無防備

久々に運動をしてから帰宅した。疲れた身体を癒そうと湯船にお湯を張ることにした。蛇口をひねってだいたい7分。ぼこぼこと蛇口から水面に水柱が落っこちていく音を聞きながら、今か今かと湯船の完成を待つ。そろそろかなーと風呂場の扉を開けて覗くと、ちょうど満杯マイナス身体の体積分くらいのお湯がたまっている。よしきた、と部屋に戻って意気揚々と服を脱ぎ捨てる。暖房を入れていない部屋の空気は全裸には堪える。さみぃさみぃと言いながら身体を抱いてつま先立ちで風呂場へ向かった。

待ってましたよーと呟きながら、輝くような水面に勢いよく右脚を突っ込んだ。ん?と首を傾げながら2秒待つ。そう、たまにあるのだ。キンキンに冷えた身体をアツアツのお湯につっこむとなんか冷たく感じちゃうときが。きっとそれに違いない。それであってくれと祈りながらの2秒。祈りは届かず(そもそも神は信じていないけれども)、そのお湯が錯覚ではなく水であるということが判明してしまった。つめてぇ…と言いながらよく冷えた頭で無慈悲に風呂の栓を抜く。湯船いっぱい分の水をきれいなまま下水道に流すのは食べ物を残すのと同じくらい罪悪感がある。うちの風呂は旧式なのである。追い焚きはまだない(今後もない)。水が抜け切ったところでつけ忘れていたガスのスイッチを押してから蛇口を再びひねり、全裸のまま部屋に戻る。

人は有史以来服を着て生活している。それが薄い布っきれだとしても、身体を何かに包まれている安心感というものは遺伝子に刻み込まれたそれなのだ。なのに僕は全裸の状態で悲しい出来事に遭遇してしまった。僕は身体だけでなく心も無防備だったのだ。服を着ていたのならまだしも(?)、全裸に冷水はあまりにも堪えるというものだ。お湯がたまるまで7分。また服を着てもう一度脱ぐのは面倒くさい。全裸のまま布団に潜り込み、湯船の完成を待っている。

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