芸術少年とドスケベところてん

しゃけ

第1話 死体運び屋

「――!? なにあれ!?」

「ひいぃぃ! 死体だ! 死体に決まっている!」

「人殺しいいいい!」

 少年が一歩足を踏み入れると、西新森商店街は喧噪に包まれた。

(なにを騒いでるんだろうこの人たちは)

 少年は首を傾げながら、大きな荷物を抱えて家路を急ぐ。

 ――が。

「きさまあああああああああ! 止まらんかああああ!」

 髪をポニーテールに結んでメガネをかけた、いかにもマジメそうな婦警さんが両手を広げて進路を塞いでくる。

「ごめんなさいちょっと今日荷物届くから急いでて」

 横をすり抜けて行こうとするが通してはくれない。

「荷物だと! ふざけるな! そんなこと言っている状況か!」

「でも、不在票が入っていたのでこちらから時間指定をしたんですよ。いなかったら申し訳ないじゃないですか」

 婦警は信じられないという表情で彼を見た。

「黙れ! いいか今すぐにその抱えているものをおけ! さもないと!」

「げっ……」

 婦警は両手で拳銃を構えた。商店街を包む喧噪がさらに大きくなる。

「さあ! 吐いてもらおうか! それはどこの誰だ!」

 婦警は少年が地面においたガムテープでグルグル巻きにしたブルーシートを指さす。

「だ、誰ってなんですか?」

 長さ一メートル六十センチぐらい。幅四十五センチほど。ちょうど『人間の体』くらいの大きさだった。

「とぼけるな! これ死体だろ! 死体以外をこんな風に持ち歩くヤツがいるか!」

「ええっ!?」

 ――とそのとき。

 商店街の喧噪を真っ二つに切り裂くような「キャアアアアアア!」という悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の主は高校生ぐらいの女の子。彼女は少年と婦警の方にものすごい勢いで駆けてくる。

「辞めて下さい!」

 彼女は勇敢にも両手を広げて少年と拳銃を構える婦警の間に割って入った。

「許してあげてください! 悪い人じゃないんです!」

 婦警はその状況を把握するよりも――

(なんてキレイな娘だろう……)

 彼女の美しさ――いや正確には『透明感』に目を奪われた。

 キメが細かいまさしく透き通るような白い肌。

 腰まで伸びた漆塗りのような光沢と豊かなボリュームのある黒髪。

 決して派手な顔立ちではないが涼し気に輝く瞳と品のある口元は見るものに清涼感を与える。

 純白のブラウスと黒のヒザ丈のプリーツスカートという清楚な服装も、その魅力をさらに引き立てていた。

 ガサツものの婦警は、今まで『女性の透明感』などと言われてもまるでピンと来なかったが、このとき初めてその意味を理解することができたという。

「さ、西桜所さん!」

 少年が少女の名を呼んだ。

 サイオウジョ。どんな漢字を書くのか分からないが、なんだか雅な感じの名前だ。

 見た目通りどこかのお嬢様なのだろうか。

「関町くん! 大丈夫です! ちゃんと話合えば……!」

 少年の名はセキマチというらしい。

「婦警さん! まずは落ち着いて下さい! なにがあったんですか!?」

 ……彼女の言う通り落ち着く必要があるかもしれない。

 婦警は拳銃を下ろし、状況を説明した。

「彼が持ってる荷物が怪しいから職務質問してたんだよ」

 サイオウジョと呼ばれた少女はキョトンとした顔で首を傾ける。

「婦警さんがそのブルーシートの中身は死体ではないかとおっしゃられていて……」

 すると少女はブブブッ! っと噴き出したのち、まるで小鳥のさえずりのような可愛らしい笑い声を上げた。

「婦警さん違いますよォ! 彼はね美術部に所属しておりまして、しかもたしか立体造形が専門なんですよね?」

 少女が天使のような笑顔で少年の顔を見つめる。彼はなぜだか少々狼狽した様子で首を縦に振った。

「だからこれはその作品ですよ! ねえ? まァこんなちょうどいい大きさのものをブルーシートに包んで歩いていたら誤解するのもムリないと思いますけどね」

「……ん。そうなの? 言われてみればなにも臭いしないか。とにかく。その中身一回見せてよ。そうしたらもう帰っていいからさ」

 少年はおっそろしくイヤそうな顔で下を見て俯いている。

「み、見逃して頂くわけには」

 少年がそういうと婦警は再び眉を吊り上げた。

「ダメだ! そんな風に渋る人間を見逃すわけにはいかない」

「ですが……」

「せ、関町くん! ここは見せないとまずいですよ! 自分の作品をこんなところで出すのが恥ずかしいのはわかりますけど!」

「むう……確かにその通りですけど……」

 少年は大きな溜息をつきながらもブルーシート巻かれたガムテープを剥し始めた。その中に入っていたものは――

「って! これおまえ!」

 婦警は地面を踏んづけて怒りを露わにした。

「兵器! 兵器じゃねえか!」

「関町さん!? これは核!? 核!? なのですか!?」

「死体よりなお悪いわ!」

 その物体はミサイルのような流線型でしかもテカテカに黒光りしており、たしかに兵器に見えなくもない。

「ちょ! なに言ってるんですか! これは『シリコン型』ですよ!」

「シリコン型!? なんだそれは! 新しい兵器か!」

「違いマス!」

「シリコン型ってあれですよね」少女が少年に助け船を出す。「よくお菓子作りなんかで使う、ハートマークとかお花の型とかしてて、そこにクッキーの生地とかを流し込んで焼くとキレイな形に出来上がるっていう」

「そうです。そうです。それのデカいバージョンです。自分のヤツの場合は粘土なんかを入れて彫像を作ることを想定しています」

「なんだそりゃあ聞いたことないぞ」

「まあ多分こんなもの作ったのは僕が初めてでしょうね」

「彼の作品は独創的だって有名なんですよ」

 少女は誇らしげに微笑んだ。あまりのよい笑顔に婦警は毒気を抜かれてしまう。

「わかったよ。死体とか兵器なんて言って悪かった。じゃあその型の中身を見せてくれ」

「え、え、え。なんでですか? 兵器じゃないってことはわかって頂けたでしょう?」

「いやだから……。こいつがそのシリコン型だってこと証明してくれればこっちも安心するだろ? OK?」

 少女も怪訝な表情で少年を見た。

「ほら早く見せてくれよ。なにもやましいことはないんだろ?」

 少年は深く息をつき、

「分かりました! 見せます! 見せますよ!」

 巨大なシリコン型をスーツケースを開くように、または魚を開きにするようにパカっと開いてみせた。

「――おお! これはすごい!」

 パカっと開かれたそれには恐ろしく緻密で精巧な人間の女性の型が彫られていた。

 向かって右側には人間を正面から見た形が、向かって左側には人間を真後ろから見た型が彫られており、この両方に粘土かなにかを詰め込むと一体の人間の彫像が出来上がるわけだ。

「へー! あんたやるねえ! わたしゃシロウトだけどそれでも凄いってことがわかるよ」

「あ、ありがとうございます」

 少年はお礼を言いつつもなぜか下を向いて少女の顔をチラチラ伺っている。

「髪の毛とかないからアレだけど、めっちゃべっぴんさんだな! ハハハ!」

 少女はそのシリコン型の中身をじーっと見つめたのちこう言った。

「これ……なんか。私に似てるような」

 婦警はシリコン型と少女の顔をよーく見比べてみた。なるほど、そう言われてみると良く似ている。というかもうまったく同じ顔をしている。

「ううっ……!」

 少年はゆでだこのように顔を赤くした。

「ねえ。これってやっぱりそのモデル的な……?」

「はい……」

 少年は顔を両手で隠しながら正直に告白する。

「ハーハハハハハハ! なるほどなるほど! それであんなにこれを見せるのをためらってたのか! おまえカワイイな!」

 婦警は両手を腰に当てて豪快に笑った。

 野次馬をしていた商店街の人々もみな大変よい笑顔。

「えーっと……その……」

 少年と少女は顔を隠すようにして俯いていた。

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