20210109:Game Over

【第146回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 東の空が白むころ

 同士討ち

 ここが正念場

 最近大人しいと思っていたのに

 買いかぶりだ


<ジャンル>

 現代? 密猟ドローンとのおいかっけっこ


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 視界の隅に一瞬だけ視線を投げる。アナログ表示の時計の短針は右を向き、真横よりもやや下を向いているようだった。

 そのコンマ数秒の間に、白く浮かび上がる物体はやや小さくなっている。ち。思わず出た舌打ちをそのままに、コントローラーのサイドのボタンを探すまでもなく押し込んだ。

 白い影が大きくなる。顔半分を覆うヘッドマウントディスプレイの中央部、ターゲットに影をとらえる。赤外線カメラでは距離感が掴めない。超音波を照射、算出。ステータスがグリーンに変わる。

「いけっ」

 画面上から白い網上の影が一瞬にして広がって。風を切る音が確かにスピーカから流れ込み。

「あっ」

 ほんの一瞬で小さくなった画面の中の白影は、あざ笑うように左へと逸れ画面の外へと消えて行った。


 *


 朝日を浴びながら広志はドローン発着場へと踏み入れた。

 先ほど帰還させた自身のドローンを手に取ると思わずため息が口をつく。

 発射された捕獲用ネットは広い保護地域のどこかに落ちた。日光分解を前提に作られたから回収しなくとも環境負荷はほとんどない。しかし逆をいえば、新品を補充しなくてはならなかった。

『お疲れ』

 パトロール組が戻ってくる。気軽に現地語で労いの言葉が飛ぶ。物調面を返したなら、気にするなと肩をたたかれた。

『ヒロシが偵察ドローンを追いまわすだけで、密猟者への牽制になる。役に立ってるよ』

 しかし、貧乏事務所に追加ネットの予算はない。

『お先』

『今夜も頼むよ!』

 広志はおざなりに手を振ると、今にも分解しそうな愛用のジムニーへと足を向けた。


 *


 ドローンハウスの入り口をくぐると、見慣れすぎたむさくるしい現地住人の店長が視線だけを向けてくる。

 片手を挙げて店に入る。在庫棚から網をチョイスし、店長へと示して見せる。

『ツケは利かんぞ』

『そういうなって。日本のタバコでどうだ』

『いいだろう』

 未使用のPeaceを一箱放り投げる。店主は受け取ると早速一本引き出した。

『広志も交渉がうまくなった』

『五年も居りゃぁな』

 店の奥へと足を向ける。ドアの向こうには4つほど作業台が置かれた作業部屋が広がっていた。

 広志は早速空いた台を占拠する。適当に置かれ散らばるドライバーを探り当て、早速ネットの取り付けにかかった。

「広志、おはよう」

 日本語だった。

 顔を上げると、中年に足を突っ込んでいることが信じられない童顔が大欠伸をかましている。目の下にはうっすら隈をこさえながら、撮影用にカスタマイズしたという愛用のドローンを抱えていた。実、とかつて名乗った男は、カメラマンと名刺にはあった。

「眠そうだな」

「ちょっとね。夜撮」

 サバンナには夜行性の動物も多い。そんなものか。広志は思う。

「いいもん撮れたか」

「そうだねぇ。今日はターゲットを探すのに苦労しちゃった」

「広いからな」

「ほんと、広いよねぇ」

 一つの国のたった一つの自然保護区だけで、日本の『県』一つ二つが収まってしまう面積がある。全てを見張ることなど到底出来ず、しかし、密猟は後を絶たない。

 従来通りのパトロールに加え、ドローンによる監視も昼夜を問わずに行われていた。広志の現在の仕事でもあった。

 広志はネットの取り付けを手早く終える。

 実はメンテナンスを終えたらしい。

「手合わせ、してく?」

「いいだろう」

 さらに奥へと二人は進む。練習場はじりじりと肌を焦がすような熱を持ち始めた日差しの下で、貸し切りだった。

「今日こそ、勝つからな」

「どうかなー?」

 戯れで真剣なドローン同士の追いかけっこが始まった。


 *


 ――ここが正念場だ。

 広志はヘッドマウントディスプレイの下で歯を食いしばる。

 密猟者の探索用ドローンとの追いかけっこも、これでもう五度目になる。

 ドローンの跡を気付かれないように追っていき、密猟者の『姿』を捉える。もしくは。

 気付かれたならドローン確保に切り替える。そこから手がかりを追うために。

 ――いた。

 画面が白っぽくなっていく。その中に確かにそれらしい影がある。

 東の空が白むころ、戦いは終わりを告げる。

 密猟者は撤収し、闇夜に特化したドローンの視界は白一色で見えなくなる。

 まだ、辛うじてそれとわかる影を追い、広志はネットを。――影が急激に大きくなった、気がした。

「え、」

 画面いっぱいの白に目を見開いたその瞬間、視界が揺れた。輝度が高くコントラストの少なくなった視界の中、それでもわかる線が消えた。

 耳には異音が聞こえて来た。衝突音、風切り音、ガサリガシャンと普段耳にしない音。

 そして、最後にコントローラの手ごたえがなくなった。

「マジかよ」

 ヘッドマウントディスプレイを取り去った。ヘッドフォンを放り出した。

 ――位置特定。

 ――回収急げ。

 ――密猟者がいる可能性がある。用心しろよ!

 ――体当たりかよ。

 ――最近大人しいと思っていたのに。

 ――同士討ちとは。

 現地語でささやかれる言葉を尻目に、広志は椅子を蹴り部屋を出る。

「面白くねぇな」

 まるで、『手がかりをくれてやる』とでも言うような。


 *


 ドローンハウスの入り口をくぐると、見慣れすぎたむさくるしい現地住人の店長が視線だけを向けてくる。

 片手を挙げて店を横断、奥の扉を勝手に開けて調整室へと踏み入れる。

 子供、男、女、じじぃ、店員。見慣れすぎた面子に軽く手を上げ挨拶すると、作業台を一つ占拠した。

「故障? めずらしい」

 ここでしか聞けない日本語に広志は視線を投げるでもなく口を開く。

「体当たりされたんだよ。ローターが一枚イカレた。体当たりした側も似たよなもんだ」

「ドローンをドローンに当てたの? 器用なんだ」

 実はほざくと暇そうに作業台へと寄ってきた。身軽だな。広志は一瞬だけ目を眇め、自身のドローンへと視線を落とす。

「手ぶらか。珍しいな」

「今日は挨拶だけだから」

 ローターを取り外す。替えを在庫棚から失敬する。取りかえて元の通りに組み立てる。バランスを見る。

「挨拶」

「契約破棄されちゃってね。用が無いから帰るんだ」

 実は気安い友人に話すように言葉を重ねる。

 土木技術者として呼ばれたはずなのに、契約外の仕事をさせられた。報酬も合わない。奴らはビジネスをわかってない。ルールは守らなくっちゃね。

 ふと、広志は顔を上げた。おどけたような実が問うように見返してきた。

「お前なら、当てられるな」

 50センチメートル四方もない小型の撮影ドローン。高速で飛びまわるそれを狙って、同サイズのドローンを体当たりさせるなど、器用というほかにないと広志は思う。しかも、視界は赤外線の白黒の世界だ。何年も訓練を受けた保安官事務所の夜間監視官である広志でも、密猟者の使うドローンを網で捕まえるのがせいぜいだというのに、だ。

 つまり、腕がいい。

「買いかぶりだよ」

 実は困ったように笑って見せる。そして、またあした、言うかのように片手を上げた。

「さよなら」

 広志は口の端だけをゆがめて見せた。実の背中を見送ることなく、機体のチェックに視線を映す。

「次に会うときは、牛丼かカツ丼か」

 誰も聞くことのない言葉を呟いた。


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