探偵対賞金稼ぎ

冷門 風之助 

前編

《ルビを入力…》 もう10月も終わりだというのに、西日がまともに当たる。


 しかし風はそろそろ冷たくなりかかっていた。


 俺は公園の端の藤棚のベンチに腰を下ろし、通りを挟んだ向こう側に見えるビルの入り口を凝視していた。


 これでもう三日、ここにきてそのビルを張っている。


 確かに張り込みも探偵の仕事の一つではあるのだが、いつ来るか分からない相手を待つというのも、いい加減退屈な仕事である。


 二度目のくしゃみが出た。


 時計に目をやる。


 そろそろ四時だ。


 今日こそは来るか、


 それともまた”スカ”を踏まされるか・・・・


 突然だが、俺はバクチには興味がない。


 何しろ人生そのものが博打みたいなものだからな。


 あんなちまちました勝負に命を懸けるなんて気にもならない。


 ま、それはさておき・・・・ビルの入り口を見張っているのは、どうやら俺だけではないようだ。


 路肩に停めたワゴン車、電柱の陰にうずくまっているホームレス。


 わざとらしく何度も行き来しているチリ紙交換の軽トラック。


 10分おきに現れるジョギング中の男・・・・。


 こいつら全部、或いはこいつらの内誰かが、隙あればあの入り口から出てくる

人物に襲い掛かろうと手ぐすね引いて待っているのだ。





『この二人だ』


 彼は俺の前に一枚の写真を置き、葉巻に火を点けた。


 狭い俺の事務所は、たちまちバニラ味の煙で一杯になる。


 そいつ・・・・いや、名前はよしとこう。


 彼は日本人じゃない。


 東南アジアの某国を拠点に、ほぼアジア全域にネットワークを持つ秘密結社のナンバー2・・・・といえば、分かる人は分るだろう。

(*wonderful worldを参照のこと)


 表向きは貿易会社の社長ということになっているが、裏ではとにかく何でも・・・・人に言える事、言えない事なら、何でもこなす『危ない御仁』という訳だ。




 前に妹の一件を片付けてから、妙に俺の事をくれているようで、

今回もビジネスという名目で来日し、わざわざ俺の事務所ところに護衛も付けずにやってきて、

『頼まれてくれんか』と来た。


『あんたもそれだけ日本語が流ちょうなんだし、こっちにだってあるそうじゃないか?なら日本の事情だってよくお分かりだろう。俺達日本の探偵には”私立探偵業法”という厄介な法律があってね・・・・』


『分かってるよ』


 彼はまた葉巻の煙を天井に向けて吐いた。


『つまりは”後ろ暗い筋からの依頼は引き受けてはならない”というんだろう?しかしな、今回は”組織”とは無関係だ。これはむしろ表の仕事の方なのだよ。それなら問題はあるまい?』


 俺はため息をつき、コーヒーを飲み干すと、


『表の仕事としてならもっと話は早い。警察ポリスに届けてみちゃどうだね?我が国の警察は好き嫌いは別として、捜査能力だけは世界一優秀なんだ。それに俺達探偵と違って金はとらない。』


『しかしこれは日本だけに限らず、世界中どこでも警察ポリスって奴らは”起こった事件を捜査する”のが仕事だろう?これから起こる事件”に関しては何もしてくれない。それに私は組織を当てにするほど、生活くらしに困っているわけじゃないもんでね』

 彼はガラスの灰皿に葉巻をねじつけ、もう一本に火を点けようとしたが、

『悪いがまだいぶり殺されたくない。ここはガス室じゃないんでね』というと、彼は素直に『済まなかった』と答え、葉巻をしまった。


 俺は音を立ててシナモンスティックを齧り、もう一本を口に咥えた。


『まあ、とにかく経緯いきさつを聞かせてくれ、話はそれからだ』


 俺が言うと、彼はゆっくりと話し始めた。


 ちょうど1カ月ほど前、フィリピンのダバオにある彼の商社・・・・そこは主にアジア各国の軍隊や警察に武器を売るのを目的にしている・・・の倉庫から、管理を任されていた一組のカップルが、大量の武器をちょろまかして持ち出した。気が付いた時には二人はそれを日本に持ち込んだことが判明した。


 武器の売買なんて言うと、日本人は変な目で見るかもしれないが、決して怪しい商売ではない、外国ならどこでも政府機関の許可を得ている、合法的なビジネスだ。


二人はその武器を日本で抗争を繰り広げている『その筋』の二大組織のいずれかに高値で売りつけようとしている。


こっちはとの兼ね合いもあるから日本の組織とはあまりを構えたくない。それに何といってもこれは表のビジネスだから下手に動けない。そこでお前さん・・・『ミスター・イヌイ』に二人の居所を探り当てて、こちらに知らせて貰いたい。


 頼みたいのはそれだけだ。やり方はあんたに任せる。あとのケリはこっちでつけるし、ギャラは相場の5倍は約束しよう。


『二人が日本に逃げ込んだことまでははっきりしているんだな。』


『ああ、確かだ』


『いいだろう。引き受けよう。だとあんたが言い切るならそれも信じようじゃないか。その代わりギャラは6倍にしてもらうぜ』


『感謝する。いいだろう』


 そう言って彼は、また葉巻を口に咥えた。俺は止めなかった。


 

 







 





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