女の子が戦うヤツ

@admits

第0話 会う

少女は起きた。

「ウウ…ペッ、ペッ!」

口内の砂を吐き出すと、記憶を辿った。

「ゲェーッホ、ヴェッホ!」

ここはどこ?考えるまでもない。空気中にはエーテルが満ち、四足歩行の邪霊が妖精を捕食するここは、『神界』。世界の真ん中に鎮座する、神々の領域。自殺志願者でさえ立ち入ろうとはしない真の地獄だ。ではこんな少女が何故…?そもそも『神界』は独立した一つの大陸であり、彼女が住んでいたのはその外、人の領域なのだ。

(待った、思い出して来たぞ…)

泳いで来たのだ。どうやって?彼女はただの人間…否。それも違う。そうだ。彼女の身体にエクトプラズムみたいな光るオバケが入り込んで、そして、人間じゃなくなった。あれは何だ?あれのせいで私は…私は。人を…殺した。誰を?あの黒い服の人達は…借金取り!でも自分に借金はないはず…借金があるのは…

「ああ!思い出した!!」

そう、借金があるのは彼女ではない。友達…貧しく、蒸発した親の借金を背負い、健気にバイトから少しづつ返済していた。正義感の強い彼女は、社会のダニ(借金取りの事だ)に寄生され、弱っていくその友達を見るにつけ、義憤の炎を燃やしていたのである。そしてそれは、ある日行きつけの定食屋でくだらないいちゃもんをつけるチンピラを見た時、爆発した。(ちなみにそのチンピラと借金取りには何の関係もない。)なんであんないい子が苦しんで、あんたらみたいなクズがのうのうと生きているんだ。借金取りに苦しめられるその友達と、学校でいじめられている自分を重ねたのかもしれない。まあとにかく、ぶん殴られて、当たりどころが悪くて、脳が揺れた。どこか壊れたのかも。その時、オバケが出てきて取り憑いた。それから…殺した?その後借金取りも殺した。錯乱して、呼び寄せられるようにこの『神界』に辿り着いた。もう、人の領域に居場所はないと思ったのかもしれない。

「…これからどうしよ」

自分を知る人間は誰もいない。というか人間がいない。

「お〜い」

まずは先立つもの…カネがいる。どうやって稼ごう。…マジでどうしよう…?

「おいッ!女!そこの!」

彼女は絶望した。結局詰みじゃないか。せっかく力を手に入れたのに。こんな所で…!

「聞いてんのかッ!このボケッ!」

「うおおッ!?ど、ど、どちらさまッ!?」

この女性は誰だろう?金髪が陽光に照らされて美しく、双眸は禍々しい意志を湛えている。

「お前この辺のヤツじゃないな!誰だ!見たところ神霊クラスの力はあるようだが!」 

「あんたは誰だ!?私はミラノ!」

先手を取って自己紹介!会話の主導権を握るための戦略だ!

「…お前アタシを知らんとはモグリか?アタシこそは『神界』にその名を轟かせる、ヘルズゲート様だ!」

「…いや、ちょっと分かんないな…それ本名ですか?」

『地獄の門』などという名の人間がいるのか?…いや、人間じゃないのか。じゃあアリなのか…?

「ん〜…まっ、ほんみょっ…本名ちゃ本名なんだけど…んなこたぁいいんだよ!知らざぁ言って聞かせやしょう!アタシが生まれたのはマグマの海!地底深くに存在する忌まわしきドメインだ!」

勝手に自分語りし始めた!だが、ここはあえて聞こう。

「頼れるものは何も無く、生きるためには自ら食糧を狩らねばならなかった!幸い地底にはレッサー魔人が多くうろついていたために、メシの心配はあまりなかった」

「あの…レッサー魔人って何ですか」

「普通よりちょっと弱い魔人だよ!味はともかく栄養はそれなりにあった…話を続けるぞ!…まあ、そんなふうにして育ったアタシだったが、50歳の時、『帝国』の神殺し部隊に入隊し、数々の戦果を挙げた!120歳まではそこでは働いていたんだが、色々あって除隊!それまでの功績もあって爵位と城を貰って悠々自適の生活を満喫した!」

「はあ、元軍人さんで今は城住まいと…」

「しかし数年でじっとしていられなくなり、冒険に出る。邪神やら魔王やらとにかくたくさん殺して、名声を得る!かの有名な邪龍殺しの伝説も、アタシの冒険が基になっているのだ!…どうだ?アタシの凄さがようやく分かったか!」

「いや…そもそもここに来たのが昨日なんで…」

「は?…このオルムズ地方に来たのが?」

「いや、『神界』にですよ!」

ヘルズゲートはしばらく黙っていたが、やがて口を開いて、

「…じゃ、お前人間か?」

「まあ、元、ですけど…人間じゃなくなって、ここに来たって感じですかね」

ヘルズゲートの紅い眼が刺すような視線を送ってくる。

「…へぇ、はぁ、そう…」

「な、何スか…」

ヘルズゲートは何か考えているようだったが、突然目を見開いて、

「…よし!じゃあアタシが案内してやろう!親切にもな!」

…この申し出をどう受け止めるべきか。お言葉に甘えようか?それともやはり危険か?相手は人間ではない。判断を間違えれば…だが結局は極度の疲労が、彼女に決断力を与えた。向こう見ずな決断力を。

「…よろしくお願いします」

ヘルズゲートは嬉しそうに何度か頷くと、

「そうだ、それが正しい選択だ!ついてくるがよい!」

ヘルズゲートはウキウキステップで歩き出した。先輩ヅラできるのは嬉しい事だ。化物も例外ではないらしい。

「だ、だいたいここは何処なんです?」

見渡す限り草原。あとはなんにもない。サバンナめいた眩しい太陽と背の低い草は、生命の気配をうっすらと滲ませるが、どこにもライオンなどはいない。いるのは奇妙な形状の頭部を持つ猿型悪魔や、空中に青白い光の軌跡を描きながら飛ぶ妖精ばかりで、気が狂いそうだ。襲ってきたりしないのだろうか?

「そう怖がるこたぁねえ、この辺にいんのは雑魚ばかりだ、お前程の神格があれば寄って来やしねえよ」

神格…この私に。ただのいじめられっこの女子高生に。

「ま!寄って来やがったらボコボコにしてやりゃあいい!」

ボコボコねえ。…チンピラや借金取りを殺した時の感触を思い出す。回し蹴りで首を刎ね、正拳突きで心臓を摘出する。…どうやら私はとっくに狂っていたらしい。何度思い出しても笑いが止まらない。

「フフフ、フ、フフ…アハッハハハ…」

ヘルズゲートが訝しげにこちらを見る。

「なんじゃお前気持ち悪いぞ」

率直な悪口に思わずカッとなって手を出しそうになるが、すんでの所で踏みとどまる。私がここで彼女を殴ろうとしても、返り討ちに遭うだけに違いない。今までいじめられていたのが急に巨大な力を手に入れて、反動で思考が凶暴化してしまっているらしい。

「その目つき」

「は?」

「気ぃつけろよ、喧嘩売ってると思われんぞ」

「…目つき悪くなってました?」

「この辺のヤツはともかく…強いのもいるしな!」

上には上がいる。どの世界でもだ。全くクソだ。クソムカつく。また強いヤツにビクビクしなきゃならない…イライラしてきた。

「オアアーーーンァ!!」

「おおビックリしたァ!」 

奇妙な鳴き声。熊の身体、頭は石ころのように小さく、目鼻は人間だ。キモい。

「アナタ『この辺のヤツには負けない』って言いましたよね?」

「ああ、アタシは強いからな!凄く!」

「アレにも勝てますか?」

鳴き声を上げたモンスターを指差す。

「アレも何もアタシは強いって…あっ」

「?」

呆然として立ち尽くすヘルズゲート。

「やっべ、知り合いだアレ」

「は?知り合い?」

「…オアー、とうとう見つけたぞヘルズゲートオ!」

確かな知性を感じさせる、堂々たる態度!

「逃走!」

ヘルズゲートは私の襟首を掴んで全速力ダッシュ!全速力と言っても人間のそれではない!時速200キロを優に超えるスプリント!「首!折れる!…誰なんですか!?」

「邪神だ!アイツの親父殺したから恨まれてんだ!」

「!?な、何でそんな事を…ああッ!死ぬ!死にます!もうちょっとだけスピードを…」

暫く高速移動していると、周囲の景色が虹色に輝きだした。

「な、何これ!?」

「ちょっと空間移動するから!」

「は!は!?」

ダメだ。世界が違い過ぎる。こんなワケのわからない世界では生きられない!たった今目標が出来た。帰ろう!なんとしても!

ーーーーー

『…君たちを呼んだのは他でもない、あのヘルズゲートが帝国領内に侵入してきたのだ』

幽霊めいた影が喋る。相対する少女が答える。少女の灰色の髪は泥で汚れ切っている。

「すごいのだ!サイン貰いに行っていいのだ?」

『いや、会えたら貰ってもいいけど…まずは見つけて貰わないとねえ』

「どこにいるのかわからないのだ?」

「だから団長がよばれたんでしょ?」

隣の赤髪の少女が言う。その目つきは鋭い。

『まさにそうさ!…君の追跡能力なら可能だろザザザザザザザザザザザザザザ』

「ハイペリオン様、いい加減新しいビジョン通信機買っていただけます…?」

この人影は、古臭い装置から放たれた電波を帝国最新の受信機でキャッチしたものだ。帝国軍元帥ハイペリオンは普段プラマーダ地方のある洞窟内に住んでおり、そこから指令を下している。何故帝国軍元帥が洞窟に?それはいかなる高官も知り得ないことであり、その真相は『趣味だから』だ。

『ザザザザザザザザザ…っつ〜ワケでヨロシク!ブツッ』

「は?ハイペリオン様?おーい、おいッ!」

「切れたのだ」

「わーっとるわい!…マジであのバカ…」

「めっ!元帥の悪口はダメなのだ!」

帝国軍元帥は見目麗しい560歳の女軍人であり、実際人気は高い。この灰色の少女…『黒点騎士団』団長バスカヴィルもまた、崇拝者であった。ちなみに『黒点騎士団』は帝国軍の諜報部隊である。

「元帥はすごいのだ!かっこいいのだ!」

こんなにアホそうだが、その追跡能力は帝国随一で、絶対の信頼を置かれている。

「もういいよ…追跡任務でしょ?早く行こうよ…ホラ、財布とハンカチ忘れないで!」

答えるのは副官のイフリート。不死身である。二人とも140歳で、同期なので気安い。

「ぜったいサイン貰うのだ!」

「そうだね、その為にもまずは見つけないとね」

豪奢な調度品に埋め尽くされた軍本部の一室から、二人の怪物は飛び出した。

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