ぞうさん


「ぞうさんに噛まれて、死にたい人あつまれえ~」

おれたちを乗せたツアーバスは動物園へと到着した

「ここは何処なんだ?」

「知らん」

面識の無いおれたち

引率のギャルみたいなガイドさんがおれたち中高年に向かって話し掛けて来るのだった

「ぞうさんだぞう!」

おれたちは無表情でそれを聞いていた

皆、のそりのそりとぞうさんの方へと近付いて行った

他に見るものが無いのだ

「ぞうさん………」

おれは話し掛けてみることにした

(どうしてさん付けしなくてはならないのか?)

たかがぞうじゃないか

おれの上司じゃあるまいし

ただの鼻が異常に長い鈍臭い奴だ

そもそもぞうは個体の名前ではない

おれの隣りにいる奴を『人間さん』などと呼んだらおかしいだろう

(おれは騙されないぞ)

そう思った

だが皆「ぞーさんぞーさん」と喚いていた

頭が馬鹿なのだ

おれたち中高年は皆、失業中だった

皆、会社による理不尽なリストラを受けたのだ

そういった連中がこのツアーに参加していた

理由はよくわからない

ツアー会社が組んだのだ

そこへ女房たちが勝手に応募をしたのだ

拒否権なんて無い

取り敢えずおれもリストラされ妻に勧められるがままこのツアーへとやって来た

ギャル添乗員に誘われあんぐりと開いたぞうさんの口の中へ頭を突っ込まれた

「ほんとに大丈夫なんですか、これ?」

尋ねた

ギャル添乗員はにっこり笑っていた

ぞうさんがおれの頭をもぐもぐし始めた

「ぎゃっ」

(何かがおかしい………)

ぞうさんはそう思ったのかもしれない

途中で噛むのをやめた

ぺえっと吐き出されたおれの顔面

それはもう原型を留めていないただのぐちゃぐちゃ

翌日の新聞の見出しにはこのようなことが書かれていた

『中高年がぞうさんに噛まれて死亡、噛んだぞうさんに悪気なし』


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