番外編その2【水菜緒の決意】
4月。
おはようございます。水菜緒です。
今日から私、高校生になりました。
見てください、この制服。そう、無事にお兄さんと同じ聖条高校に入学することが出来たんです。
今日からは放課後だけじゃなく、学校に居る間もお兄さんに会いに行くことが出来ます。
そう、思っていたんですけど、お兄さんから幾つか課題を貰っています。
ひとつは、学校で友達、出来れば大親友と呼べるような友達を作る事。
中学に居た間に、胸を張って友達って呼べるクラスメイトは何人もいた。
でも私には家の喫茶店もあったし、あまり頻繁に遊びに行くことも出来なくて、親友って呼んでいいかは怪しい所です。
部活なんかも当然してなかったし、高校生でもする気は無いからそっちで友達を作るってことも出来ない。
うーん、どうしたらいいんだろう。
クラスメイトに良い子が居ればいいんだけどな。
それともう一つ。
学校内ではお兄さんが小説を書いていることは秘密にすることになった。
知ってる人はもう知ってるらしいんだけど、新しい人、特に1年生が知ると色々大騒ぎになるかもしれないからって事らしい。
私としてはクラスのみんなに宣伝して回りたかったんだけどな。
私がそう言うとお兄さんは、
「自分の好きな作家の本なんだって紹介すれば良いんじゃないかな。
もしかしたら、そこから小説好きの友達が見つかるかもしれないしね」
って笑って言ってくれた。
そうだよね。そうしたら同じ趣味の友達が出来て一石二鳥だよ。
あ、でも。そうしたらお兄さんの事を言わないことが後ろめたくなっちゃうかも。
そんな事を考えながら歩いてたら教室に着いちゃった。
よし、やっぱり第一印象が大事よね。元気に明るく。
「おはよ~」
「え、あ、うん。……おはよう」
うっ、隣の席の女の子に挨拶したら、ちょっと引かれた?
もしかして元気過ぎたかな。
うわぁん、最初から失敗だよ。
と、そこでその子が持ってた本が目に入った。
「あ、その本……」
「えっ?」
「星渡先生の本だよね。しかも最新作!!」
「そう。あなたも先生の本、読むの?」
「うん。あ、私、蓮川 水菜緒って言うの。あなたは?」
「わたしは、遠野、渚です」
「渚ちゃんか。よろしくね」
そうして渚ちゃんと高校最初の友達になれた。
渚ちゃんは元々しゃべるのが得意じゃないらしくて、静かに訥々と話をしてくれる。
こういう感じの子って今まで周りに居なかったから新鮮かも。
「ただいま」
学校が終わって家に帰ると、まずはお店に出ているお父さんの所に顔を出した。
「お帰り、水菜緒。高校生活はどうかな。上手くやっていけそうかい?」
「うん。お友達も出来たんだよ。渚ちゃんって言うの」
「そうか、それは良かったね。良かったらお店の方にも呼んでおいで。サービスするから」
「ほんと?ありがとう、お父さん。じゃあ、着替えて来るね」
そうして喫茶店の手伝いを始めると、常連の人達が口々にお祝いを言ってくれる。
中には小さな花束を持ってくるおじいさんまで。
「制服姿の水菜緒ちゃんを見れなかったのは残念だったな」
「じいさん、来るタイミングがちょっと遅かったな。俺はばっちり学校帰りの水菜緒ちゃんを見れたぜ」
「なんと!むむっ、明日はもう少し早く来るとしよう」
「いえ、皆さん。学校の制服は他の皆と一緒ですからね」
うーん、私の制服姿とか、そんな見る所なんてないよ?
そう思ってた所で、新しいお客様が入って来た。
「いらっしゃいませ。あっ、お兄さん」
「こんにちは、水菜緒ちゃん。って、そうか。もう着替えてるよね、はぁ」
「って、お兄さんまで、何を言い出すんですか」
「いやあ、ごめんごめん。今日は初日から忙しくてね。なかなか水菜緒ちゃんに会いにいく時間が取れなかったからさ。
こっちに来たらもしかしたら制服姿の水菜緒ちゃんに会えるかもって思ってたからね」
「もう、それなら明日のお昼休みでどうですか?学食があるんですよね。使い方とか教えて下さい」
「うん、分かった。なら昼休みになったら教室まで迎えに行くね」
そんなやり取りをしていたら、周りのお客様がニヤニヤしていた。
「やるねぇ、水菜緒ちゃん。ちゃっかり昼休みデートの約束を取り付けるとは」
「デ、デートとかじゃないです。ほら、お兄さんもいつもの席が空いてますからそちらにどうぞ」
「はいはい」
お兄さんを席に案内して注文を聞く。
はい、いつものホットケーキセットですね。
厨房のお父さんに注文を伝えるとすぐに出来立てのホットケーキとコーヒーが2つトレイに載って出てきた。
お父さんってば、お兄さんの顔を見てすぐに準備し始めてたのね。
それとコーヒーが2つってことは。
「30分くらい休憩しておいで」
「あ、うん。ありがとう、お父さん」
お父さんに見送られてお兄さんのテーブルにホットケーキセットを置いて、向かいの席に座る。
お兄さんも驚く素振りも見せず、にこにこしてる。
「それで、高校生になってみてどう?お友達とかは出来そうかい?」
「あ、はい。今日早速隣の席の渚ちゃんと仲良くなれました」
「へぇ、それは良かったね」
「はい。あ、でも」
「でも?」
「お兄さんが言っていた、大親友になるにはどうすれば良いのかなって思って」
「それはまぁ初日ですぐにって訳にはいかないだろうね。
でも、そうだね。まずは水菜緒ちゃん自身がその人と大親友になりたいって思う事だよ。
『愛されたければ、まず愛しなさい』なんて格言もあるしね。
好きな人の事なら、もっと知りたいって思うでしょう。
だから色々と訊ねてみれば良いよ。
例えば、そうだな。
今水菜緒ちゃんが付けてるその髪飾り。それってとっても可愛いけど、どこで買ったの?」
お兄さんに聞かれて右手でそっと髪飾りに触れる。
水連の形をしたこの髪飾りは、私のお気に入りの一つだ。
「これは去年の誕生日にお父さんがプレゼントしてくれたんです」
「そうなんだ。やさしいお父さんなんだね。それにセンスも良いし素敵な人だね」
「ありがとうございます。でも、結構抜けてるところもあるんですよ」
「ふふっ、でもそういう所も含めて好きなんでしょ」
「そうですね。この前も……」
そうやって話す私を、相槌を入れながら嬉しそうに見るお兄さん。
あれ?もしかして、さっきから私ばっかり話してる?!
「すみません。私ばっかりしゃべっちゃって」
「ううん。大丈夫だよ。
それで、どうだった?僕は今ちょっとしたきっかけを作っただけ。
でも水菜緒ちゃんに凄く楽しい時間を提供出来たんじゃないかな」
「あ、たしかに」
すごく楽しくて、時間を忘れて話をしてた。
って、もうこんな時間!?
驚く私をお兄さんは変わらず見つめてくれる。
「人ってさ、自分の好きな事を話すのが好きな生き物なんだよ。
だから相手に、この人は自分に興味を持ってくれてる、同じ価値観を持ってる、話を聞いてくれるって思ってもらえたら仲良くなるのも早いだろうね。
大事なのは相手の大切に思っているものを大切にしてあげる事。
今の話でも、きっとお父さんの事を貶したりしたら、途端に険悪な状態になってしまうだろうしね」
「そうですね、間違いないです」
「後は、料理の『さしすせそ』と同じように、褒め言葉の『さしすせそ』があったり、天国言葉と地獄言葉なんて言うのもあるね。
ネガティブな事、相手から奪う発言をしていると人は離れ、ポジティブな事、相手に与える発言をしていると人は寄ってくるよ」
「あ、それは分かる気がします。人の悪口を言ってる人には近づきたくないなって思いますし」
意地悪グループって、なぜか何人かで纏まってることが多いんだけど、何となく嫌な空気が流れて来るんだよね。
それにお店で働いていると色んな人を見るけど、暗い人嫌な人ってどうしても近づきにくいの。
「それにしても、お友達と仲良くなるのって単純なのかと思えば色々と奥が深いんですね」
「そうだね。ある人の話では、真の友人を手に入れる事は、人生を幸福にするために必要な全てなんだって」
「全て。そんなにですか?」
「もちろんお金や時間、健康なんかも幸せになるには必要だよ。
それでも人から愛されるのって、それくらいの価値があるんだ。
だから、高校生活を友達を作る場、他人を喜ばせる練習の場に使うと良いよ。
少なくとも僕はそう思って高校に通ってる。
それと後は、3年の間に、それも出来るだけ早く自分の道を見つけること」
「自分の道。それはお兄さんが小説家になったように、ですか?」
「そう、それも道の一つだね。あ、言っておくと専業主婦な無しだからね」
「えっ、ダメなんですか!」
それって、暗にお兄さんは将来、結婚は望んでいないとかそういう意味?
そうちょっぴり落ち込んだ私を見て、おかしそうに笑うお兄さん。
「これは千堂さんの上司の言葉だけどね。
『専業主婦って自分でお金を稼いでないでしょ。
それだと、経済的に旦那に依存しないといけなくなるの。
結果、不自由な思いをすることになる。だからいつでも離婚届を叩き付けられるようにしておくのよ。
その状態になれてやっと、対等な立場で旦那と向き合えるようになるわ』
だそうだよ」
そう言われれば、時々来られる主婦の方も、そんな風に愚痴を言ってたっけ。
いっつも旦那の顔を伺わないといけないとか、お化粧をする時間も余裕も全然持てなくなったって。
「分かりました。なら、しっかりと自分でもお金を稼いで、その上で主婦としても頑張りますね!」
「うん。幸い僕には自由な時間が多くあるからね。相談事ならいつでも聞くよ」
「はい。ありがとうございます」
よおし、渚ちゃんと親友になりつつ、友達作りをマスターして、自分の将来についても決めていく。
やる事は一杯あるけど、高校生活も始まったばかりだもの。
お兄さんも一緒に居てくれるし、目一杯チャレンジしてみよう!!
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