Appers -アッパーズ
星島 雪之助
第一章 ワーク
お気に入りの職場
「 16時までの図面、出来ました。」
「島津さん、助かりました。ぎりぎりの依頼になっちゃって、すみませんでした。」
何度も頭を下げながら図面を受け取る。
「図面の依頼は2日前までにお願いしますよ」
いつもの事だと言う苦笑を浮かべながら営業の松田がジャケットを羽織っている。
「ほんとに助かりました。行って来ます。」
「行ってらっしゃーい! 頑張って来てくださいよ~」
鶴子の職場はMORI-ホームと言う住宅メーカーの設計部だ。
最近、売り上げを伸ばし県下ナンバーワンを目指している注目の建築会社だ。
近年は一戸建ての家屋だけでなくアパートやマンション、事務所に店舗と幅広く施工するようになった。
ここで図面を担当しているのが、設計部の8人の建築士と技師だ。
営業マンに、急かされて図面を渡したのは島津鶴子(しまずつるこ)22歳。短大を卒業後にMORI-ホームに入社した。
鶴子は営業が提案した間取りを図面に起こす担当だ。
新卒で事務員として入社したが社内でCAD(キャド)と呼ばれるソフトの扱いを学び、設計部に移動した。
鶴子はこの仕事を、とても気に入っていた。
この部署はスタイリッシュなオフィスで、カフェが併設されている。
このカフェは社員価格で食事をする事ができるし、一般の客も利用するのでメニューも豊富。鶴子は、このオフィスに似合うOLである為にファッションやネイルにも手抜きはしなかった。何より、そんな自分をを気に入っていた。
突然、上司の佐々木設計部長に呼び止められた。
「島津君、人事から辞令が来てるよ」
「え、私にですか?」
「気になるから、開けて見てよ」
嫌な予感がしましたが、上司に急かされて封筒を開封すると
島津 鶴子 殿
11月1日より 不動産部「もりや不動産」へ移動を命ずる
「は!? 移動って。そんな・・・」
「ぶ、、部長、、、やっと図面を作れるようになったのに移動なんですか!?」
辞令に釘付けになりながら、やっとの思いで言った。
佐々木部長も不振そうに首をかしげて考え込んだが、思い当たったように言いった。
「あ、」
「島津君。もしかして先月、宅建の資格に合格したの?」
「はい。宅建を取得すると給料がアップするって聞いたので」
「それだよ。不動産部に回されたんだよ。」
※宅地建物取引士の略だ
鶴子は愕然とした。
せっかく気に入っている職場だったのに。
ただ、給料が少しアップすればと思っただけなのに。
「そんなー。あんまりです。明後日からじゃないですか!!」
思わず部長に抗議した。
「でも、これ辞令が出ちゃってるからね。。。
大丈夫だよ。そんなに忙しい部署じゃないよ。」
「そー言う問題では・・・・。」
頑張りが仇となり、あっけなく移動させられてしまった。
そして2日後には新しい部署へ出社となった。
「最悪だ」
思わず口をついて出てしまった。
そこは地元では有名な住宅メーカーの不動産部とは思えない、小さな事務所だった。
「おんボロビル・・・。」
間口が狭い。
まだ入り口なのに、なんか暗くて怖い。
物件案内がガラス窓に、びっしりと貼られていて室内は見えないから、さらに不気味に思える。看板は無くドアに「物件案内 もりや不動産」と小さなプレートが張られているだけだ。
「ああ、帰りたい。 どうしよう。」
しかし、会社を辞める度胸は鶴子にはなかった。
宅建の資格を取る為に使った受講料、約10万円は分割払いだし、宅建の合格通知を見て嬉しくなって買った新品のスーツもクレジットで買ったから、まだ引き落としすらされていない。
明日からの暮らしは自分の労働に掛かっているのだから。
もしかしたら、このドアの向こうはアートでお洒落な空間かもしれないと自分言い聞かせて笑顔を作る。
「お早うございます!」
おもいっきり明るく扉を開けると、アートと言うよりレトロな照明が不気味に光っていた。
どうしよう。
誰もいないけど、なんか、いる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます