マンホールに埋まっている系男子

ちびまるフォイ

穴があったら入りたい

「あ、マンホールだ」


地面からは男が埋まっていた。

上半身だけが地上に出ている。


「マンホールってさ、なんのためにあるんだろうな」

「さあ」


マンホールに近づいても埋まっている男は無反応。


「こんにちは」

「 」


「どうしてマンホールになったんですか」

「 」


「なにかの罰ゲームとかですか?」

「 」


男はなにも答えない。


「無駄だよ。早く行こう」

「ああわかったよ」


その場は去ったものの、どうしても引っかかった。

マンホールの男を見るたびにその引っ掛かりはどんどん大きくなる。


ある日、思い切って助けてみることにした。


誰もいない時間を狙って、家から一番近い場所にいるマンホールの男を出した。


「 」


男は感謝の言葉もなにも言わない。

公共物を壊したと思われるのが怖いのでそそくさと家に男を隠した。


家で男のまぶたを指でこじ開けると眼球の上には赤黒い膜がはっていた。

目だけではない。


いっぱいの赤黒いなにかが、鼻にも、口にも、耳にも。

男の穴という穴にはすべてみっちりと赤黒い何かがつまっていた。


「これが詰まっていたからしゃべれなかったんだな」


口から赤黒いなにかを取り出すと、

口の内側そのままの形をかたどった何かがごろりと落ちた。


「あ……あ……」


「なんだ。やっぱりしゃべれるじゃないか」


「おとこ……」


「マンホールに入っていたのがよっぽど怖かったんだな。

 もう大丈夫。あんたはもうマンホールに入ることはないんだ」


マンホールに入ってた男を引っこ抜いたことがバレれば怒られると思い

逃走中の犯人を匿うみたいに奇妙な共同生活がはじまった。


男は意外なほど家庭的で最初こそ警戒していたけどだんだん打ち解けていった。


「そういえば、あのマンホールはどうなったんだろう」


男を引っこ抜いたあとのマンホールを見に行くと、

ぽっかり開いた穴からは赤黒い液体がどばどばと道路に溢れていた。


「まずいことしちゃったかな……」


見られていない自信があるとはいえ、近所の人に顔がわれたらあ終わりだ。

と怯えていたものの嫌に周囲は静かだった。


普通に考えて、こんな赤黒い液体が家の近所であふれていたら慌てるだろうに。


とにかくこの赤黒い水の冠水をなんとかしようと、

さも「今見つけた通行人です」の顔で近くの家をたずねた。


「こんにちは。あのう、あっちの道路のマンホールで冠水が……」


「あが……た、たすけ……て……」


「どうしたんですか!?」


「あの水が……悪いものを運んできたんだ……下腹部が……痛い……」


近くの家の人の皮膚には赤黒い斑点ができていた。

あわてて救急車を呼ぶやその地区は厳戒態勢となり誰の侵入も許さなくなった。


「入らないで! これ以上病人を増やすわけにはいかない!」


「でもあそこにマンホールが……!」


「それもこちらで処理します」


それからしばらくは街に入れなかったが、KEEPOUTの黄色いテープがついに外された。


「じょ染作業は終わったのでもう大丈夫ですよ」


やっと自分の家に帰ることができる。

その足でマンホールを見に行くと、空きっぱなしだった穴には男が入っていた。


「佐藤……?」


上半身だけを地上に出してマンホールにうまる男には見覚えがあった。

近づくほどそれは確信となった。


「なんで……なんでこんなひどいことを……」


俺と友達はこのマンホールの近くを通りかかった。

それを誰かが見て友達が主犯だと誤解したにちがいない。


自分のせいで無実の人間がマンホールにされるなんて。


「待ってろ。必ず助けてやるからな」


そう言いながら手を伸ばしたが、どこか冷静な自分の頭がそれを引き止めた。


「もし助けたら……」


ふたたびマンホールはからっぽになる。

やがてまた誰か別の人がマンホールにされるのだろう。


それは誰か大切な人の友だちになるのかもしれない。

俺は自分の友達を助けるために、誰かの友達を犠牲にすることになる。


「それならいっそ……!!」


覚悟を決めるとひと目もはばからず友人をマンホールから引っこ抜いた。

開いた穴からはふたたび赤黒い水があふれてくる。


「さようなら。すべては俺のせいだったんだ」


息を整えるとマンホールに飛び込んだ。

穴の幅は俺が通るにはあまりに広くどこまでも深い水道管へ潜っている気がする。


やがて息も続かなくなり口からごぼっと空気をすべて吐き出すと、

俺の穴という穴に赤黒い水がみるみる入っていく。


目はふさがり、鼻も、口も、耳も、体の内側だって水で満たされる。


体に入った水はしだいに固まると外界のことはもうわからなくなる。

ただ、体の内側に入った水が固まりながらも中から皮膚を変形させる。


「 」


声は出ない。

体が作り変えられていく痛みは誰にも訴えることはできなかった。


固まった水の重みでどこまでも深く沈んでいく。



永遠に続くかに思えた潜水だったが、やがて上半身だけ外に出たのがわかった。




「あ、ウォーマンホールだ」




地球の反対側では上半身だけが地上に出ている女を通行人が見つけた。

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