劉道規6 危地脱出    

江陵こうりょうのピンチに、雍州ようしゅう魯宗之ろそうし

救援の為、数千の兵を率いて南下。

しかし魯宗之、その動向がいまいち

見極めきれない人物である。

そしてここでも、部下の一人が言う。


「魯宗之の目論見が見えませんな」


劉道規りゅうどうき、気にしない。

馬に乗り、単騎にて魯宗之軍を出迎えた。

これ以上ない、味方としての歓迎である。

魯宗之、この対応に感服。


作戦会議が開かれる。

あるものの提案は、

魯宗之、檀道濟だんどうさい到彦之とうげんしの三軍による

打ち出でての決戦、であった。


劉道規、首を振る。


盧循ろじゅん建康けんこう方面で暴れ、

 桓謙かんけん荀林じゅんりんは結託している。


 誰もがこのピンチに、

 意志を強く保ってなどおれまい。

 次の一戦の成否が、すべてを決める。


 おれ自ら出ねば、

 けりはつけられんよ」


そうして魯宗之に文官たちをゆだねて

留守を任せ、出陣。

このふるまいに、配下たちは顔面蒼白。


「ここで桓謙を討ちに出たところで、

 そう簡単に勝てるとも思えません。


 それどころか将軍の不在をいいことに、

 荀林が動き出すことでしょう。

 奴に動かれて、魯宗之はまともに

 この城を守るでしょうか?


 ここで江陵が落ちれば、

 一巻の終いです!」


劉道規は答える。


「そなたらは

 兵法の機微をわかっておらんのだ。


 荀林はぐずで、機転もきかん。

 おれの軍があまり遠くに

 行かないのを見れば、わざわざ城に

 突っ込んでこようともすまい。


 そしておれは、即、桓謙を斬る。

 そのまますぐに戻ってこよう。

 桓謙さえ倒してしまえば、

 荀林なぞものの数でもない。


 魯宗之に守ってもらうのも、

 わずか数日となるだろう。

 たったそれだけの期間であれば、

 やつが守りきれないはずもないだろう?」


そして南蠻校尉なんばんこういであることを証明する

印を解き、参謀の劉遵りゅうじゅんに渡した。


出陣すると、水陸両軍でもって

一気呵成に桓謙を強襲、大破。

桓謙は一人小舟で逃げ出した。

荀林のもとに行こうとした所を捕らえ、

斬った。


更には返す刀で浦口ほこうに進む。

そして荀林も打ち破る。

劉遵が軍を率いて荀林を追撃。

巴陵はりょうでついに捕え、斬った。


ところで、桓謙が枝江しこうに到着したとき。

江陵在住の人々は、みな桓謙宛てに

城内の堅固なところ、手薄なところなどの

情報を記した手紙を持ち、

裏切る算段でいた。


しかし、その桓謙が倒される。

また手紙については劉道規の部下、

曹仲宗そうちゅうそうの取り調べによって明るみに。


劉道規はこれらの手紙を集めると、

内容は確かめず、燃やしてしまう。

これで人々は胸をなでおろすのだった。


劉道規は征西將軍に昇格。

それより前、桓歆かんいん(桓玄の兄)の子、

桓道兒かんどうじが江西に逃れていた。

桓道兒はいまが逆転の好機と、

義陽ぎよう郡を襲撃。

この動きに盧循は部将の蔡猛さいもうを派遣、

助勢とした。


劉道規は幹部の劉基りゅうきを派遣、

大薄だいはくにて蹴散らし、蔡猛を斬った。




雍州刺史魯宗之率眾數千自襄陽來赴。或謂宗之未可測,道規乃單馬迎之,宗之感悅。眾議欲使檀道濟、到彥之與宗之共擊,道規曰:「盧循擁隔中流,扇張同異,桓謙、荀林更相首尾。人懷危懼,莫有固心,成敗之機,在此一舉。非吾自行,其事不決。」乃使宗之居守,委以腹心,率諸軍攻謙。諸將佐皆固諫曰:「今遠出討謙,其勝難必。荀林近在江津,伺人動靜。若來攻城,宗之未必能固,脫有差跌,大事去矣。」道規曰:「諸君不識兵機耳。荀林愚豎,無它奇計,以吾去未遠,必不敢向城。吾今取謙,往至便克,沈疑之間,已自還反。謙敗則林破膽,豈暇得來。且宗之獨守,何為不支數日。」解南蠻校尉印以授諮議參軍劉遵。馳往攻謙,水陸齊進,謙大敗,單舸走,欲下就林,追斬之。還至浦口,林又奔散。劉遵率軍追林,至巴陵,斬之。初,謙至枝江,江陵士庶皆與謙書,言城內虛實,咸欲謀為內應。至是參軍曹仲宗檢得之,道規悉焚不視,眾於是大安。進號征西將軍。先是,桓歆子道兒逃于江西,出擊義陽郡,與盧循相連結,循使蔡猛助之。道規遣參軍劉基破道兒於大薄,臨陳斬猛。


雍州刺史の魯宗之は眾數千を率い襄陽より來赴す。或るもの謂えらく「宗之は未だ測るべからず」と。道規は乃ち單馬にて之を迎え、宗之は感悅す。眾は議し檀道濟、到彥之をして宗之を共に擊たしめんと欲せど、道規は曰く:「盧循は中流に擁隔し、扇張は同異し、桓謙、荀林は更ごも相い首尾す。人に危懼を懷き、固心有す莫かれば、成敗の機は此の一舉に在り。吾れ自ら行きたるに非ざらば、其の事は決さず」と。乃ち宗之をして居守せしめ、以て腹心を委ね、諸軍を率い謙を攻む。諸將佐は皆な固く諫めて曰く:「今、遠出し謙を討てど、其の勝の難きこと必す。荀林は近く江津に在り、人が動靜を伺う。若し來たりて城を攻まば、宗之は未だ必ずや固む能わざらん。脫し差跌有らば、大事は去りたらん」と。道規は曰く:「諸君は兵の機を識らざるのみ。荀林は愚豎にして、它に奇計無く、吾の未だ遠きに去らざるを以て、必ずや敢えて城に向わず。吾れ、今に謙を取らば、往き至りて便ち克し、沈疑の間には已に自ら還反せん。謙を敗らば則ち林も破膽す、豈に暇の來たるを得んか。且つ宗之の獨り守りたるに、何ぞ數日を支えざるを為さんか」と。南蠻校尉印を解き、以て諮議參軍の劉遵に授く。馳せ往きて謙を攻め、水陸齊しく進む。謙は大敗し、單舸にて走し、下り林に就かんと欲せど、追いて之を斬る。還じ浦口に至り、林も又た奔散す。劉遵は軍を率い林を追い、巴陵に至り、之を斬る。初、謙の枝江に至れるに、江陵の士庶は皆な謙に書を與え、城內の虛實を言い、咸な內應を為さんと謀らんと欲す。是に至りて參軍の曹仲宗は檢じ之を得、道規は悉く焚きて視ず、眾は是に於いて大いに安んず。號を征西將軍に進む。是の先、桓歆が子の道兒は江西に逃れ、出でて義陽郡を擊ち、盧循と相い連結し、循は蔡猛をして之を助けしむ。道規は參軍の劉基を遣りて道兒を大薄に破り、臨陳し猛を斬る。


(宋書51-13_胆斗)




突然の劉氏祭り。


この辺りの劉道規、かっこよさがただ事でないですな……ここは盛ってたとしても、まぁ許すしかありますまい。だってどう考えてもクソやばいピンチだったわけだもの。


それにしてもやってることが曹操ですよね。

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