Quest6:モンスターを討伐せよ

◆◇◆◇◆◇◆◇


「ぎゃぁぁぁぁぁッ! フランさん、フランさん、フランさ~ん!」


 優は助けを求めながら森を走る。

 肩越しに背後を見ると、角の生えた兎がもの凄いスピードで迫っていた。

 普通の兎より少し大きいくらいだったので、最初は与しやすい相手だと思った。

 角が生え、体が大きくても兎は兎だ。

 野生動物は人間を恐れているという話を聞いたことがある。

 世界が違っても、そこは変わらないと変わらないはずだ。

 だから、逃げられたらどうしようかと心配していたのだ。

 だが、結論から言えば無用な心配だった。

 兎は凶暴だった。

 目が合った瞬間、襲い掛かってきた。

 優が無茶苦茶に振り回した杖を潜り抜け、角で攻撃をしてきた。

 分厚い革のマントに穴を空けるほど強烈な一撃だった。

 マントがなければ死んでいたかも知れない。


「お、おかしい! こんなの絶対におかしいよ!」


 体力が上限を超えているお陰で全力で走り続けられるが、異世界転移・転生系の主人公は序盤の敵から逃げ惑ったりしないのではなかろうか。

 RPGだって、こんなに逃げ回っていたらレベル上げどころではない。


「いや、もしかしたら、これはフラグかも知れない!」


 優はズザーッと地面を滑りながら反転、杖を構える。

 兎が立ち止まった。

 逃げ回るのは止めたのか? いいぜ、掛かってこい。返り討ちにしてやるよ、と赤く燃える瞳が語っているような気がする。

 たかが兎のくせになんというプレッシャー。

 しかし、ここで怖じ気づいてどうするというのか。


「僕はお前を倒して、家族を探すんだ!」


 優が地面を蹴ると、兎もまた地面を蹴った。


「滅殺!」


 渾身の力で杖を振り下ろすが、手応えはない。

 兎は全力で地面を蹴っていなかったのだ。

 結果、兎は予想よりも遥か手前に着地した。

 一瞬だけ視線が交わる。

 甘いぜ、坊主。殺し合いでは熱くなった方が負けるんだ、と兎の瞳が語っていた。

 兎が再び地面を蹴る。

 躱せない。

 杖を振り切ったせいで死に体になっている。

 優は脇腹に衝撃を受け、木の根元に座り込んだ。

 恐るべき強さだった。

 肉体だけではなく、知略まで優を上回っている。

 きっと、名のある森の主に違いない。

 だが、だがしかし、ここで負ける訳にはいかないのだ。

 家族を捜すためにここで死ぬ訳にはいかない。


「も、燃えろ。僕の中の何か――ッ!」


 優が震える足で立ち上がった次の瞬間、何かが木々の間を擦り抜けて飛来した。

 フランの槍だった。

 兎は急所を貫かれ、その場に頽れた。

 気にするな、坊主。これが弱肉強食ってヤツだ。横槍が入っちまったが、いい戦いだったぜ、と瞳で語っていた。

 徐々に瞳から力が失われていく。

 だが、死を受け容れた兎の瞳には静謐な光が湛えられていた。


「な~に、たかが兎と死闘を繰り広げてるんだい?」


 フランは木々の間から出てくると、兎を踏んづけて槍を引き抜いた。


「僕のライバルに何をするんですか!」

「ら、ライバル?」


 フランは素っ頓狂な声を上げた。


「ええ、そうです。戦いの中で心が通じ合ったんです。きっと、この兎は名のある森の主に違いありません」

一角兎ホーン・ラビットは雑魚中の雑魚だよ。大体、これが名のある森の主だったら、こいつは何なんだい?」


 フランは左手、いや、足下で倒れている兎より二回りは大きいそれを突き出した。

 右目に傷があり、奇妙な迫力を漂わせている。


「認めます。きっと、この森の主はそいつでしょう。けれど、僕が戦っていた相手も強敵でした」

「そりゃ、アンタから見れば何だってそうだろ」


 フランはリュックを下ろし、兎を解体し始めた。

 腹を切って内臓を引きずり出す。

 その光景は悲惨の一言に尽きる。


「チッ、小さい魔晶石だね。こんなんじゃ10ルラにもなりゃしないよ」


 フランは兎から親指の爪ほどの魔晶石を取り出し、吐き捨てるように言った。

 テキパキと解体を続け、一段落したのか、優にナイフを向ける。


「ユウ、アンタは弱っちいんだから、もう少し頭を使いな。不意打ちするとか色々やり方があるだろ?」

「……不意打ちは主人公っぽくないと言うか」

「主人公? アンタ、寝ぼけてるのかい?」

「いえ、主人公だったらいいなぁ~と思ったんです」


 優は膝を抱えて呟いた。

 異世界転移したのだからチート能力が身に付いてればと思ったのだが、世の中はそこまで甘くないようだ。


「アンタは凡人なんだよ、ぼ・ん・じ・ん。凡人は凡人なりに戦うしかないんだよ。無様に足掻きな」

「……はい」


 優は溜息交じりに答えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「……こちら、スネーク。兎を発見しました」


 優は木の陰から一角兎を見つめた。一角兎はのんびりと草を食んでいる。

 卑怯な手を使うのは心苦しいが、相手の方が強いのだ。


「心置きなく、不意打ちさせて貰います」


 視界の隅で点滅する赤い点に意識を傾けると、コマンドが表示された。

 魔弾ブリットに触れ、指先を兎に向ける。


「魔弾!」


 魔弾を一角兎に放つ。

 だが、一角兎は魔弾を華麗に躱したではないか。

 おお、何と言うことでしょう。

 貴方は雑魚ではなかったのですか。

 一角兎と目が合う。

 やるのかい、坊主。オレはガキが相手でも手加減しねぇぜ、と目で訴えていた。


「魔弾!」


 優は叫んだが、魔法は発動しなかった。

 コマンドの表示が元に戻っている。

 一度使うと再び選択しなければならないらしい。


「もう一度選択を! どひぃッ!」


 優は魔弾を選ぶことができなかった。

 一角兎が突っ込んできたのだ。


「選た、ひぃぃッ!」


 またしても一角兎に邪魔をされた。


「こうなったら、転進! 転進! 撤退にあらず!」


 優は一角兎に背を向けて逃げ出した。

 コマンド操作をしようとするが、走っているせいで上手くいかない。

 炎弾ファイア・ブリットは山火事が怖くて使えない。


「グリンダさ~ん! この魔法は使えない! 使えないよ!」


 と言うか、この世界の魔道士はどうやって戦っているのだろう。

 決まっているチームで戦うのだ。

 前衛が時間を稼いでいる間に呪文を詠唱し、高火力を叩き込む。

 それが魔道士というものではないだろうか。

 肩越しに背後を確認する。

 諦めたのではないかと期待していたのだが、一角兎は諦めていない。

 一角兎が優を貫かんと大地を蹴るが、飛距離が足りなかった。

 二度も同じ幸運を望むのは難しい。


「ひぃぃぃぃッ! フランさ~ん! フランさん、フランさ~ん!」

「ったく、アンタはどれだけ世話を焼かすんだい!」


 茂みから飛び出した槍が一角兎を貫いた。


「フランさん! 前衛になって下さい!」

「はぁ、アンタね。一角兎はこの辺で一番弱いモンスターなんだよ。雑魚に圧倒される雑魚未満と組んだって、あたしの負担が増えるだけだろ」

「そ、そんな~」


 言っていることは分かる。分かるのだが――。


「そんな情けない声を出すんじゃないよ、男だろ!」

「……男だろって言われても」


 発破をかけられたくらいで勝てれば苦労はない。


「ったく、アンタって子は」


 フランは呆れたような表情を浮かべた。


「仕方がない。ヒントだけはくれてやるよ。いいかい? 戦いってのは自分の得意をどう押し付けるかだよ。この先は自分で考えな」


 フランは一角兎を掴み、森の奥に消えていった。


「……そんな何処かで聞いたような台詞を言われても」


 優はその場に腰を下ろし、認識票を見つめた。



 タカナシ ユウ

 Lv:1 体力:** 筋力:2 敏捷:3 魔力:**

 魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾

 スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【共通語】

 称号:なし



「使えそうなのは体力と魔力くらいか」


 できれば敵と距離を取って戦いたいのだが、筋力が低いので、杖を使ってダメージを与えるのは難しい。

 一撃離脱を繰り返そうにも敏捷が低いので、離脱できないときている。


「身体能力は頼れない。柔よく剛を制すと言いたいけど、そんな技もない。せめて、もう少しグリンダさんの魔法の使い勝手がよければ」


 視界の隅で点滅する赤い光に意識を傾けると、コマンドが表示される。


「……音声認識みたいなことを言ってたのに。あれ?」


 優は首を傾げた。

 コマンドを選択できたから選択していたが、音声入力は一度も試していなかった。


「魔法、選択」


 半信半疑で呟くと、魔法のメニューが開いた。


「ひどい仕様」


 自由度が無駄に高いと言うか、音声認識ならコマンド入力機能はオミットして欲しかった。

 まあ、動物実験さえ成功したとは言えない状況だったのだから、煮詰め方が足りていないのだろう。


「……呪文の詠唱を省略して、イメージを喚起してくれると言ったけど、威力を高めたり、本数を増やしたり」


 優は目を細めた。

 いつの間にか『×_』という記号が表示されていたのだ。


「×10」


 試しに呟いていると、『×10』と表示された。


「こ、こういう仕様だったら最初に説明してよ」


 正直、不貞寝をしたい気分だったが、気分を取り直して手の平を木に向ける。


「魔法、いや、もう少し格好よく……術式選択、魔弾×10」


 優が呟くと、10発の魔弾が同時に放たれ、木の幹を穴だらけにした。

 ほんの少しだけ体が重くなったような気がする。


「……できないだろうけど、MP表示」


 本当に期待していなかったのだが、緑色のバーが表示された。

 その隣にはご丁寧に99%と表示されている。


「ああ、もう!」


 優は頭を抱えて転げ回った。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 優は一角兎を木の陰から見つめた。

 一角兎はこちらに気付いていないらしく呑気に草を食んでいる。


「術式選択、魔弾×20!」


 一角兎に魔法を放つ。

 こちらに気付いたようだが、もう手遅れだ。

 魔弾が一角兎をズタズタに引き裂く。


「術式選択、魔弾!」


 念のために魔弾を撃ち込む。

 きちんと絶命していたらしく衝撃に震えただけだ。


「……勝てたけど、グロい」


 血溜まりに倒れる一角兎に歩み寄り、濃密な血の臭いに顔を顰める。

 面攻撃を仕掛けたせいで毛皮は使い物になりそうにない。


「取り敢えず、魔晶石と角を回収しておこう」


 優は短剣を抜き、一角兎を解体する。

 胸の部分を切り開くと、血に濡れた魔晶石が出てきた。

 周辺の肉ごと抉り出して革袋に入れる。

 角は先端が少し欠けているが、短剣で切って魔晶石とは別の革袋に入れる。

 かれこれ20匹ほど仕留めているので革袋が重い。


「派手にやったもんだねぇ」


 フランが頭を掻きながら木々の間から出てきた。

 魔晶石を入れた袋がパンパンに膨らんでいる。


「どうして、ここが?」

「あちこちに転がってる一角兎の死体を辿ったんだよ」


 そう言えば死体を始末していなかった。


「毛皮だって売れるってのにもったいないことをするねぇ」

「……そんなことを言われても」

「ま、アンタにしちゃ上出来だ」

「アンタにしちゃって、そんなに長い付き合いじゃないですよ」


 言い返してしまったが、認められたようで少し嬉しい。


「帰るよ」


 フランは乱暴に優の頭を撫でた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ユウは100ルラ、フランは200ルラ、よ」


 グリンダは査定を終えるとカウンターに硬貨を置いた。


「ありがとうございます」


 優は銀貨を財布――と言っても単なる革袋だが――に入れた。

 あれだけ危険な目に遭ったのだから200ルラは欲しかったが、自分の力でお金を稼いだからか、妙な誇らしさとくすぐったさがある。


「200ルラ? 馬鹿なことを言ってるんじゃないよ。300ルラはあるはずだよ」

「ない、わ。一角兎は雑魚だも、の」


 フランは不満たらたらのようだが、グリンダは嫌なら他に行けばと言わんばかりの態度だ。


「貴方ならもっと強いモンスターを殺せたはず、よ。それをしなかったのはどうし、て?」

「アンタがユウと一緒に戦えって言ったからだろ!」


 グリンダはフランに怒鳴られても何処吹く風だ。


「貴方が素直に言うことを聞くとは思っていなかった、わ」

「お生憎様、あたしは契約を守る主義なんだよ!」


 フランは硬貨を掴むと魔道士ギルドを出て行った。


「魔法の使い勝手はど、う?」

「説明書が欲しかったです。こう、指でコマンドを選択をしなくてもいいならそれを教えて欲しかったですし、他の機能も説明して欲しかったです」

「もう少し詳しく教え、て」

「分かりました」


 優は身振りを交えてコマンドの選択方法や×_、MPについて説明し、そのついでに他の魔法を身に付けたいと控え目にアピールした。


「申し訳ないことをした、わ」


 グリンダは身を乗り出してきた。

 肩紐がないのに胸の部分の布が捲れないのは何故なんだぜ。


「お詫びと言ってはなんだけれ、ど」

「……お詫び」


 優は生唾を呑み込んだ。

 肌色比率の高い女魔道士が身を乗り出している。

 つまり、これはそういうことではないでしょうか。


「新しい魔法を教えてあげる、わ」

「……ありがとうございます」


 失望しなかったと言えば嘘になる。

 いや、大いに失望した。

 思わせぶりな態度を取っておきながら、どうして期待を裏切るような真似をするのか。

 しかし、これはチャンスだ。

 強力な攻撃魔法を身に付ければ無双系主人公になれる。

 俺TUEEEEEEEE! ができるのだ。


「じゃあ、強力な攻撃魔法を!」

「ダメ、よ」


 短い夢だった。


「私は貴方の師匠な、の」

「僕はいつの間にグリンダさんの弟子に?」

「昨日、よ。私は師匠だから貴方が道を誤らないように導く義務がある、の」


 グリンダは思っていたよりまともな人だったようだ。

 体で詫びて欲しいと思っていた自分が恥ずかしかった。


「グリンダさん、ありがとうございます」

「……」


 気恥ずかしさからか、グリンダは頬を紅潮させ、それを隠すように三角帽子を目深に被り直した。

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