールをしていました。

 人間の目には姿は見えませんけれども風が吹けばその風が、雨が降ればその露が、お天気になればお日さまの光が神さまでした。


 ある時、里の庄屋が家の増築をすることになりました。

 昔のことですので今のような輸入木材をプレカットした建材で家を建てるなんてこともなく、神さまがお住まいの山の林から木を伐り出して馬車でソリに乗せて運んで大工さんが建てるのです。


「おお、これは立派な杉だ。棟梁、この木ならばいい天板にできるだろう」

「そうですね。ただ、余りにも立派すぎます。こういう素晴らしい一本杉には神が宿ると言い伝えられてます。別の木ではダメですかね」

「なあに。仮に神さまがおられたとして、そんなケチくさいことをおっしゃるわけがないだろう。なにせ神さまなんだから」


 庄屋の当主は強引に大工の棟梁に指示してきこりに木を伐り倒させ、その真っすぐな立派な杉の木を自分の屋敷の建設現場へ運ばせました。


 ・・・・・・・・


「わあ・・・どうなるの、園長せんせい?」

「ふふふ。まあお菓子でも食べながらお聴きなさいませ」


 ・・・・・・・・


 さて、大工の棟梁の心配は当たっていました。その杉の木は山の神さまが体をお休めになる大切な木だったのです。でも、それだけではありませんでした。


「うむう、困った・・・ワシが寝るだけならどの木でも構わんのだが、ワシの神通力の源はあの樹齢1,000年の杉の木の霊力だったのじゃ。これでは里の人間たちを守る力が補給できん・・・」


 神さまは山の秩序を維持するための神通力が弱まり、途端に山の木の実や果物が実を結ばなくなり、動物たちは大弱りでした。仕方なくクマやイノシシたちも食べ物を探しに山を降りて里に行かざるを得なくなりました。


「庄屋さん!ウチの息子がクマに爪で弾かれた!」

「ほう・・・」

「庄屋さんの親戚に医術をやる方がおられたろう! どうかひとつお呼びくださらんか!?」

「五里も離れた村だからねえ」

「そんなこと言わずに!」

「知らないよ」


 ・・・・・・・・・


「・・・かわいそう・・・」

「そうですわねえ・・・ボクトくん、でもありそうなことですわねえ・・・」


 ・・・・・・・・・・・


 庄屋は村の怪我した若い衆を見捨てました。

 この様子を山の神さまは風となってご覧になられました。


「ううむむ。ワシが力さえ蓄えておればこんなことにならずに済んだものを・・・すべてワシの徳がまだ足りんということか・・・だがなんとかして霊力を蓄えられる代わりの神木を探さねば人間たちの苦しみはいつまでも続く」


 けれども山の神さまははたと考えこみました。


「あの山はでは庄屋の持ち物ということにはなっておる。実際はあまねく神々と神聖なる山そのもののものなのだが・・・とにかく現所有者である以上現状復帰させねばならん。だが、あの者に話が通じるわけもないしのう・・・」


 神さまはくらいが高すぎて人間の目には見えず、声も聞けません。特に物事を真っ直ぐに見ようとしない人物では気配すら感じられないでしょう。


「おおそうだ。クマに息子がやられて嘆いておった父親のように庄屋の子供が病気になれば何か気付いてはくれぬだろうか」


 神さまは本当はそんなことをしたくありませんでした。庄屋の息子はまだ10歳にもならないおとなしい男の子だったからです。心の中ですまぬのうすまぬのう、と男の子に詫びながら、神さまは男の子の気を塞ぎ込ませ、病の床へと就かせました。


「うーむ。どうしてオレの息子が病気になどなるのだ。うーむ」


 医者に診せても原因がまったく分かりません。

 庄屋と女房は男の子が布団で寝込んでいる脇で「オレたちが何か悪いことをしたというのか!」と繰り返し嘆き怒りました。男の子はまるで病気になった自分が悪いかのように感じてずっと泣き通しでした。


「これ、おのれら」


 見かねた大舅おおじゅうとさまが女房に言いました。


「おのれも母親ならば死ぬ気で方策を考えぬか」

「でも大舅さま。医者もダメ煎じ薬もダメ、オラの浅知恵ではなんとも浮かびません」

「たわけが。ずっと離れた東の集落にの、不思議なおお婆さまがおられての。背中をさするだけで病を治すというのじゃ。どうじゃ、行ってみるか」

「は、はい!この際なんでも信じます!」

「たわけが!おのれごときが信じようが信じまいがそのおお婆さまの力はホンモノなんじゃ!さっさと跡取りを背負って行けい!」


 庄屋は夫婦ふたりして交代で男の子を背負い、東の集落を目指しました。

 早朝に家を出て集落に着いたのはもうお昼過ぎの時間でした。


 ・・・・・・・・・・


「園長せんせい」

「なんですかしら、ボクトくん?」

「大舅さまはなんだか色んなことを知ってそうで立派なひとみたいなのにどうして庄屋さんは本当のことがわからないんですか?」

「それが教育の大事なところなんです。いくら立派な手本がいても教える気もなく教わる気もなければそのままよい行いや教えは消えていくだけですわ。ボクトくん」

「はい」

「ボクトくんには目に見えるお父さまもお母さまもいませんけれども、こうして毎晩わたしはあなたに色々なお話をしてあげることができます。それはひとえにこのお寺の仏さまのご縁でしょう」

「はい」

「さ、続きを話しますわね」


 ボクは園長せんせいのお話があんまりおもしろいので、一言一言全部覚えるぐらいに夢中になって聴いたよ。


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