20191110:リターン

【第87回 二代目フリーワンライ企画】

<お題>

 心の中の天使と悪魔

 落下

 五分前行動

 第一印象から決める

 七光


<タイトル>

 リターン


<ジャンル>

 オリジナル。近現代


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 第一印象から決めることが多いとされていたから、みんな支度には余念がなかった。顔を洗うのはもちろんのこと、髪をなでつけ服装の皺を伸ばし、靴の誇りを入念に落とす。

 五分前行動は当たり前。直前で駆け込むなんて事をしたら、折角整えた髪が崩れてしまう。だらしなく映るわけには行かないのだ。

 品行方正、知的聡明、学業優秀、スポーツ万能。欲しがられる子は当たり前だがそんな子ばかりだ。子供はコストのかかる生き物で。僕らは繋がりのある子供じゃなくて。コストをかけるなら見返りが期待されていて。期待できる子供がすなわち選ばれる。

「支度は良い?」

 院長先生は、一人一人をチェックしながら面会室へと送り出す。優しい顔して優しい手つきで、目は笑ってないことを僕は知ってる。

 エミリー、リボンが曲がっているわ。

 サムソン、笑顔を忘れないで。

 リック、よく眠れなかったの? そうね、絵本を読んでいなさい。

 そして僕へと向き直る。心の中の天使と悪魔、揺れる目がそれを示しているね。

 僕のタイは一部の崩れも見られなくて。シャツは真っ白、染みもない。パンツは折り目が残っている。まっすぐな髪に寝癖もないし、やろうと思えば無邪気な笑顔くらい作ってみせる。

 院長先生は僕の肩へと手をかける。

「ジョージは、したいようにおし」

 そう言って、笑顔のないまま送り出した。


 *


 彼らはコストをかけて僕らを育てて後のリターンを望むなら、僕らだってリターンを望める家がいい。

 優しそうで。教育に熱心そうで。小間使いの真似ごとなんかさせないだろう裕福そうな。

 兄弟姉妹はいる方が良いか、それともいない方が良いだろうか。祖父母に叔父叔母、親戚の有無は僕らにどう影響するか。

 だって僕らには七光りなんて望めない。実力をつけられなければ捨てられる。

 這い上がった山の上、板を踏み抜き落下だなんて、もちろん誰もがごめんだった。


 *


 エミリーが選ばれた。妥協点ねと笑顔の下で思っているのが僕にはわかった。

 サムスンは反抗的に接して見せた。ここはダメだと思っているのがダダ漏れだった。

 リックは互いに決めきれないようだった。ページをめくる合間合間で、視線が絡んで慌てて離れる。

 僕は結局、三組から打診を受けた。

 一組目は、善良そうな夫婦だった。賢い子が欲しいと言っていた。堅実な教育と、穏やかな未来が待っているだろうとそう思えた。

 二組目は、実業家風の男だった。跡継ぎ候補を探していた。マーケティングに帝王学。そんな未来が見て取れた。

 三組目は、派手な服装の女性だった。容姿で選んでいると知れた。果てはモデルか役者かショーパブか。そんな匂いを嗅ぎ取った。

 だから結局、断った。


 *


 エミリーは院を出た。サムスンは次を狙うと息巻いた。リックは最後の最後で頷いた。

「ジョージは行って良し。サムスン、窓の掃除が終わってないね。やり直し」

 部屋を見なくても院長先生は当ててみせる。時間と道具と服の汚れとサムスンの様子と。そんなもので判断する。言い当てられる。

「なんだい、ジョージ。私の顔に何か着いているかい?」

 僕はさてねと肩をすくめる。掃除道具を片付ける。

「ジョージ。お前は貰われていく気があるのかい」

 さてね。解らないよ。首を傾げる。

「……ま、良いけどね」


 *


 彼らはかかったコストの分、リターンがあることを望んでいる。

 僕らはリターンを生むことが出来るかどうかを見極める。

 リターンはもちろん、大きい方が良いだろう。

 だから。

 僕は院長先生を観察する。

 院長先生は、あらゆる物を観察する。

 僕はそれでも成人になる前には院を出る。院を出て、働き始める。

 働いてそこでリターンを得る。


 誰に貰われていくより、院長先生を見ている方がリターンが大きいんじゃないかと僕は思う。




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