町にまします神さまと ~転生なしでも十分に異世界な気がする~
ナルハヤ
第一章 モモ 出会い編
第1話 その兆しは控えめで
突然だが、願をかけることにした。
いわゆる神頼みというやつだ。
特に差し迫った心配事や願い事があったわけではない。
ただ、閃いた……と言うか何というか、目の前がチラリと少しだけ明るくなって、何か好いこと? が起こりそうな、気配のようなモノを感じたから。
しかし、その兆しは控えめで、これはもう一押し必要だな、と思ってしまう程度のものだった。
それが、たまたま家の近所に在る神社の前を通りかかったときだったので、一つ神頼みでもしてみようかと思い立ったわけだ。
今思えば、これがすべての始まりだった。
この日から自分、
とは言っても異世界転生とか、派手なイベントがあったわけではない。
いつもの生活に、二十七歳の相変わらずの自分。
しかし、気が付いた時には、まったく別の世界に足を踏み入れていた。
神さまの
◇◇◇
その社に奉られているのは、古くからこの辺りの土地を守る氏神様で、詳しいことは知らないけれど、なんでも数々の逸話を持つ、とても霊験あらたかな神様だと耳にしたことがある。
いわゆるパワースポットとして、雑誌にも取り上げられたことがあるようで、そのためか、遠方よりわざわざお参りに来る人もいるらしい。
しかし、朝の早い時間だったからだろうか、その日は自分の他に参拝者は見当たらなかった。
ただ一人、冬の柔らかな朝日に包まれて境内を掃き清めている女性がいるだけだ。
その小柄ながらも背筋の伸びた後ろ姿からは凛とした雰囲気が漂い、
たまにはこんな雰囲気に浸るのも良いものだと、澄んだ朝の空気を胸一杯に吸い込むと、一人暮らしの部屋と会社とをただ往復するだけの生活の中で、知らず知らずのうちに溜まってしまった心の底の澱のようなものが、すっと消えていくような気がした。
手水舍にて手と口を清めた私は、その気持ちよく張り詰めた空気を乱さぬように、ゆっくりとした足取りで本殿に近付き、ズボンのポケットを探る。
じゃらじゃらと指先に当たる小銭の中からひときわ大きな輪郭を確認して取り出すと、まだ自分の体温が残る五百円玉をそっと賽銭箱に滑り込ませた。
生暖かい硬貨をそのまま賽銭とするのは少し失礼な気もしたけれど、神様はそんな些細なことを気にはしないだろうと、自分に都合の良いように決めつける。
賽銭箱の後ろには木の札が立てかけられており、そこに書かれた「参拝の作法」を見ながら二礼二拍手一礼をもって神様にお目通りを願う。
普段の、単調で若干退屈ではあるが、まぁ平穏な生活への御礼と、本題である「何か好いことが起こりますように」という、これまた呑気な祈願を殊勝な様子を崩さぬよう済ませると、ぼろの出ぬ間に速やかにその場から退散した。
その帰り道、またまた思いついた。
思いついてしまった。
神社にお参りするだけでは面白くない、それではご利益も薄かろう。
こちらとしては賽銭を出してまでの神頼み、ある程度の見返りは期待したいところだ。
神様をサービス業者のように考える、この罰当たりな思考はいかがなモノかと思わないでもないが、それはさておき、深層心理に根付いた貧乏根性がオートマティカリーに奮起し、元手を掛けずに効果の最大化を狙おうとしている。
当然のことながら私は内なる声に従い、諸手を挙げて思い付きを受け入れた。
それは、神様に本気度をアピールするために、断ち物とやらに挑戦するという思い付きだった。
断ち物とは、神様に願掛けをする代わりに自分の禁欲を約束するというもので、願いが成就するまで己の好きなものを我慢する慣わしである。
我慢するだけなので、当然元手はかからない。
それどころか、断つモノによっては倹約の効果も期待できる。
天才か……
古来よりポピュラーな茶断ちにしようか、または今風にスィーツ断ちにしようかと、行きつけのカフェでお気に入りのケーキセットを食べながら一人ミーティングを開催していたところ、神の啓示よろしく一つのアイデアが思い浮かんだ。
何気なくカフェの窓越しに人の流れを眺めていると、青く点滅している歩行者信号の前で、渡ろうか渡るまいかと逡巡する人の姿が目に入ったのだ。
私は程よくぬるまったミルクティーを一口すすり、「青信号断ち」の願掛けをすることにした。
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