Quest11:鍛冶屋を訪問せよ【前編】

◆◇◆◇◆◇◆◇


 農場に現れた魔猪イビルボアを退治して下さい。

 求む、火焔羆フレイムグリズリーの毛皮。

 求む、鷲獅子グリフォンの卵。

 下水道の掃除。

 大毒蛇ポイズンアナコンダの捕獲。

 飼い犬を探して下さい。

 飼い猫を探して下さい。

 冒険者ギルドの掲示板には様々な依頼が貼られている。


「……魔猪」

「な~に、油を売ってるんだい」


 掲示板を見ていたらフランに頭を叩かれた。


「油なんか売っていません。僕はどんな仕事があるのかリサーチしていたんです」

「そういうのは油を売ってるって言うんだよ、油を売ってるって」


 またしても頭を叩かれてしまった。


「ほら、アンタの取り分だ」

「ありがとうござます」


 優はフランから200ルラ受け取り、財布にしまった。

 素材と魔晶石を売って手に入れた金だ。

 分け前は等分がルール。

 フランにはさらに50ルラがギルドから支払われる。

 協力するようになってから狩りの効率がよくなった。

 地図作成、反響定位、敵探知を使えば獲物が何処にいるのか簡単に分かる。

 しかし、雨の日は休みになるので、安定収入とは言い難い。

 もう少し安定して稼げるようにならなければ家族を探すためにダンジョンに挑めない。

 そういう訳で掲示板を見ていたのだが。


「でも、火焔羆とか、鷲獅子とか、大毒蛇とか、成功報酬1万ルラですよ」

「こんなのと戦ったら死んじまうよ!」


 フランは大声で叫んだ。


「そんなに強いんですか?」

「火焔羆は森の奥、鷲獅子はさらにその奥の山岳地帯にいるんだよ。あたしらがどの辺をうろついてると思ってるんだい」


 狩り場にしているのは森のとば口付近だ。


「大体、ここに乗ってるのは引き受け手のいない無理難題か、実入りの悪い仕事ばかりなんだよ」


 フランは掲示板をバンバン叩いた。


「人聞きの悪いことを言わないで下さい!」


 エリーがカウンターから身を乗り出して叫んだ。


「魔猪は?」

「成功報酬って書いてあるだろ。食事を負担するとも書いてない。何日も拘束された挙げ句、退治できなかったら大損だよ、大損」


 フランは依頼書の条件欄を指差した。


「下水道の掃除は衛兵の管轄だし、ゴミ掃除だけじゃなくてモンスターの相手もしなきゃならないんだよ」

「下水道にモンスターがいるんですか?」


 優は足下を見た。

 この地面の下にモンスターが蠢いていると考えるとゾッとする。


「大毒蛇は解毒の魔法が使えなけりゃ即お陀仏、犬猫探しは割に合わない。自分達で森に分け入った方が儲かるってもんだよ」

「なるほ――」


 頷きかけたその時、背後から靴が飛んできた。

 エリーが靴を投げたのだ。

 フランは難なく避けたが、掲示板に当たって跳ね返った靴が優の頭を直撃した。

 酷い。


「ゆ、ユウ君!」


 エリーはカウンターから飛び出すと優を抱き締めた。

 グリンダほどではないが、意外に胸がある。

 そんなことを考えていたらフランに引き剥がされた。


「いたいけな新人に変なことを吹き込まないで下さい」

「そう思うんだったら、嘘、大袈裟、紛らわしいクエストを張り出すんじゃないよ」

「う、嘘じゃないです、嘘じゃ」


 エリーは歯切れが悪い。

 嘘じゃないまでも事実を含んでいるということか。


「じゃあ、実入りのいい仕事って、どうやって受注するんですか?」

「クライアントと仲良くなって指名してもらうんだよ」


 当たり前のことをと言わんばかりの口調だ。


「どうすれば仲良くなれるんでしょう?」

「この前みたいな護衛任務に就いた時に挨拶するんだよ」

「僕達って、かなり活躍しましたよね?」

「ああ、アンタは八面六臂の大活躍だったよ」


 フランは腕を組み、何度も頷いた。


「どうして、指名されていないんですか?」

「アンタが挨拶回りをサボったからだよ。地道な営業活動が顧客を掴むコツさ」

「でも、人と話すの苦手なんですけど?」


 冒険者にサラリーマンの姿を見た。

 反権力を訴えるようなロックバンドも地道な営業努力をしているのだろうか。


「安心して下さい。そんな方々のために冒険者ギルドがあるんです」

「エリーさん、お願いしてもいいんですか?」

「でも、ユウ君はレベル1だから、ちょっと難しいかも」


 エリーは申し訳なさそうだ。

 できないのなら希望を持たせるようなことを言わないで欲しい。


「いえ、レベル2になりましたよ」


 優は認識票をエリーに見せた。



 タカナシ ユウ

 Lv:2 体力:** 筋力:2 敏捷:4 魔力:**

 魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知

 スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【共通語】

 称号:なし



 それでも、エリーは微妙な表情を浮かべている。


「確かにレベルは低いですが、僕は魔法を多重起動したり、魔力の消費量を増やすことで広範囲の敵を探知できるんです」

「ユウ君、嘘はいけないと思うの」


 エリーは悲しげな表情を浮かべて言った。


「フランさんからも何か言って下さい!」

「あたしの言葉は証言として認められないんだよ」


 フランはそう嘯きつつ、ニヤニヤと笑っている。


「そういや、アンタに教えて欲しいことがあるんだけど」


 フランは認識票を取り出してエリーに渡した。



 フラン

 Lv:15 体力:9 筋力:9 敏捷:17 魔力:1

 魔法:なし

 スキル:剽窃【××××限定】

 称号:××××の××××



「剽窃【××××限定】? ××××の××××?」


 初めて見るスキルと称号だったのか、エリーは不思議そうに首を傾げている。

 確かに神様が作ったシステムなのに伏せ字はないと思う。


「調べてみます。いと猛々しき火神の名において、エリーが命じます。スキルと称号の詳細を表示せよ。表示エクスプレッション


 エリーが呪文を唱えると、認識票が青白い光を放ち、何もない空間に文字が浮かび上がった。



 スキル:剽窃【××××限定】

 ××××の魔法及びスキルを自分の物として使うことができる。

 使用条件を満たしていない場合、効果は限定的なものとなる。


 称号:××××の××××

 ××××の××××に与えられる称号



「こっちも伏せ字だらけですね」


 優が何気なく呟くと、フランとエリーはギョッとした顔でこちらを見た。


「アンタ、これが読めるのかい?」

「そりゃ、読めますよ」

「これは神代文字です。何処で習得したんですか?」

「……何処って言われても」


 もしかして、と優は認識票を手に取った。

 案の定と言うべきか、スキルに項目が追加されていた。



 タカナシ ユウ

 Lv:2 体力:** 筋力:2 敏捷:4 魔力:**

 魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知

 スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【共通語・神代文字】

 称号:なし



「言語理解に神代文字が追加されました」


 認識票を見せると、フランとエリーは阿呆のように口を開いていた。


「呪文も理解してますか?」

「ええ、もちろんです」


 フランは眉間に皺を寄せ、エリーは絶句している。


「もしかして、呪文って普通の言葉じゃないんですか?」

「あたしの耳にゃモゴモゴとしか聞こえないね」


 意思疎通と言語理解、どちらのお陰なのか気になる。


「あまり嬉しそうじゃないねぇ」

「努力して手に入れた力じゃないですから」

「難儀な性格だね。そんなのラッキーって喜んどきゃいいんだよ」

「そんなもんですか?」

「そんなもんだよ。努力して手に入れたものじゃないってんなら身長や家柄とかもそうだろ? あたしは身長が高かったり、金持ちの家に生まれたりしたからって悲観的になってるヤツを見たことがないよ」


 そういう考え方もあるのか。

 目から鱗が落ちたような気分だ。


「どうでしょう?」

「……王都なら翻訳の仕事もあるんですけど、うちは学術系が弱くて」


 エリーは申し訳なさそうに言った。


「参考までにギルドの営業さんはどんな風に営業をしているんですか?」

「大商人や貴族の人達が集まるサロンに行くんです」


 けど、とエリーは優とフランを交互に見つめた。


「この格好じゃダメなんですか?」

「ああいうサロンはきちんとした格好じゃないと入れてくれないんです」


 よく分からないが、ドレスコードというヤツだろうか。

 まあ、優のマントと服は故買屋で買ったものだし、フランの革鎧も薄汚れている。


「タキシードとか、ドレスじゃないとダメですか?」

「冒険者は見栄えがする装備を身に付けていれば大丈夫です」


 優はフランを見つめた。


「ダメだよ」

「ですよね」


 にべもなかった。

 フランは借金を返さなければならないし、妹の生活費を稼がなければならない。

 確実に指名を入れてもらえるようになるならまだしも現時点では確実性のない賭け、優の思い付きに過ぎない。


「それに、アンタは人と話すのが苦手なんだろ?」

「……そ、それは、その」


 装備の購入をするのにも、営業活動をするのにもフランを頼っているようでは仲間と言えない。


「ま、同業者に挨拶する所から始めるんだね。さあ、帰るよ」

「はい」


 優はフランに促されて歩き始めた。

 どうすればコミュニケーション能力の劣った人間が営業活動をできるのか歩きながら考える。

 もっとも、そう簡単に答えは出ない。

 元の世界でサラリーマンをしていたのならまだしも中学生だったのだ。


「……ドラマのサラリーマンって何をしてたっけ?」


 正直、サラリーマンが何をしているのかよく分からない。

 上司に頭を下げたり、取引先に頭を下げたり、世界を股に掛けたり、悪漢どもと戦ったりしているイメージしかない。

 そういう意味ではフィクションの存在に近い。


「あとは名刺?」


 よくよく思い出してみれば父親は名刺を持っていたし、取引相手の名刺を家に持って帰っていたような気がする。


「そうだ! 名刺だ!」


 優は立ち止まって叫んだ。

 どうして、こんな簡単なことに気が付かなかったのか。

 名刺を渡すことを口実にできるし、話もできる。


「エリーさん! 見栄えのする装備を売っている店を教えてくだ――ッ!」


 優は最後まで言えなかった。

 フランにぶつかってしまったのだ。

 革鎧は思っていたよりも硬かった。

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