Wワーク

鶴子は早朝4時に起き上がり境内の掃除に取り掛かった。

境内の掃除から始まりお札や絵馬の補充など、あっという間に7時になる。

叔父の清が毎朝、朝食を用意してくれた。

炊き立ての白米と具だくさんの味噌汁が絶品で、毎朝の楽しみだった。


「今日も美味しいよぉ。清おじさん」

鶴子は毎朝、この味噌汁を絶賛した。

「それは良かった」

清は笑顔で応えてくれる。


子供の頃に神社に入り浸っていた頃は清のお嫁さんが食べさせてくれていた。名前は美智子さんと言った。彼女は鶴子が小学生になる前に亡くなった。若く美しいまま逝ってしまったのだ。

その後、清は後妻を迎える事無く独身のままでいる。



鶴子は朝食を終えると身支度を整えて、もりや不動産へ出勤する毎日となった。


「鶴ちゃんダブルワークは大変だけど頑張ってね」

清が毎朝、見送りをしてくれる様になり1週間が経った。




八犬神社から、もりや不動産まではバスに乗って15分

街はクリスマスの演出が盛りになっていた。


神社の仕事に復帰してから、鶴子の感覚は鋭くなった。

窓の外の景色が輝いている。

『 不思議 』

道行く人の姿が、くっきりと見える。

笑顔の人、考え事をしている人、急ぐ人など。今までは同じ景色の一部だった人々の姿が独立した時間を過ごす個であると理解できる。



この日は、もりや不動産の事務所に入ると、営業部メンバーが揃っていた。

「おはようございます」

珍しい事に鶴子が一番遅く出社した。


「おはよう。ツルさんより僕達の方が早いって初めてですね」

3年前に中途採用で入社した渡辺修平が笑顔で話しかけた。


「皆さん、今日は早いですね。私、いつもの時間ですよ」

事務所内を見渡すと掃除が終わっていた。

いつもは鶴子が用意する朝の珈琲も、すでに香りが漂っている。

「あれ?今日はなにかある日でしたか?」

「何もありませんよ。」

いつもは無口な藤田智也がコーヒーカップを取り出しながら言った。

鶴子は慌ててコートを脱いだ。

「あ、藤田さん私がやります」

「いいじゃないですか、お茶の準備は早く来た人がすれずいいんですよ。」

山鹿室長がコーヒーフレッシュと砂糖スティックを配っている。


櫻田店長と森田康弘はコーヒーが届くのを待っている素振りで雑談をしている。

ついでに紹介しておくと櫻田店長と雑談している森田は鶴子と同じく宅建の資格を取った為に不動産部に配属させられた設計部出身の35歳既婚者だ。

この部署の既婚者は店長と二人きりなので仲が良い。なにかと家族の話をしては「あるある」と言っては笑っている。



いつもなら出社後に、おのおのがコーヒーを飲み朝礼の時間に間に合うよう身支度をするのだが、全員が揃ってコーヒーを飲み朝礼を待っている。

鶴子は落ち着かず、朝礼までの15分程が長くて仕方なかった。


「はじめようか」

櫻田店長が号令をかけた時は、ほっとした。


「え~まずはツルちゃんが、もりや不動産に来てから一月半になる。

物件業務も慣れて来たことですが年内は営業に加えて物件確認にも加わってもらう事になりました。」

櫻田店長が、ちらりと鶴子と渕上を見た。

「今日は渕上くんと新しく契約する予定のマンションの確認に行ってもらいます」

渕上が頷く。

物件確認では事故物件を含む新規取り扱いする部屋を現状確認する作業だ。

鶴子にとっては見ないと決めたモノを見る作業となる。


「12月は移動で引っ越しをするお客様は少ないですが、営業の皆さんにはツルちゃんとのスケジュール調整を精密に実行する様お願いします。」

山鹿室長をはじめ営業部の3人が大袈裟に頷いて見せた。

その姿を見て鶴子は気づいた

『そうか、私が心霊をちゃんと確認できる様に修行を始めたコトを知っていいるんだ。だから、皆さんが早く出勤してサポートしようとしてくれてるんだ』


鶴子は少し泣きそうになった。

しかし、泣かなかった。勇気が湧いて来たからだ。


「あの、皆さん、、ヨロシクお願い致します。」



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