8 ノープラン
レイプ未遂事件の後、師岡は高校を退学したということだった。隆から聞いた話によると、理由は、学校が合わないというもので、担任の教師が事件を知っているかどうかわからなかった。いずれにしても、彼は問題児が退学してくれて安堵したのではないだろうか。
学校では文化祭に向けて準備が進んでいたが、恒平にとっては、師岡への復讐が最優先事項だった。三人で話し合った結果、最終的な目標は、師岡を文華に謝らせること、あるいは少なくとも、自分たちの前で謝らせることで意見が一致した。そのために、どうするか? 結局、何か策を弄することが可能だとは思えなかった。実際のところ、師岡が良心の呵責に駆られて自発的に謝るというありそうもない状況を別として、三対一という数的優位以外に師岡を屈服させる手段があるとは思えなかった。また、師岡がどこかへ移住する可能性も大いにあり得たので、早めに行動に移す必要があった。
田村さんと会った次の日の放課後、恒平は学校近くの「パピオン」で文華と隆に会った。文華のポニーテールの髪型は初めて見た。
「すまんな。呼び出して」と隆。
「いや」
「恒平くんにまで迷惑がかかるなんて。本当に止めていいんだよ」
文華は心配そうな顔をした。
「何というか、実はワクワクしてます」
「よく言った! まあ食べなよ。文華のおごりだよ」
隆はそう言うと、たこ焼きを差し出した。
「いただきます」
「たこ焼きでごめんね。今度、とんかつでもおごるよ」
「また、『かつふみ』に行きましょうよ」
思わず願望が恒平の口をついて出た。
「いいね。恒平も原付買ったことだし」と隆。
「そうなんだ」
恒平はたこ焼きを食べながら、初陣を迎える兵隊のことを思った。
(まさかこんなことに首を突っ込むことになるとは。だけど、勉強にはこれほど熱くなれないな)
「……すべては、あのとき船で田村さんに会ったことが起点になってるように思います。会ってなかったら、こういうことはなかったでしょうね。そう考えると、ほんとに出会いっておもしろいですね」
「そうだね。人との出会いで人生は成り立っているのよ。だから、出会いを大切にしないと」
隆は頷いた。
「そう、あのとき隣に田村さんが来たから、こういう展開になった。良くも悪くも。師岡はその悪い側面かな。まあ、しかし、しょうがない。人生いいこと尽くめではないからね」
「それで、何かプランはあるの?」
「いや、出たとこ勝負で行くしかない」
「だけど、あいつには暴力的なところあるから無理しないでね。別れた理由も、辰一がいじめている人がいて、何か嫌気が差したの」
「そうなんですか」
「うん。わたし実は、隆と付き合う前に辰一を振ったのね。彼はわたしとよりを戻したかったらしいけど。それが癪に障ったんでしょうね」
「だけど、だからと言って、暴力は許されないですよ」
三人で話し合いを持ってから四日後の土曜日の夜、三人は原付を飛ばして師岡の家のある隣町に来た。海岸沿いの道に原付を停めると、商店街の一角にあるスナック「華」を営んでいる師岡の家に向かった。スナックの看板には灯が入っていた。師岡の原付が建物の側にあった。
三人は、住居と目される二階の部屋への階段を上がった。チャイムを押すと、「はい」と師岡の声がした。田村が名乗った。
ドアが開くと、ジャージ姿の師岡が出てきた。師岡は恒平と隆の存在に気付くと、のけ反った。
「これはこれは、お揃いで」
「高校退学したんだってな。理由は?」
「……まあ、上がれよ」
家に上がると、キッチンを抜けて、リビングに通された。リビングには、テレビと円形のローテーブル、女性ものの派手な衣類が数点吊り下げられていた。ローテーブルの上には灰皿とタバコ、漫画雑誌があった。師岡は四人分のグラスと二リットルペットボトルの烏龍茶を持ってきた。
「好きに飲んでよ」と師岡。
だが、師岡以外誰も飲まなかった。恒平は困惑していた。想定していた展開とはまったく違ったからだ。師岡はあまりに普通でレイプ未遂犯とは思えなかった。
「俺らがここに来た理由はわかるよな?」
田村の言葉が重くなってきた沈黙を破った。
「……ああ、文華のことだろ」
「そうだ。言ってみろ。文華に何したか」
「俺は文華が好きだった。また前みたいに、文華と付き合いたかった。あいつと別れてから毎日が灰色だった。お前と別れてチャンスだと思った。あいつが隆といっしょにいるのは意味が分からなかった。俺への当てつけだと思った。俺は二人で話したかった。学校でも避けられてたから。それで夜、玄関からあいつの家に忍び込んだんだ。物入に潜んでいたが、あいつが着替えるのを見て、我慢できなくなった」
師岡はうつむき加減で泣きそうだった。
「その代償はでかいぞ」と田村。
「ああ、どうすればいい?」
「まずは俺らに謝れ」
師岡は土下座して「悪かった。ごめんなさい」と謝った。
「文華に報告しとく。文華が望めだけど、彼女にも謝れよ」
田村はそう言うと、隆に目配せした。隆は頷いた。
「……じゃあ、俺らはこれでお暇するわ」
「それにしても、意外だったな。一波乱あるかと思ってたけど、あんなにあっさりと認めるとはな」
「ですね。暴力沙汰は避けられないと思ってました。師岡って意外と普通な人なんですね」
「まあ、あいつも反省したんだろ。三年で高校退学って、母親も失望でかいだろうし、辰一はこれからどうするのかな」
「自業自得ってやつですよ」と隆。
「若気の至り、とも言いますね。ともあれ、隆は殴りたかったんじゃない?」
恒平はようやく口を開いた。
「あれじゃあ、殴れないよ。もっとクズだったら、躊躇なく行けただろうけど」
三人は原付の場所に戻ってきた。時間はまだ午後八時過ぎだった。
「どうする? 帰る?」
「恒平の家で祝杯でも上げましょうか?」と隆。
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