【BL】シロとクロ ※R-15

第1話

　ぼくは『クロ』。黒（くろ）いしっぽとケモノの耳（みみ）を持（も）つ、オオカミのもののけだ。オスなのにからだが小（ちい）さくてひ弱（よわ）だったぼくは、役立（やくた）たず、と一族（いちぞく）に捨（す）てられ、弱（よわ）っているところを鬼の国の王子様（おうじさま）……シロ様に拾（ひろ）われた。

　シロ様は上品（じょうひん）な羽織姿（はおりすがた）がかっこいい、若々（わかわか）しくてとてもきれいなオスの鬼だ。目（め）はお月様（つきさま）のように神秘的（しんぴてき）な金色（きんいろ）で、陽（ひ）の光（ひかり）にきらきらかがやく真（ま）っ白（しろ）な長い髪（かみ）を、いつもみつあみにしているんだ。

　いつだって優（やさ）しくて、ひなたぼっこをしながらぼくの頭（あたま）をなでてくれる。それがすごく気持（きも）ちよくて。

　勉強（べんきょう）も教（おし）えてくれた。文字（もじ）が読（よ）めるようになったぼくは、ご本（ほん）がだいすきになった。シロ様もそれは一緒（いっしょ）で、顔（かお）を寄（よ）せあって読（よ）んだ物語（ものがたり）の感想（かんそう）を、にこにこしながら語（かた）りあった。

　いつからかぼくは、そんなシロ様に恋（こい）をするようになった。

　シロ様に触（ふ）れたい。シロ様の薄（うす）くて形（かたち）の整（ととの）ったくちびるにキスしたい。ぼくの恥（は）ずかしいところを、いっぱいいっぱい触（さわ）ってほしい。欲情（よくじょう）したとき、シロ様はどんな声音（こわね）で愛（あい）をささやくの？

　……でも、ぼくでは『だめ』なんだ。

　シロ様とぼくは、種族（しゅぞく）も、きっと想（おも）いも、なにもかも『違（ちが）う』。

　だって多分（たぶん）、シロ様が想（おも）っているのは……。

「どうしました、クロ？　最近（さいきん）、元気（げんき）がないようですね？」

　王家（おうけ）のお屋敷（やしき）のいつもの縁側（えんがわ）で、ぽかぽか陽気（ようき）とは裏腹（うらはら）にそんなことを考（かんが）えていたら、そばにいたシロ様が心配（しんぱい）そうに、ぼくの顔（かお）をのぞきこんできた。

「っ、そんなことないよ、シロ様。シロ様と一緒（いっしょ）なだけで、ぼくはハートがハードにハードルぴょーんっていうか……！！」

「……よくわからないけれど、嬉（うれ）しい、ということでしょうか？」

「そう、とっても大正解（だいせいかい）！　うれしかったから、韻（いん）を踏（ふ）んでみました！！　ドヤァ、だよ！！」

「……ふっ。ふふふ。可愛（かわい）い、クロ」

「ドヤァ、ドヤァ！！」

　ぼくが必死（ひっし）にごまかしていると、ふわりと、少（すこ）し苦（にが）いような、大人（おとな）っぽい香（こう）の匂（にお）いが近（ちか）づいてきた。ぼくは鼻（はな）がいいから間違（まちが）えない。この香（かお）りは。

「……おい、じゃれ合（あ）いはそのくらいにしろ」

「クレナイ！」

「……こ、こんにちはです、クレナイ様」

　クレナイ様は、燃（も）えるように赤（あか）い髪（かみ）と立派（りっぱ）な角（つの）を持（も）つ、和装（わそう）が似合（にあ）う鬼の国の官僚（かんりょう）さんで、シロ様の幼（おさな）なじみでもあるオスの鬼。そして……。

「クレナイ、クロが怖（こわ）がっているだろう。少（すこ）しは愛想（あいそう）よくできないのか？」

「無理（むり）だな。お前（まえ）が王子（おうじ）の職務（しょくむ）をほっぽりだして、犬（いぬ）っころと戯（たわむ）れているから、今（いま）は腹（はら）が立（た）っているんだ」

　シロ様が唯一（ゆいいつ）、言葉（ことば）を崩（くず）す――心（こころ）を許（ゆる）している存在（そんざい）。

　シロ様にはクレナイ様がいる。

　ふたりはとてもお似合（にあ）いだし、鬼でもないぼくは、この国の『じゃまもの』だから。

「あっ、えと、シロ様。ぼくがごめんなさいだから……行（い）って」

　シロ様は名残惜（なごりお）しそうに、ちらちらとぼくを見（み）ていたけれど。

「……お仕事（しごと）、すぐ終（お）わらせてきますから。クレナイ、すまなかった。行（ゆ）こう」

　ぼくに背（せ）を向（む）けるシロ様。今日（きょう）のぼくは、なんだかそれが、すごく、たまらなく切（せつ）なくて。気（き）がついたらシロ様の袖（そで）を引（ひ）いていた。

「クロ？」

「……っ、シロ様、しゃがんで！」

「？」

「あの、あの……！　お仕事（しごと）がぴゅーんって終（お）わるおまじない！」

　ぼくの背（せ）に合（あ）わせてかがんでくれたシロ様のほっぺに、ちゅっ、と口（くち）づけた。

「……」

　シロ様はしばらくぴくりとも動（うご）かなくて。

　不安（ふあん）になったぼくは、涙目（なみだめ）になってしまう。

「……め、迷惑（めいわく）、だった……？」

　シロ様は、ハッ、と我（われ）に返（かえ）った表情（ひょうじょう）になったかと思（おも）うと、にっこり笑（わら）って、優（やさ）しくぼくの頭（あたま）をなでた。

「……いいえ。すごく元気（げんき）をもらいました。雑務（ざつむ）が五倍速（ごばいそく）くらいで終（お）わりそう」

　へにゃっと口（くち）もとが、やわらかくゆるんでいる。これは、シロ様が本当（ほんとう）にうれしいときの表情（ひょうじょう）だ。ぼくのキスで、喜（よろこ）んでくれた……？

　幸（しあわ）せがこみあげて、胸が熱（あつ）くなる。

「ほんと！？　じゃあ、いい子（こ）で待（ま）ってるから！　今日（きょう）も一緒（いっしょ）に寝（ね）ようね！！」

「はい、約束（やくそく）です」

「シロ様、だいすき！！」

　そう言（い）って、駆（か）けだすぼく。

　愛（いと）しいシロ様。今（いま）はクレナイ様が一番（いちばん）だとしても、未来（みらい）はわからない。

　命（いのち）は一回分（いっかいぶん）、しかも限（かぎ）られた期間（きかん）しかない。だから、今（いま）、心（こころ）に『すき』があふれているなら、怯（ひる）まず全部（ぜんぶ）、示（しめ）したい。

　ぼくは、負（ま）けない！！

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【おまけ】

※執務室（しつむしつ）にて。机（つくえ）に突（つ）っ伏（ぷ）し、身悶（みもだ）えるシロと、淡々（たんたん）と書類（しょるい）を整理（せいり）するクレナイ。

「クレナイ〜！！　なんなんだ、あの可愛（かわい）すぎる生（い）きもの〜！！？　さりげなく私、毎日我慢（まいにちがまん）しているのだけれど！？　やばい興奮（こうふん）する無理（むり）、もう犯（おか）していいよな！？」

「知（し）るか仕事（しごと）しろ」

【終】