「2人の宮本武蔵」篇
激闘‼ 宮本武蔵 VS 宝蔵院胤舜‼ feat. 山火事
「お朋はどこじゃ〜ッ⁉ お朋
残念ながら、その「お朋」は、森宗意軒が
ドサっ‼
その時、前方から音がする。
「そこかぁ〜ッ⁉」
足音ではなく、何かを投げ落したが如き音……言葉を変えれば、どう考えても、この若者をその方向に
男が、音のした方に駆け出した次の瞬間……、すぐ
「うわっ」
他人の足に自分の足を取られて転げてしまった男は、手にしていた松明と鎌を思わず手放してしまい……。
「すまん、すまん、誠にすまん。ちょっと、松明
天草四郎であった。だが……。
「ふざくんなぁ〜ッ‼」
転んだ男が立ち上がろうとした、その時……。
ひゅるるるる〜……。ぐさっ……。
「えっ……」
「ぐえっ‼」
男が転んだ拍子に手放してしまった鎌が上空から落ちて来て、持ち主の頭に見事なまでに深々と突き刺さった。
「あ……しもうた……」
天草四郎は、恐怖した……。ほんの少し前に自分が
天草四郎の恐怖の理由は……たった今、男が死んだ事により、己が心の中に、恐怖・混乱・後悔・罪悪感その他の感情が湧き上が……らぬ事だった。自分のせいで人1人死んだにも関わらず、四郎の内面は、凪の時の波1つ無い水面の如く平常心のままであった……。
『お……
天草四郎は、5年前の天草・島原の乱のあの生き地獄を経験したせいで、自分の心の中の「何か」が壊れてしまった、との確信を深めた。静かな……されど、大いなる絶望と共に……。
「
四郎本人が気付いているかは不明なれど、彼の懺悔の祈りは、どこか
そして、自分自身の心が壊れてしまっているのでは、と云う疑念を抱いてしまった四郎は、
「しかし、師匠どんは『竜神の眷属』とか
四郎は、あえなく死んだ若者が持っていた松明で地面を照らした。
「何か知らんが……『異世界』とやらの烏天狗は、
地面に残る
「
無論、天草四郎には、「竜」が「恐竜」の意味であれば、自分の推測が概ね当っている事など知る
そして……。
「ま、ともかく、こっち
地面の枯葉・枯れ草に松明の炎が燃え移っているのを一瞥して、天草四郎は駆け出した……。残念ながら、この時の天草四郎は、自分が思っているほどには、心の余裕が無かった。
一方、
足の構造や筋肉の特性が人間と異なる為、高速で短時間の間だけ走るのは得意だが、すぐに息切れを起してしまう。しかも……。
ぐぅ〜っ……。
向こうの世界で、死ぬ直前に昼食を食べた筈だが、どうやら、胃の中身までは、この世界に転移していないようであった。
「ぴぎゃっ♥」
その時、
そして、その匂いの方に
「何じゃ、お主は?」
そこには、焚き火に当たっている小柄な旅姿の年老いた侍が居た。
「腹が
「……み……見付けたぞ、チビ介……って、待て、
天草四郎が、ようやく
「ぴぎゃ?」
「なんじゃ? この烏天狗の出来損ないは、お主の連れか?」
その場に居た、旅の侍は、四郎にそう問い掛けた。
「ええっと……話せば、ややこしか
だが、その時、四郎の背後に光が見えたかと思うと、続いて野太い声が……。
「見付けたぞ、賊め。覚悟するが良い」
声の主は、宝蔵院流・禅栄房胤舜であった。
「これは、めずらしや……。一別以来でござるの、宝蔵院胤舜殿」
そう言うと、小柄な老武士は、すくっと立ち上がる。
「ま……まさか、お知り合いで……」
「な……なんと……お互いの寿命が尽きぬ内に、尊公と一手お手合わせをと思い九州まで来てみれば、斯様な所で遭えるとは……まさに御仏のお導き。それは兎も角、その賊2名を引き渡してもらおうかッ‼」
「断る。昔から言うでは無いか、『窮鳥懐に入らば、猟師も、これを撃たず』と」
「いや、その変なモノは、本当に鳥であろうか?」
「物の喩えじゃ」
「なるほど……いや、しかし、烏天狗のようにも見えるが、飛べるようにも見えぬこの者は一体全体?」
「追うておる貴台が知らぬのに、たまたま助けた拙者が知っておる筈が有るまい」
「言われて見れば、そうじゃの? おい、そこの若造、この変なモノは何じゃ?」
「いや、
「しもうた。貴様の連れの爺ィは、今頃、村人に袋叩きにされとる頃じゃな……」
「この烏天狗の出来損ないが何者かは別にして、兎も角、貴台、この2人……と呼んで良いかは判らぬが、この者達を引渡しても、拙者と勝負するつもりである事に変りは有るまい。なら、力づくで奪って見よ」
「確かに、尊公の言う事にも一理有る。では、数十年ぶりにお手合わせ願おうか」
「あ……あの、お侍様は一体全体……?」
「拙者は、作州牢人・平田武蔵政名a・k・a・宮本武蔵じゃ」
「待て、牢人とは、どう云う事じゃ? 尊公、肥後細川家に仕官した筈では?」
「色々有ったのじゃ」
「色々?」
「誰にでも、
「まぁ、それならば、拙僧も余計な詮索はやめておくが、時に『えーけーえー』とは何じゃ?」
「南蛮の言葉で『……と云う通称で知られておる』の意味じゃ」
「いや、待て、それなら、南蛮の言葉など使わず『宮本武蔵こと作州牢人・平田武蔵政名』で十分、意味が通じるでは無いのか?」
「何を言うておる。若者の流行にも敏感でないと、『イケてる爺ィ』には成れんぞ」
「訳が判らん」
「まぁ、僧院で稚児を(未成年者に対するパワハラを伴う現代においてはマトモな国・地域の大半で強姦扱いになる事が確実な性行為についての描写の為、一部自粛します)して性欲を解消しておるようなヤツには判らんじゃろうが……」
「な……なんじゃと……この……。いや待て、そうであった。流石は宮本
「何を言うておる? そんな真似もする必要も無いわ。宝蔵院胤舜敗れたり‼ この林の中で、どうやって、その長き槍を振り回すつもりぞ‼ 自分のナニが、そのデカい図体に似合わぬ短小包茎じゃからと言って、長物ばかり振り回すなど、愚かの極み‼」
「ふははは、愚かは尊公よ。その両の
確かに、宝蔵院胤舜の言う通り、彼の前方の地面には彼自身の影が延びていた。しかし、その現象に関しては、若干の問題が……。
「いや、確かに、貴台は『ひ』を背負うておるが、『ひ』は『ひ』でも、貴台の思うておる『ひ』とは違うような気がするが……。勝負は後日にして、仲良く逃げるが得策では無いのか?」
「何の事じゃ? また、何かの策か……。しかし、まだ、拙僧も修行が足りぬようじゃ……。尊公の策が全く読めぬ……」
「あの……お坊様……
天草四郎は、流石にツッコミを入れる。
「何じゃ、賊め。拙僧が
「いや、胤舜殿……今は
「さて……たしか……夜もふけて、かなり……ん?」
「真夜中に日を背負う事が出来るか‼ この粗忽者が‼」
「な……何……言われてみれば……」
「逃げるぞッ‼ 山火事じゃッ‼」
もちろん、原因は、天草四郎が、今は亡き若者より松明を奪った際に、地面の枯葉・枯れ草に燃え移った炎であった。
「しかし、見事なまでの眺めよ
山火事騷ぎで、宮本武蔵、天草四郎そして
「はぁ、今この時、この山火事で山1つに村1つ焼けておる事を忘れる
「時に、貴公と、その烏天狗、行く当ては有るのか?」
「いえ、連れが
この時、天草四郎が抱いている「自分の心は壊れているのでは?」と云う疑念は更に深まった。長きに渡って苦楽を共にした森宗意軒が、おそらくは死んだであろう、この状況に、何故か、安堵していたのだ。
「なら、この辺りの道に詳しいか? 雲巌禅寺なる寺に有る霊巌洞なる洞窟を存じておれば、案内願いたい」
だが、四郎は、その寺と洞窟の名を風の噂で聞いた事が有った。
「……ちょっと、お待ち下さい。そこは……宮本武蔵様のお住いでは? 何故、宮本武蔵様御本人が、宮本武蔵様のお住まいを御存知無いのですか?」
「ああ、霊巌洞の宮本武蔵こと播磨の出の新免武蔵玄信は拙者の名を騙る偽物じゃ」
「はぁっ?」
「拙者と紛らわしい名前である事を利用して、肥後細川家に見事仕官しおった騙り者よ。拙者はその騙り者を成敗しに行く旅の途中でな……」
何かが、おかしい……。その事に四郎も気付いた。
宝蔵院胤舜は、この「宮本武蔵」を「宮本武蔵」と認識していた。
一方で、もう1人の「宮本武蔵」が仕えている肥後細川家は、かつて領地が豊前小倉で有った頃、宮本武蔵の宿敵・佐々木小次郎の主家でも有った筈。
今、肥後細川家に仕えている「宮本武蔵」が偽物ならば……肥後細川家に山と居るであろう「宮本武蔵の顔を知る者達」は、何故、偽の「宮本武蔵」を「偽物」と見抜けぬのか?
どちらの「宮本武蔵」が偽物だと仮定しても、辻褄が合わぬ……と云う事は、天草四郎にも何となく判ったが、無学故の悲しさ、その事を巧く言葉にして、目の前の「宮本武蔵」に尋ねる事は出来なかった。
「ところで、貴公、何と呼べば良いのかな?」
「は……森……森三郎にございます」
天草四郎は、とっさに偽名を名乗った。
「ああ、では、理由は判らぬし、聞くつもりも無いが、貴公、追われる身であるご様子。そろそろ、行こうか、四郎殿」
「はっ……い、いや三郎にございます」
ただ、1つ言える事は有った。
天草四郎と
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