第64回『書く』:冷蔵庫の手紙〈オリジナル〉

 冷蔵庫の手紙はいつも『おはよう』の文字から始まる。


『おはよう。ご飯はお弁当を温めてね。行ってらっしゃい』

 今日は文字が散らかっている。○は○になってない。『ね』なんてミミズがのたくっている。眠かったのかな。想像する。

『ママ、いつもお疲れ様。行ってきます』

 手紙の下に追加して、コンビニ弁当をレンジに突っ込む。


 今日の『おはよう』は○が大きい。乱暴だけど一文字一文字はっきり大きい。

『ママ、良いことあった? 行ってきます』


 今日は綺麗で丁寧な字だ。

『お話があります』

 テストの点が頭に浮かんだ。避けて捨てたニンジンが浮かんだ。僕は返事も書けずに登校する。

 微笑んだママが思い浮かんだ。――怒りを突き抜けた氷の笑みの。

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