2019年書いたメモやプロット
第13話 家出サバイバルには魔法が役に立つ
あらすじ
悪と正義どっちもとっちゃダメですか……?
魔法使いが住まう隔離された世界"魔法界"
外の世界とを繋ぐ門、狭間塚から人間界に出てきてしまった少女は、帰る場所を失い知っていた人間界の常識が間違っていたことに気付き絶望した。 無職住所不定残金無し、戸籍も無い、中で人間界を生きてみることにした。
以下本文
◇◆
私は普通の魔法使い。とは言ってもまだ子供だ。
庶民以下貧困以上の貧乏な家庭に生まれ、友達の裕福さに少し羨ましいと思いながらも16歳まで無事に成長したと私は思っている。
母は理不尽なことで怒る人で、私も私で自分の信念を曲げたくないものだからいつも喧嘩ばかりしていた。
町から離れた郊外に家を構えていたおかげで怒鳴り合いをしても近所迷惑にはならなかった。
わかってるのに、そんなこと知ってるのに、ぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃ言って来て本当にムカつく。
私だってサボっているわけでもなければ努力をしていないわけでもない。
見てないくせに努力が足らないとか言って家に帰るなり説教。
その説教のせいで勉強時間が減っているってのに、それを言うともっと怒る。
めんど臭くなって謝ると気持ちがこもってないとか、毎回謝るけど改善が見られないとか言って怒る。
毎日やられるものだから、流石にイライラしてきて学校に残って勉強して帰れば、何処をほっつき歩いてるんだとまた怒る。
うるさい、もうこんな家に居たくない。
説教されてもありがたくないし、ためにもなってない。
"あなたのために言ってるのよ"
"お母さんだってこんなことを言いたくないの"
"こっちだって辛いのよ"
そんなこと、頼んでない。言いたくないなら言うなよ。毎日毎日、……毎日!やられるこっちの身にもなれよ!私の方が辛いよ!
『待ちなさい!まだ話は終わっていません!!』
そう怒鳴りながら追いかけてくる母を振り切って自分の部屋の鍵を閉めた。
無理矢理あげようとしてくるのを聴きながら壁に立てかけられた杖とトランクを掴んで窓から外に飛び出した。
私は全速力で走っていた。
家出した。罪悪感よりもあのうるさい親から解放されたと思うと、高揚して笑いがこみ上げてきた。
はぁはぁと息を吐きながら真っ暗な夜道を走る。
チラリと後ろを振り返えれば真っ暗な中にポツンと佇む我が家が見えた。
走って走って。どんどん遠ざかる。
跳ねるように走り、滑る斜面も駆け上がる。みるみるうちに町から離れてやがて我が家の明かりさえ見えなくなった。
さずがにこれだけ走ると私も疲れる。
脇に抱えてきた杖が邪魔になってきて近くにあった木に立てかけた。
随分遠くまで来た。
一人で衝動的に走り出したにしては結構郊外に来てしまったらしい。
丘の上に建てられた祠を見てそう思った。
灰色の石の棺が収められた木造の祠は、地元民なら子供の頃、連れてこられる場所だ。
狭間塚と呼ばれるこの祠は、私たちが住むこの世界とほかの世界を隔てる門の役割をしている。
世界各地にこのような門が存在する。
中世後期までは死刑よりも酷い重罪として魔法界からの追放が行われていた。
この祠を使い外に出た場合も、戻って来ることが可能だが、刑が行われていた時代は厳重に管理され基本的に一方通行しか出来ないようにされていたため、追放刑という形をとれていたらしい。
あまりに非人道的だとされ、今では行われていない刑罰だ。
学校で習った歴史の授業を思い出しながら祠を見る。
壊れた木造の祠の扉を外し棺の蓋を押していく。
石が擦れる音がして少し動いた。
歯を食いしばって押せば、今度はスムーズに蓋は開けていった。
空には星が輝いていた。
空を遮るように伸びた枝から葉っぱが風に揺らめいて星々を隠した。
冷たい風が私の頰を撫でる。
私の吐息しか聞こえない暗闇の中で私は立っていた。
「どっしようかな……」
私は今、悩んでいた。
今ここで、祠から外の世界に行ってしまうか、それとも他の場所へ行くか。
家出したと言っても、すぐに見つかってしまうだろう。
他の場所に行ったって辺境に住まう変な魔法使いに見つかって親元に返されるのがオチ。
それで親に見つかればこっ酷く怒られるに決まってる。
「…………」
怒った母の怒鳴り声が聞こえてきたような気がして、幻聴だと頭を振って否定した。
ならば外の世界に出てしまおうか。
昔から考えたことはあった。
外の世界から流れてくる本を読んだりするのは好きだったし、多くの人とは違って私は魔法を使えない外の人間が劣っているとは考えていない。
本で外の世界の言葉や風習、それから常識とかも知っているから問題ないと思う。
でも、最後に魔法使いが外に出て帰還が確認されたのが350年前なのだ。
もし、今は変わっていて戻って来れなかったら?
「後悔、するだろうか……」
今は親は嫌いだし友達も少ないから別にいいやって思ってる。どうせ心配してくれる友達もいないし。って卑屈になってる。
でも、もし向こうに行って落ち着いて考え方が変わった時に後悔はしないだろうか。
「後悔するんだろうな……」
何で私は外に来てしまったんだ。
あの時、踏みとどまっていれば、なんて私なら思うかもしれない。
石の棺の中で渦巻く真っ暗な闇を見ていたら不安になってきた私は、やっぱり外の世界に行くのはやめておくことにした。
いつのまにか手のひらが汗でびっちょりとしていて、鳥肌が立っていた。
そうだよ、嫌なら見つからないようなところに行けばいい。
見つかったら、また家出すればいい。
外の世界に行くならもっと外を知ってから行けばいい。
今が嫌だからって究極の選択を取らなくてもいいんだ。
そう考えたら急に気持ちが楽になってきた。
「よし、また今度。いや、いずれ来ます」
そう、渦巻く闇に決意して、この場を離れることにした。
流石に蓋を開けたままにすると良くないかもしれないからずらした棺の蓋に手を伸ばそうとして。
「えっ…………?」
私は、棺から伸びた闇に体が引き摺り込まれていた。
こんな話聞いてない!引き摺り込むなんて知らない。言われてない。
「“दूर जा(離れよ!!)”」
呪文が発動して闇が離れ……
「あれ?……ッ“दूर जा”!!」
離れない。闇の中に私は沈んでいく。
底なし沼のように、暴れれば暴れるほどズブズブと沈んでいく。
「“दूर जा”!!!!!」
叫ぶだけ。呪文は発動しなかった。
なんで。
こんなのって。
嫌だ。
家出したから。私のせい。
ああ、追放された人もこうやっ少しずつ沈んでいくのを感じていたのかな。
あ……。どうりで呪文が発動しないと思ったら、なんだ。杖を忘れてた。
あれ、木に立てかけたまんまじゃん。
名前書いてないけど、お母さんとかお父さんとかがみたらわかってもらえるかな。
このまま棺に飲み込まれて居なくなっても、私のことわかってくれるかな。
こんな自殺みたいなことして、私って馬鹿みたい。
死刑よりも重い刑罰として使われていたって知ってたのに、昔帰還した人がいたって知って大丈夫だと思って、それで迷ったあげく馬鹿みたいに引きずり込まれて。
いなくなったら本気で悲しむかな。
それともまた怒るかな。
そのまま私の視界は闇に包まれた。
◇◆
刈り取られた草が服越しにチクチクと刺さって痒い。
ざあざあと葉っぱが擦れる音がして私はまだ生きていることを実感した。
目を開けると、夜だった。
空は灰色で、星は見えなかった。
夜だというのにあちこちがピカピカと光っていて星の光のような明るさを放っている。
寝っ転がった姿勢のまま身体をペタペタと触った。
「よかった……ある。体がある。」
体があって良かったなんて思うなんて幼い頃にみた悪夢から覚めた時くらいだろうか。
それにしても、あれは現実だったのだろうか。
視線を横に向ければ狭間塚と変わらぬ姿をした祠があった。
扉は金の鍵前で閉じられ鎖で開かないように蓋をされている。
その扉の前には手放さなかったトランクが置かれていた。
「ふぁ〜あ」
大きな欠伸をして、立ち上がった。
自慢の服に雑草がついてしまったから手で払っておく。
祠の中にまだあの闇があったらどうしよう。
私はちょっと逃げ腰になりながら祠に近づきにトランクを取って斜面を駆け下りた。
それにしてもここは何処だろうか。
見慣れない素材、見慣れない建造物が立ち並ぶ町。
嗅ぎ慣れない匂い、星の見えない空。
真っ直ぐに伸びた固まった溶岩のようなものでできた道と、所々に埋め込まれた紋章の書かれた茶色い円。
魔除けの柱もなければ、中に浮かぶランプも無い。あるのは妙な紐をつなげた柱と光る柱。
魔法を使えば現在地が確認で来たかもしれないのに、あーあ、置いてきちゃったからな……ぁ。
そう、私は魔法使いにとっての手足とも言える杖を置い……置いて。
あ!もしかして、ここがそうなのか?
人間界なのか?
人間は川に沿うように家や畑を作り木の棒や金属の板を持って殺し合いをしているって話だったよな。
夜は真っ暗で、一部の人間しか夜に灯を点さない。はずでは?
魔法界よりも明るい街を見ながら、私は人間界の知識の再確認の必要性を感じていた。
トランクを担いだ私は、家とおぼわしきが建物が密集する地帯に足を進めて行く。
白い外壁、中が丸見えの窓。
どれも同じような形をしている。
それから妙な物体が家の脇に置いてある。
なんだこれは。
近づいてみるとやや色のついたガラスがはまっていることに気づいた。
中を除けば、狭い空間に椅子が沢山置いてあって、へんなレバーやボタンが沢山あった。
どうやって入るのだろうか。
表面はつるりとしていて下には車輪と思われるものが付いている。
これだけの大きい車輪をつけているにみるに沢山のエネルギーが必要になりそうだ。
しかしどうやって動かすのだろうか。
人間は魔法を使えない。
人間は人間以外の動物を使役して乗り物を弾かせていると聞いたが、これに馬を繋いでも動かなさそうだ。
表面を良く見てみると扉のようなものがついていたのを見て私は近づいて引いてみた。
「ビーーーーーーッ!!!!!!!!!!」
「うひぃ!?」
けたたましい悲鳴をあげた。
突然、大きな音を立てたのにびっくりしてへんな声も出た。
しかし、なんだこれは。
うちの近くの森に生息する、のと袋を持った緑色の皮膚に足を10本持つトカゲのような声を出しているぞ。
扉のように見えたから引っ張ってみたが、どうやら勘違いらしい。
これは人間界固有の生物なのだろう。
半透明の身体を持つ生物や内臓が見える生き物はたしかに生息する。
ということは、レバーやボタン、椅子に見えたのもこの生物の内臓器官だったのだろう。
「どうどう、おち、もちつけ」
落ち着かせようとジェスチャーを取るがどうも興奮しているらしい。
透けて見える内臓の一部が赤い光を放ち、外の眼?だろうか。
前面の丸い部分から白とオレンジの光を点滅させていた。
どうやったら落ち着いてくれるのだろうか。
せめて杖があれば、睡眠魔法や沈黙魔法で静かにできるのに。
ああ、こんな時のために生物飼育学の授業を取っておくべきだった!
私が右往左往していると、ガチャリと扉が開いて飼い主が出てきてしまった。
ああ、ここは素直に謝罪しよう。
大人しく寝ていたあなたのペットを起こしてしまってすまなかったと。
ちょっと気になって触ったら寝ていた魔法動物を怒らせてしまうなんてあるじゃん。私は魔法族、この世界の住民は人間と違いはあるけれど素直に謝れば許してくれるだろう。
「アあ"ろろォおお!!!!!」
巨体を揺らしながら人間がこちらに向かって来た。
私は一度、触っていたこの妙な生物から離れ人間に向き合った。
「えーと、人間さん。ごめんなさい。ちょっと気になって触っちゃっただけなんです」
「ああれえ"!んがごふぃふー!!!!!」
やばいどうしよう。知らない言語だ。
それにしてもなんて不細工な顔なんだ。
ちょっと人間の美的センスは私には合わないかもしれない。
そうじゃなくて、そうじゃない。
この場を納めるためには、何か渡すべきだろう。
言葉が通じない種族を怒らせてしまった場合、食べ物を上げることで大体解決できる。
私は、しゃがみ混んでトランクを漁り中から手作りのお菓子を取り出そうとして、トランクを抱えて横に避けた。
さっきまで私がいた場所に細長い棍棒を叩きつける人間がいた。
人間は息を荒くして再び棍棒を振り上げるとこちらに向かって振り下ろしてきた。
「ちょ、ちょっと待って!誤解だよ!」
「ぶろあがあらい!!!!!」
奇声を上げる人間。
地面を滑るように移動し棍棒を避けて行く。
魔法使いは杖がないと魔法が使えないということはない。
熟練した魔法使いは杖なしで魔法が使えるし、子供でも身体能力を上げる程度の魔法なら杖は必要ない。
これが人間……!!
なんて野蛮な種族なんだ!
「やばい、まじやばい!人間ってやべえ」
「わ"ばへろるってるじゃめ!!!!」
ぶくぶくに太った人間が棍棒を振りながら未知の言語を叫ぶ。
これは意思疎通が難しそうだ。
殴って反撃をしてもいいが、いきなり人間に襲いかかるのは良くないだろう。
もしかするとこの人間はリーダーかもしれないし、武器を持っているのを見るに戦士の役割を持っている可能性がある。
とてもお粗末なものだが、文化の違いというものだろう。
人間とうまくやっていけるかな。
私は不安にかられながらもその場から走って逃げた。
ーーーーーーーーーーーーーー
補足
主人公が人間界固有の生物だと言っているのは自動車のことです。わかりづらかったらごめんなさい
◇◆
私は逃げた。
少し離れたところから様子を伺おうとも考えたが、棍棒を地面に引きずりながら追いかけてきたので逃げた。
道を走って逃げていたらいつのまにか元の場所に戻ってきてしまったので、塀を乗り越え柵をくぐり鼠のようにコソコソと逃げた。
先程の人間が特殊で他の人間はそれほど野蛮ではないという楽観的な考えは出来ない。
魔法使いのことわざで
"ポリロン侮る者は賢者あらず"
というものがある。
その昔、強大な力を持っていた賢者は危険な魔物を飼育していた。
ポリロンと呼ばれた毛玉のようなふわふわした可愛らしい魔物を見た目通りと判断して飼育していた賢者は、獰猛で残忍な本能を持つポリロンに言うにも悍ましい方法でバラバラにされてしまったのだ。その過去を教訓として、可愛いもの醜いものを見た目で判断したり、楽観的な考えをしていると魔法使いでも簡単に死ぬから気おつけようと言う意味のことわざが生まれたのだ。
醜い見た目をし、あまり技術が無いような感じで棍棒を振り回していたあの人間も私が油断してたらいきなり本気になって殴ってきたかもしれない。
そう考えると納得できる。
いくらなんでもあるは酷い。
あの人間は家の中から私を観察し、油断させれば確実に倒せると踏んだ上、その酷醜な見た目と下手くそな棍棒捌きで野蛮人を演技し、私が侮って間合いに来るのを待っていた狡賢な人間だったと言うわけだ。
つくづく人間というやつは恐ろしい。
これが人間。
そんな人間がうじゃうじゃいるような場所にいては私の体力がもたない。
ここは一旦態勢を整え、遠巻きから観察し彼らに紛れる必要があるだろう。
あの場所から離れるように歩いていると畑を見つけた。
似たような植物は魔法界にも生えていたなと思いながら歩いて行く。
四枚目の畑が見えたくらいで妙なあばら家を発見した。
あたりに人間が待ち伏せをしていないか道に生えた柱に隠れながら周囲を確認してから近づいて行く。
「えーと、何々? "だいこん ひゃくごじゅう"うーん……?なんだこの¥っていう文字は」
だいこん
と書かれた紙の下には白い植物が置かれている。この葉の形……ああ、この辺に植わっている作物か。
あたりにはそれらしき葉を持つ植物が植えられた畑が見える。
だいこん
のほかにも、にんじん、じゃがいも、ねぎ、という植物がある。
調理方は不明だ。そもそもこれらは食べられるのだろうか。
それにしても ¥の意味することはなんだろうか。
目を皿のようにしてみてみる。
だいこん¥150
にんじん¥60
じゃがいも¥30
ねぎ¥120
あっ!そう言うことか。
これらの名前の後ろに書かれた数字と謎の記号。これが何を表すのか比べて見ればわかることだった。
¥の意味するところ……それは長さだ。
"だいこん"より"ねぎ"が、"ねぎ"よりも"にんじん"が、"にんじん"よりも"じゃがいも"が短い。
長さに比例してこの数値も変化しているのをみるにこれは人間界におけるサイズの表記記号と見た。
いや待てよ、その考えは浅はかだ。
"にんじん"や"じゃがいも"は置いてあるものでかなり大きさに違いがある。
つまりこの¥○○という表記は識別番号のようなものではないのだろうか。
人間界にはどういうわけか多くの文字があるらしい。すなわち、"にんじん"と書かれたこの文字が読めない人間用に作られた共通識別番号なのではないか?
まあいい、今考えることではない。
あまり止まっていれば人間が来て私を殺したり生贄に捧げたりするかもしれない。
人間は野蛮で、魔法使いを生きたまま燃やしたり磔にして野ざらしにすることに快感を覚えるのだ、と言っていた老害の言葉を思い出した。
年がら年じゅうホラばかり吹いているくそジジイだったがあながちこの世界に来てそれが嘘でもないような気がしてきた。
それにしてもこんな場所に置いてあると言うことは、ご自由にお使いくださいと言うやつだろう。
ガラス瓶に入っていた様々な金属の小円盤を懐に収め、だいこんを2本ばかり有り難く頂戴してその場を立ち去った。
彷徨い行き着く先は地獄だとか、一寸先は闇なんて言う言葉を聞いたことはあるだろうか。
まさに私の今がそれである。
だいこんを両脇に抱えて、トランクを担ぎながら道を歩いていた私は、毒ガスに蝕まれていた。
「ゲホっ、ぼこ……うっ……」
目の前を猛烈な勢いで何かが通り過ぎたと思ったら、悪臭が鼻を通って私の肺を刺激した。
胃がひっくりがえりそうな気持ち悪さに襲われだいこんを道に落とし私は咳こみながら地面に膝をついた。
なんだアレは。
いや、見えていたからわかる。
ああ、くそ。あの醜い人間め、私がここに来るのを計算してこんな卑怯な手を打ってきたのか……!
目の前を通り過ぎたのは確かに先程私が怒らせてしまった人間界固有の生物の亜種だった。
私が怒らせたのは長方形の白い個体だったが、私に毒ガスを浴びせたのは薄っぺらい赤色のものだった。
そこにはひょろっとした人間が乗っていたのが見えた。あれは騎手だろう。
あの人間が戦士だと考えたのが甘かった。あの人間は私が逃げたのを知って仲間を使い私に毒ガスを浴びせたのだ!
ああ、やられた。
なんてことだ。人間がこんな凶暴な生物を飼いならしているという情報はなかったのに。
"ブゥうううん!"唸り声をあげて走り去っていったあの金属系の生物は毒の含まれた煙を撒き散らして遥か彼方へ消えていった。
「うぐっ……ごぼ……ごぼっ」
くそ、死ぬ。
ああ、ちくしょう。人間界に来ようなんて考えた。いや、少しでも思ってしまった私が馬鹿だった。
こんな場所で、生き残れるわけがない。
初日でこんな。まだ朝も開けてないのに、こんなことってあるのか……。
ああ、厳しいなぁ。
私はよろよろ立ち上がって歩き出した。
あの匂いが離れない。
吐き気が止まらなくて咳が出て倒れそうになりながら歩く。
こんなんじゃあ、だいこんは持っていけない。
私は諦めて歩いた。
興奮が冷めてきて、どっと疲れが回ってきた。
とにかく逃げなきゃ。
あれが来たらまずい。
意識が朦朧とする中、人間を避けて街を歩き、歩いている中でようやく身を休められそうな場所をみつけた。
枯れ木が立ち並ぶ不気味な場所に建てられた小屋。蔦で覆われたログハウスらしき小屋を見つけた私は最後の希望をかけ近づいて行く。
鍵穴が見つからず、蹴破って入ろうとドアノブに手をかけた私はすんなりと空いたドアをみて驚いた。
そのまま倒れこむように私は、意識を手放した。
ーーーーーーーー
補足
毒ガスと言っているのは排ガスです。
あれってやばい匂いですよね。
初めて嗅いだ時は気持ち悪くなりました。
◇◆
「ハハッ、やったぞ!ライハ!起きろ成功だ!」
身体が激しく揺すぶられて私は目覚めた。
ライハ、そう私を呼ぶ声が聞こえた。
暗い配線が剥き出しの空間には、半透明の筒が沢山立てられていて、私はベッドに横になっていた。
「ここは……」
そう呟く私に兄の仲間が鏡を持って来て私を写した。
「ライハ?わかるか、ってか覚えてるか?」
黒色のロープに身を包み、灰色の不気味な仮面をつけた女が私に問いかける。
「……大丈夫、それはわかる。ん、大丈夫だミュート」
兄ルートゥー、私ライハ、仲間のミュート。
どれも偽名だ。本名は内緒で研究に賛同した同志達で呼び合うための名前なのだ。
唯一、顔を晒した兄は以前見た時よりも歳を重ねているように見えた。
歳をとりにくい魔法使いが老けるということはどれほど時間が経ったのだろう。
キラキラと反射する鏡。
金属を使ったその原始的な鏡は、この研究所の異質さを表しているようだった。
魔法を感知する魔法使いから身を潜めるために作られたオールサイエンスな研究所。
魔法の使用が禁止されたこの研究所では違法な研究や実験がされている。
鏡に映ったのは灰色の髪に真っ赤な義眼が取り付けられた少女。
鏡に映る姿を見た時、私はこれが夢だと気づいた。
兄が逮捕される一年前、私を検体とした実験で魔法使いの進化の道を示した大切な研究が成果を得た日だ。
「ライハ、お前が調子が良ければこの後お祝いしようと思うんだがどうだ」
今度は片腕を義手にした男が話しかけて来た。
誰だったが思い出そうとして、あの時言えた筈の名前を言わずに曖昧に返事を返した。
「よっし、ライハがいいっていってるからやるぞ!」
悪い魔法使い、兇悪指名手配犯だとは到底思えないような、普通の若者のような声を上げて準備のために置くの部屋へと消えてゆく。
そうだ、今なら兄しかいない。
これが夢でもいいから、兄に言いたい。
夢だし、この今話している兄だって私が作り出した幻想だろう。
それでもいいから、兄を頼りたかった。
「兄さん」
「ライハ、どうした。俺はパーティは苦手だから参加しないぞ」
「え?そうだっけ、いや、そうじゃなくて」
「なんだ、大切な話か?もしかして眼がおかしいとか、何か記憶に障害があるとか。いや、それはないか。
ああ、そうだ、お前に施した改造というのは……」
「それは今はいいから」
「じゃあ、後でたっぷり話してあげよう」
ねちっこい笑みを浮かべた兄は、私が横になっているベッドのとなりにパイプイスを持ってきて座った。
「で、話って何だ」
「信じられない話かもしれないけど、私、今人間界にいるんだよ」
「うん?今、俺と話しているのに、か?」
深く考えた様子で話してくる。
嘘だとか否定されないのがいい。
まじめに考えてくれる姿が実に兄らしい。
「何があったかわからないけど夢を見ているみたいなの、現実で人間界に行って疲れて寝たら、ここにいた。いや、何言ってるかわからないよね」
「いや、わからなくもないな」
「え?」
「お前は知らないかもしれないが、魔界の連中が研究している時間と空間の話で、我々が時間は常に流れ、時間が経つほど物は成長し、又は劣化していくと考えているが、実は時間など存在せず、過去から未来まで常につながっているっていう理論があるんだ。
俺もちょっとよくわからなかったが、その理論で言えば、夢ではなく今、本当に未来のライハと過去のライハはつながっていて過去のライハを経由して、過去の俺と話しているって状況なんじゃないか?」
こんな感じでどうだろう。
兄にちょっとわからないが、と言われたらわたしには到底わからない話だが、そういうならそうなんだろう。
「で、どうだ?未来の俺はどうなってる?賢者か?それとも大犯罪者か?」
ああ……そうだ。言わなきゃ。
兄は……
「兄さん……、ルートゥーは死にました。一年後、密告者が出てバレます、父は早くから気づいていて一人でこの研究所を探っていました。兄さんは、それからおかしくなって、仲間を殺しました。
私も未来の兄さんが、正気に戻った時、今ならまだ間に合うから俺から逃げ出したことにして家族の元に帰れと置き手紙をして消えました。
私が家に帰ってしばらく、兄が捕まりました。捕まった時に自殺して、それが報道されて、父は精神に異常をきたして母はヒステリックになりました。
父は働かなくなってうちは貧乏になりました。母は、普通になれと、普通になる努力をしろと言って起こります。
私は、兄さんといるのが普通なんです。
違法だがなんだか知らないですけど、私はこうやってみんなで研究をしているのが好きでした。
だから、選択を間違えないでください。
一度の間違いは誰にだってあります。
だから密告者にも慈悲を与えてください」
仲間だった密告者を兄が実験台にしてから研究所はおかしくなった。
兄は優しさを失って、仲間達は余裕をなくした。
密告者を見せしめにした非情な実験に、離脱するメンバーが増え、離脱したメンバーを捉えて実験をしたせいで仲間達は兄を恐れた。兄も仲間に手をかけることに躊躇しなくなった。
あれが破滅の始まりだったのだろう。
だから夢でもいいから、ありえない幻想でもいいから、道を間違えないでほしい。
真剣な目で、兄を見つめた。
話しているうちに鼻が熱くなって来て目から水が滴り落ちた。
「泣いてないから、汗だから」
視界が歪んで来て、今までのことを思い出して頭もかあっと熱くなった。
「くず……こ、この部屋あつく……ない?目の当たりの汗が止まらないな……」
兄は私をジッと見つめていた。
はぁ……と深く息を吐いて、それから頭をぽりぽりとかく仕草を見せた兄は、何かを決意した目をしていた。
「わかった、よ。わかった、今回は間違えない。ライハ。お前の言ったことはよく覚えておく」
「ありがとう……」
言えた。
私が言いたかったこと。
兄には死なないでほしい。
兄の研究を認めてほしい。
裏切らないでほしい。
私をずっととなりにおいてほしい。
もう、叶わないかもしれないけど、そうであってほしい。
言いたいことが言えたあたりで私の意識を覚醒へと向かおうとしていた。
視界は白くなって、このまま目を上げれば夢から覚めるのがわかった。
少しでもいいから、兄と一緒にいたい。
「あっ、そうだ。何か俺に人間界のことで質…………
◇◆
私は目を覚ました。
やはりあれは夢だったらしい。
埃の積もった汚らしい小屋の床で寝ていた私は、いつのまにか埃を吸い込んだのが喉がイガイガしていた。
「ゲホっ……あ"〜〜〜」
声が枯れているのに気付いて、トランクから取り出した喉スッキリポーションをごくごくと飲み干した。
「くぅ!上手い!もういっぱい」
は、いらないけど。
人間界初日の夜は開けた。
ようやく、1日が始まるんだなと、思った。
あの夢では過去のモヤモヤを清算できた気がして私は、何故か根拠のないやる気に満ちていた。
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