DXMF🦋
虎兎 龍
一日目
「書留です」
チャイムの音で目が覚めた。私は愛想もそこそこにサインをして受け取る。すぐ様開封した紙袋から現れた白いボトルを見た。「鎮咳剤(MEDICON TABLETS 15mg)」と書かれたボトルには五百錠もの咳止めが入っていた。私が何故台湾から態々咳止めを大量に個人輸入したかと言うと、このメジコンの主成分がデキストロメトルファンであるからに他ならない。
デキストロメトルファン―――通称DXMはコンタック等の市販薬にも含まれる鎮咳去痰薬の一つである。鎮静作用や解離作用が有り、とても苦い代物だ。量を超えて使用すると解離性幻覚作用が働く。体重や慣れにも関わるが基本的に効果は量によって異なり、フワフワとした感覚から精神世界への埋没、行き過ぎれば完全に自分が自分でない感覚や幻覚等が有り、最終的には失神するらしい。
私はこの薬を噂で聞き、友人達に進められお遊びで初めて市販薬で試してみたが全くと言っていい程効かなかった。その後も何度か市販薬を使って挑戦するものの、一度も幻覚を見るに及ばず、何度か吐いた経験すら有った。
写真を撮り、嬉々としてSNSにアップロードする。今日は辞めておこう、そう思った。家賃も押していて、働かなければならない。
けれど、数時間後、私はその蓋を開けていた。三十錠飲むとして、足りなかったら一時間後に十錠足そうと思った。スポーツドリンクでその小さな白い粒を二錠ずつ流し込んだ。適当な音楽を流して横になり、それまで見ていた知人の動画配信を観る。
三十分位だろうか、一気に効いて来た感覚と胃酸が込み上げるような唾液が溢れる感覚に襲われ、スポーツドリンクを飲むなどの抵抗も虚しく、用意していたゴミ袋に吐瀉した。スポーツドリンクで胃液と薬の味は緩和されていた。起き上がるとより薬が回り、吐き終わった途端フラフラと元居たベッドに倒れ込んだ。スマホからは朗読の様な声が聞こえる。今日も話に飽きてよく分からない本を読んでいるんだな、回らない頭でそう感じた。完全にコメントを打てる状態ではなかった。
それから十五分か三十分して、胃のムカつきが収まった頃、吐いた分を取り戻そうと十錠足した。また二錠ずつ、スポーツドリンクによって。
そこからは殆ど、目を瞑って見える想像の世界だった。音は古いゲーム機の様な「テーテーテー」という電子音に変わり、高温は「キーン」という耳鳴りの様な音に変わった。視界に広がるのはゲーム『マインクラフト』の世界が多かった。黒い背景に『マインクラフト』の世界。遠い上空から全土を眺めたり、キューブ状の土や石の色をした目の前のブロックをちまちまとピッケルで削る。
ゲームの世界が終わりかけた頃、少し意識が蘇った。スマホの文字を読めたのだ。自分の動画配信画面を開く。この先の自分の発言は、記憶と記録を照らし合わせたものである。
「もう、凄いよ…」という入りから、現状報告が始まった。
「デキストロメトルファンをね、三十錠も飲んだの!」
「マイクラの世界に居た…何もかもジグザグな世界なんだ…」
「音がね、砂なんだよ。さっきまで昔のゲーム機だったのに、音が砂!」
「衣擦れも筋肉も体毛もザラザラする」
「なんかね、物の出す音は四角っぽくて人の声は三角っぽい」
「識字能力は有るからコメント打って」
「デキストロメトルファンだよ。コンタックとかメジコンとか」
「きっと私はこういう放送がやりたかったんだよ、じゃなきゃ枠なんてやってない」
「私は全然大丈夫だよ、滅多に失言しないから」
「舐めてた、ブロンのノリでやっちゃダメだった」
「デキストロメトルファンタジーがデキストロメトルファンタジー過ぎてデキストロメトルファンタジーに殺された」
『デキストロメトルファンタジー』というのは私が好きな知人の作った歌だった。『デキストロメトルファンタジー』という曲も好きだが、『抱きしめて』という曲も好きだった。DXMによく合う曲だと初めて実感した私はこの日この二曲を沢山聴いた。『抱きしめて』には「デキストロメトルファンタジー」という歌詞が沢山入って居た為、このワードを連呼していたのだろう。
四十分弱で切られたこの配信後は、確か識字出来る限りは知人の配信にコメントを打っていた気がするが、朝まで記憶が抜けている。通話アプリの履歴を見ると、自宅の鍵を渡している長年の友人に通話を三件、別々の時間に発信していたらしかった。早朝、少しSNSを更新し、眠ったと思う。次に記憶が有るのは昼前に電気が止まっている事に気付き、ふらつく頭でコンビニに支払いに行った事だった。帰宅し再び夕方まで眠った。
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