第3話「見つける本当」
あらやだノエル様ったら、普段は大人しいのに意外と積極的。根が陰キャラのセテラちゃんはそんな考えは欠片も浮かばなかったね。夢女願望は夢女願望として、定時で帰りたいアルト先生の気持ちも痛いほどわかるし。
そんなこんなで王立学園の廊下である。アルト先生は妙に歩くのが早いので、あわや本当に学園中を駆けずり回る羽目になるかと思ったが、幸い王立学園では廊下を走ってはいけないという校則は無い。箒と召喚獣は原則禁止と小耳に挟んだけど。
「あ……! あのっ……!」
「ン? ―――おォ」
あらやだ見返り美人。イケメンはほんの些細な動作まで画になるわー。
冗談はさておき、ファーストコンタクト――村での事件の時と街への移住の時はほとんど喋った記憶がないのでノーカン――はノエル様のおかげで難なく成功したが、本番はここからである。
だって、改めて考えてみると、私がこの世界に来てから接してきた男性って、自分の(今生での)お父さんとか、隣のおじさんとか、近所のクソガキくらいのもんなのだ。
若い男性もいるにはいたが、そのほとんどが力仕事で働き詰めか、こんな限界集落出ていってやると一念発起した次の朝には死体になって帰ってくるばかりだった。
家族や友人や職場の同僚ばかりとはいえ、一応ちゃんと男性と親交があった前世の記憶も、最近はあやふやになる一方だし……果たして如何に声をかけたものか。
「誰かと思えば、お前か。正直五分だと思ってたが、よく決断してくれたな、ノエル」
「いえ、そんな。私はただ……」
「礼でも言いに来たのか? 金の心配ならいいって言ったろ。お前が気に病むことじゃねェよ」
「そういうことじゃないです! ……もう、こっちの気も知らないで。そんな人だとは思いませんでしたっ」
「かか、一丁前に抜かすじゃねェか。レジータまで家出しといて、めそめそ泣いてた頃とは別人みてェだ」
3年間共に過ごした部活の生徒と顧問か?????????????
何だ貴様らその距離感は。ゲームが始まる前から負けヒロインルート始まってるんですけど! 死んで生き返ってもそうはなるまいと思ってた方面に全力疾走中なんですけど!
「……で、そっちのピンク髪は? あーいや、待てよ。確か……」
メイクミラクル! 天は私を見放さなかった!
えぇいままよ、大丈夫大丈夫初めてサークル参加決めた時だって見切り発車だったじゃないの! 行けるぞ私! ちなそのあと修羅場からの割増入稿で地獄見たのは内緒な!
あっでもワテクシあれなんで、ピンク髪じゃないんで。そういうキャラじゃないんで。これピンクじゃなくてR値高めの赤紫というか、まぁせいぜいマゼンタなんで。たとえイケメン相手でもそこは譲れないんで夜露死苦。
「ランベ村のセテラです。あの、詳しい事情は今もよくわかってないんですけど、どうやら助けていただいたみたいで……、ありがとうございました」
「そうそう、そうだったな」
Yes!! とりあえず普通に挨拶できたぞ!
野望の割に志が低いなって? うるさいな、私ゃ小学2年生でフルアタを卒業した女だぞ。リスクヘッジを第一に考えて何が悪い。
「無事で何よりだ。何事も命あっての物だ……ね……」
と、アルト先生が台詞の後半を言い淀んだ。
深紅の瞳が投げかける鋭い視線は、私の方をまっすぐ捉えている。
えっ、なになになに? これは……まさか先生、まさかまさかの、私ちゃんに一目惚れって奴ですかァーッ!?
ウッソだろオイ、ノエル様ほどじゃないにせよ、確かに前世と比べれば300%増しの美少女に生まれついた自信はあるけれども! 町行く人々の顔面偏差値が軒並み高いこの世界で!? 私、ここに来て今さら自分でも知らなかった転生特典が目覚めた感じ!?
っていうか、やだ、アルト先生……目つきはちょっと悪いけどやっぱり顔が良い……。そんなに見つめられると困っちゃう。具体的に言うと恋に落ちちゃう。
くっそ~、もう少し学生の子たちも吟味して回りたかったけど、ここでリセマラ完走っていうのも……。
「……おいお前、セテラっつったか」
「はっ、はいぃ!」
「どこの出身だ? この世界じゃねェ。
「―――――え?」
「いつの生まれだ。あのクソ忌々しい『大神戦争』より前か? 後か? あァ、いや―――『新世紀黎明教団』、『
「しんせ……れいめい?」
……何だ。
一体、何が起こっているんだ?
私の聞き間違いでなければ、アルト先生、いま『チキュウ』って―――。
「新世紀団を知ってるのか。するってェと、
「にせん」
―――有り得ない。
予習というほどのことでもないが、この世界の大まかな歴史や文化については少しだけ勉強した。ノエルの実母兼私の後見人である(って扱いになった)エルミナさんに、王立学園に通いたいという意志を示すためでもあったけど、純粋にこの世界がどんなところなのかずっと疑問だったからだ。
私が学園の外で見聞きした限りでは、いまアンファール王国で用いられている『
アンファール王国初代国王・アルティリアスが、このアンファリス大陸の統一を宣言したのがちょうど400年前だ。
この大陸それ自体の歴史は決して短くないが、それでも私が調べた限り、暦が2000年以上を数えた文明は見つかっていない。
―――でも。
あくまでそれは、アンファリス大陸の、そして『この世界』の常識における話である。
「……
「!」
「
「ダイパ……じゃさすがに古いか? 黒白くらいまではリメイク出てそうだな」
「お、ご明察~。モロ世代だわそれ」
「タピオカ」
「何十年前だよ、いくら何でももう流行ってないよ。ハチノコ団子が後釜かとは言われ始めてたけど、半分冗談だろうね」
「新刊は」
「どれのことかイマイチよくわかんないけど、頭文字がHの奴ならプラマイ30年くらいでも3、4巻しか変わんないんじゃないかな……」
「えっ、っつゥことはACの新作って」
「6が出るより大統領のリマスターの方が早かったって言ったら信じる?」
パァン!!
「……」
「………………」
「…………。……えっと」
―――互いの片手同士をしたたか打ちつけた私たちは、そのまま握手に入った。
学園の門をくぐった時に感じていた、新しい環境への不安は、ほぼ綺麗さっぱり消滅していた。
「……もしかして、セテラとアルトさんって、仲良いの?」
悪いな、ノエル様。ついさっきとは完全に構図が逆転しちまった。
けど、まぁ、安心してくれや。こうなっちまったからには仕方ねぇ。友達は………否、"""""同志"""""は、あんまりそういう目では見れないタイプなんだ、私。
むしろこうなった今では、推しと推しがくっつけばいいとさえ思っている。
いいよいいよ、私が許す。教師と生徒の禁断の恋ってシチュ、社会的には相当まずいけど、まぁ両者同意の下ならいいんじゃないかな。特に二人の場合、ノエル様が左でしょ? 幸せになって是非とも。私はその辺の壁とかになって見守ってるから……。
「いや、仲良し……ってわけじゃないんだけど。むしろ実質初対面だし」
「あァ、でも何となくビビっと来たんだよな。運命っつゥか」
「スタンド使いは引かれ合うってゆーか」
有り体に言うなら、そう。
「私たち、
――――――――――――――――――――――――――――――
「いや、それにしてもびっくりしたよ~。転生者って私だけじゃなかったんだね」
私、ランベ村のセテラ! どこにでもいる普通の魔法学徒!
「俺は正確には転生者じゃねェけどな」
なんだけど、実は私、ちょっとした秘密があって……。
「ふーん? あ、じゃあ先生ってばエルフとかなの? 神様の関係者的な」
ランベ村のセテラ。
この名前は、私のものであって私のものじゃない。
「エルフとかではない。純正の人間とも言えねェがなァ……魔法を覚えるために色々やったせいでよ。ただ、少なくとも俺は、自分のことは人間だと思ってる」
「……あっ。もしかして、聞いちゃいけなかったやつ……?」
「別にいい、慣れてる。それから、生憎と神様には会ったことは無ェが、世の中の事情には通じてる方だと自負してるぜ。ただ、仮にも政府筋の人間としては、話してやりたくても話せない秘密が多い。悪いがあまり力にはなれないと思う―――ちなみに、それはそれとして
私の――少なくとも、今この意識が自認している――本当の名前は、
死因を除けば、どこにでもいるごく普通の日本人だったもの。それが私、ランベ村のセテラの正体である。
「マジで!? エルフいるの!?」
「おう。それこそ王都にだって住んでるぞ。わけあって接触の機会は限られてるけど」
「はぇー、やっぱり下等な人間如きとは喋るのも嫌って奴かぁ」
とりとめも無い会話が続いていく。
尚、今日の予定はさっきの始業式だけだったので、現在はとりあえず玄関の方へ一緒に向かっている形だ。
いやこの時間から直帰かよとは一瞬思ったが、そういやアルト先生はお国からの派遣社員らしいので、まぁこんなもんなのだろう。
「つゥかよォ、俺はどっちかってーとお前の身の上話が聞きてェな。どうやってこっちに来たんだ?」
「私? んー……私の場合は、通り魔にグサリだったよ。いま思い出しても嫌だったなぁ、怖いし痛いし苦しいし……。トラック事故ってさ、あれ物凄く良心的な転生方法なんだね……」
「へェー。通り魔が死因の転生者を見たのは、宣統暦入ってから27人目だな」
「だいぶ死んでるしだいぶ転生してるね!?」
通り魔被害者だけで27人か。どうやらこちらの異世界では、転生者の受け入れを積極的に進めているらしい。人件費が安かったりするのだろうか。
「せ……セテラ」
おっと。予想外の展開で完全に忘れていたが、元はと言えばこのお方の提案でアルト先生に会いに来たのだ。
そこでこんな話を聞かされたら、それはもう気が気ではないだろう。頭上に
「あー……」
―――この世界に転生し、物心つくと同時に前世の記憶を取り戻した私は、さりとて自分が特別な人間だとは思えなかった。
何せ、私には神様や不死鳥と接触した覚えもなければ、特別な能力も資質もなかったのだ。せっかくの現代知識も、"妖精の虫かご"なランベ村じゃ活かしようがなかったしね。
異世界チート無双の野望を早々に諦め、せめて第二の人生を精一杯頑張ろうと決意した私は、わざわざ変なことを言って周囲を混乱させる必要も無いだろうと――あるいは、そう思えるくらいには娘想いの家庭に生まれられたのは不幸中の幸いだった――、特に己の正体を明かしたりはしてこなかったのである。
正直、自分自身ですら半ば忘れかけていたことだ。ノエルだって寝耳に水だったに決まっている。
「そうだね。良い機会だし、聞きたいことがあるなら答えるよ。主にアルト先生が」
「おい」
「しょーがねーだろ転生者っつっても右も左もわかんない系なんだから」
神様や不死鳥と接触した覚えはないからね。私の記憶にないだけかも知れないが、とりあえず。
「……っ、……。…………」
ノエル様はしばらく、ばつが悪そうにもごもごしていた。
そんな顔されると、私の方も困るんだけどなぁ。
やがて……何を聞かれたらどう答えようか、と思索を巡らせていると。
「セテラ」
「はいな。あなたのセテラちゃんですよ、ノエルお姉様」
何ということもない。何を聞かれても。
元よりどうってことのない人生だったのだ。
天の川銀河内太陽系第3惑星地球の日本の埼玉県川越市に生を受け、特筆すべき点もない幼少期を過ごし、小学校でパソコン教室、中高で美術部に所属し、大学進学に伴って上京し、卒業後は適当な重工業企業に就職して、事務方としてそこそこの暮らしをしていたところを通り魔にグサリ。享年24歳。
髪も瞳も日本人らしく黒。前者は大学デビューの時に一瞬だけ茶に染めたが、どうも似合わなかったのですぐにやめた。身長160.1㎝。体重はまぁ、一応濁しておく。
趣味はボードゲーム全般とお絵描き。彼氏なし。彼女もなし。浮ついた話は皆無だったけど、地元にも東京にも友達は少なくなかった。はず。でもやっぱり一人も好き。
そして、ふとそこまで考えたところで、ひとつの事実に思い至った。
平易な人生だ。大きなドラマはなく、最期も惨たらしい結末だったけれど、それでも総合的に見れば穏やかで幸せな人生だった。
……過酷な土地に生まれ、すべてを諦めて不安定な日常に甘んじ、悪意に押し潰されそうになっていたところを救われた
「セテラは……いえ、あなたは。わたしの知っているセテラ……なんだよね?」
それは、
「そりゃあ、私は」
そう、
「……あれ―――」
………………そんなわけがない。
私が、
今、こうして生きて思考している颯坂柚月と、もうどこにもいないセテラ。
2人は多分、同一人物ではあっても、同じ存在ではない。
「……セテラ」
ノエルの知っているセテラとは、一体誰のことを言っているのだろう。
彼女が知っているとすれば、その人物は、私とは名前と顔が同じなだけの別人だ。自分で秘密を明かした試しがないのだから、それは当然なんだけど。
だから……実際、主人公になんてなれるはずもなかったのだ。この世界の人々が見ているのは、最初から私ではないのだから―――――。
「そォだよ」
……、……アルト先生?
「なに意外そうな顔してんだ。質問には答える、主に俺がって、お前が言ったんだろうが」
「いやっ、それは」
何という無法な横槍だ。
確かによくわからない質問をされたら丸投げするつもりではあったが、こんな問いにまで答えろとは言っていない。
それは……私が私の頭で考えるべきことじゃないのか、多分。
「こいつは俺の経験則だが……お前、難産だったろ? 死産でもおかしくなかったくらいの」
「え……。う、うん。よくわかったね。そう聞いてるけど……」
「ならビンゴだ。ひとつ講義しておいてやろう。この世界では、転生者だから強大な力を持つのではなく、元から強い魂を持つから転生者になれるんだ。死のショックで崩壊せず、生命を失っても尚、生きることを諦めなかった。そんな稀有な魂にだけ、『異世界転生』は可能となる」
……異世界転生。
実に使い古された、ごく陳腐な表現だ。生前のテレビ放送でも、番組表の深夜帯を見れば日に2本はアニメのタイトルに組み込まれていた。
「そして、俺たちの操る『魔法』の正体は、意志持つものが生ずる"運命を決定づける力"そのものだ。強い魂は、ただ願うだけで容易く運命を歪める―――つまり」
死して尚、生きることを諦めなかった強い魂が、再び生まれ来ることを願う。
その意志に世界が応えた結果、今の私がここにある。
「お前が生きると決めたから、お前は今ここに居る。だったら胸張って生きてみせろよ。誰が何と言おうと、お前はお前だ」
私は―――私。
私が、生きると決めて、生まれてきたから。
「……。……そっか」
「……そうなんですね」
「うん。セテラの正体が何かなんて、関係ないです。あなたはずっとセテラだったし、これからもそう。いつも明るくて、誰よりも優しい―――わたしの、大切な友達だよ」
ノエルにとっては、それこそ何でもないことだっただろう。
さっきの質問にも深い意味はなくって、ただ自分の気持ちを確認するための、感情の整理整頓でしかなかったに違いない。
けれど……私にとっては。
「だから―――」
前世の記憶を取り戻してから、どこかでずっと現実感が無かった。
颯坂柚月の人生の記憶がある限り、自分はこの世界における異邦人のままなのだと、ずっとふわふわした心地で生きてきた。
でも……今この瞬間、まっすぐに私を見つめるノエルの目は、間違いなく私を眼差しているような気がした。
「これからも、よろしくね。セテラ」
すっと差し出された小さな手のひらを、
「―――うん!」
両手で握って、笑い返す。
新たな門出を祝うには少し肌寒い秋風が、火照った頬に心地良かった。
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