ムニエルのなんやかんや冒険

川野マグロ(マグローK)

第一話 完結

 両親はでかけた。

「「行ってくるねー」」

「行ってらっしゃい」

 パッチミーは両親が出かけたことで自由になった。

 しかし、パッチミーは覚えている。両親の言いつけのことを。

 父は、

「家の外にでないように」

 と言い。

 母は、

「戸締まりをよろしくね」

 と言っていた。

 パッチミーはわかっていた。わかっていながら外へ出てしまった。

 なんだ、なんでもないじゃん。パッチミーは平和そのものの外に油断していた。

 そこに現れたのは、禿頭のやせ細った白衣の男だった。

「君、両親は家にいるかい?」

 パッチミーは両親の不在を伝えてはいけないとは言われていなかった。

「いないよ」

「そうかい」

 パッチミーはそこまでしか覚えていない。以降何が起こったのか、どうして自分がいつもの場所にいないのかすらわかっていない。

「へへへ、王女様がこんなにチョロいとは」


「キャー」

「ウオーン」

 パッチミーの両親は家へ帰ってきた。それぞれ叫び上がったのは娘がいないからだった。

 誰に何をさせようと、どこに誰を行かせようと、娘は出てこなかった。

 城内は明らかにいつもよりも静かだった。

 王は悔しかった。自分たちがいないだけで、誰かにとってこんなにも都合のいいように事が運んでしまったことが悔しかった。

 それでも、王は冷静だった。

 直ちに、統治下すべてへ、

「王女を助けよ」

 とお触れを出した。

 街はそれにより大混乱に陥った。誰も彼もが誰かを疑いとても生活を続けられる様相ではなかった。

 その上、王の誤算は名乗りを上げたのが一人しかいなかったことだ。

「私が行きましょう」

 そういったのはどこの誰でもないただのムニエルだった。

「よく言ってくれた!」


「あーは言ったもののどうしたら」

 ムニエルにはパッチミーを助ける頭脳はなかった。

 ただ、今の人が人の体をなしていない半狂乱の街の中から出たかっただけだ。

 そして、出てしまってから思ったのだ。

 王女様はどこにいるのだ。

 それがわからなければ何をどうすることもできない。

 しかし、出てしまった以上何もしないわけには行かない。そんな責任がムニエルの中にはあった。

 ムニエルはただ途方もなく歩き続けた。町の外の地理感を持っていたムニエルはとりあえず近場の村を目指した。

 村の先にはなにやら巨大な物体が目に入ったが無視して村へと入っていった。

 ムニエルはここでも失敗した。

 王は王女の話を統治下すべてへ伝えたのだ。

 つまり、少し離れた村の状況は街と殆ど変わらないのだ。

「ちょっと若者、おい!」

「はい?」

 入るなり急に話しかけられ、こんな状況なのだから出て行けとでも言われるものだとムニエルは予想した。

 だが、そうではなかった。

「いや、何だ?あの巨岩をだなー……」

 どうも歯切れが悪い様子の無骨な青年。若者とは言われたがきっと年はさほど変わらないだろう。

 指差す先には、入る時に目に入った巨大な物体。どうやらそれは、岩だったらしい。見たこともない大きさの岩だった。

「あ、あー通れないですよね。あれじゃあ」

「そう、それでお前さんよりも強そうなやつでも壊すことはとうとうできなかった」

 ならば、王女様を助けるためにもまずはあの巨岩をどうにかするべきか、とムニエルは思った。

 なおも青年は話を続ける。

「で、どうにかできそうなやつを俺は知ってるんだ」

「じゃあ行けばいいじゃないですか」

 その言葉に、青年は顔をしかめた、何やら事情があるらしいことはムニエルでもわかった。

「実は、腹が減って動けないんだ」

「そんなことなら、代わりに行ってきましょうか?」

 救いの手を差し出したつもりだったが、青年は首を縦に振らなかった。

 こうなるとよほど面倒な人なのだろうとムニエルは思った。

「あ、いや、お前さんが信用できるかを確かめたい」

「へ?」

 どうやら面倒なのはこの青年らしいことをムニエルは悟った。

「てな訳なんで、なにか食べ物を持ってきてくれ」

「何故そうなる」

 しかし、ムニエルは困っている人を助けずにはいられない性質だった。

 王女様救出も理由には一応王様を助けたい気持ちが含まれていた。

「まあ、頼まれてくれや」

 ムニエルはそこで持っていたパンとりんごを差し出した。自分を犠牲にして他者が助かるならというのはムニエルの基本だ。ただし、ムニエルの安全が確保されている場合のみだが。

「あっち」

 青年はパンとりんごを食したあとただ指差した。

 先にあるのはただの山のように見えた。


 道中の険しさから騙されたかと思ったが、山小屋が見えてからはリラックスした気持ちが戻ってきた。

 しかし、待っていたのはただの老人のように見えた。

 その上、

「はぁ、どうしたものか」

 と困っている様子でもあった。

「どうかしたんですか?」

「あ、いや、巨岩をじゃな?」

 雰囲気と様子から不安になっていたムニエルだったが、その言葉に希望を感じた。

「どうにかできるんですね?」

「いや、うちにはただ、どうにかできそうな剣があるだけじゃ」

 ムニエルは落胆した。この上さらに何かしなくてはいけない予感もあった。

「俺はあなたに会うよう村の青年に言われたものです」

「ほう、しかしなぁ」

 老人の様子がムニエルには青年と被って見えた。

「信用できないのですね」

「まぁな、ムッ」

「キャー、助け」

 ムニエルはすでに川に向かって走っていた。

「あの娘が、わしの孫がぁ」

 老人はムニエルへと頼もうと視界を戻した。

 しかし、

「お?もういない」

 再び視界を川へと移すと、そこにムニエルと老人の孫の姿があった。

「あーもう助けてきた?」

「無事でしたよ。痛い」

「乱暴よ。やり方が」

 ムニエルは思った。ひどい助けてぶたれるとは、と、しかし、

「それでも無事で良かった」

 ムニエルはそのことで深く安堵していた。

 娘はその顔に、その言葉に深く惹かれた様子だった。

「ええい!感謝じゃ!これをくれてやるわ!二度と来るなよ!」

「あ、ありがとうございます」

「気をつけてね」

 乱暴呼ばわりされたときとは違う娘の様子にムニエルはドギマギしたが、

「はい」

 と答えて、山小屋をあとにした。

「あの人、かっこよかった」

「何がじゃ!まったくもう!」

「おじいちゃんにはわかんないわよ」

「なーにがおじいちゃんじゃあ!」

 というやり取りはもうムニエルには届いていなかった。


 ムニエルの体は鍛えられていた。

 普段からの農作業によりしなやかだったが、強い力を持っていた。

 そのため、老人からもらった剣も難無く使うことができた。

 ムニエルはその剣の一振りでこの世のものとは思えない巨岩が真っ二つになった後粉砕した。

 村の人によると巨岩は例の禿げた科学者が通ったあとに落ちてきたということだった。

 そう、この場所は明らかに怪しく、危険も多そうな雰囲気なのだ。

 しかし、ムニエルは勇敢にも怯えず、騒がず一歩一歩しっかりと踏みしめ進んでいった。

 結果、罠もなく科学者のもとへとたどり着くことができた。

「くそう、な~んで一個も引っかからないんだよぉ!」

「知るか!さあ、王女様を帰してもらおうか」

「ふぁふふぇふぇー」

 王女様の口には何かが貼り付けられまともに声も発せられないようだ。

「この外道が」

「うるさい!あの巨岩をどうにかできるモンスターめぇ」

 そう言うと科学者は手に持っていた赤いボタンをとうとう押した。

 洞窟上のこの場所は大きく振動を始め避けた地面から人程度の大きさの金属質な物体が出てきた。

「こいつはぁ、さっきの巨岩も目じゃないぜぇ」

「テリャー」

「グァー」

 巨岩も目じゃない金属はムニエルの前にあっけなく叩き切られた。

 しかし、その爆発の破片が王女のもとへ飛んでいった。

「あぶない!」

 破片はとうとうムニエルの額の大きな傷を残した。

「仕方ない」

 今まで怪我をしたこともないムニエルにとっては後にも先にも確かに巨岩なんて目じゃない存在だったと記憶へ焼き付かれた瞬間だった。

「ええい」

 ムニエルは王女の口についていたものを剥がす。

「ありがとう」

「う、まずいぞ早く逃げないと」

 と同時に洞窟は崩落を始めた。

 ムニエルは混乱していた。しかし結果としてこの行動は正しかっただろう。

「ちょっと失礼」

「キャッ」

「ウオォォー」

 というやり取りでムニエルは王女様を抱えて走り出したのだ。

 王女はそれでも額の傷が心配だった。

 それを察したムニエルは、

「大丈夫ですよ」

 そう言ってとにかく走り続けた。

 ムニエルの能力によれば洞窟からの脱出は容易だった。


「ハァ、少し休みましょうか」

「ここなら安全かな?フッ」

 さすがのムニエルも長時間の全力疾走は体にこたえた。その上額の傷から後が止まっていなかった。

 しかし、王女の治癒術によりみるみるうちに体力、そして、血も止まった。

 町一番治癒術士の王女であっても破片の傷跡までは消すことはできなかった。

「そんな」

「ありがとうございます。どうかしましたか?」

「い、いいえ?いいのよこれくらい」

 ムニエルは王女の戸惑いも、接近者の存在も疲れから気づくことができなかった。

「フハハハハ!スキあり!」

「何ッ!クッ、ウワアーーーーー」

「そんな、あなたは一体?」

「フッフッフッフッフ、ハーハッハッハッハー」


「グハッ、いった!ウッワ何この高さ!」

 落ちたとこそれは崖だった。

 ムニエルは高さ50mはあるであろう崖から受け身もとらずに落下してしまったのだ。

 幸いムニエルの老人からもらい持っていた剣の力により無事だった。

 しかし、剣はその力を使い果たし巨岩のごとく粉々になった。

「どうした若者」

「えーと落ちました」

 今度こそ若者と言われても差し支えない相手と会うことができた。

「あそこからか?」

「はい」

 その返答に老人とも青年ともつかない中年の男性は、

「なら、農作業をやってくれたら今晩泊めてやろう」

 と言った。

 ムニエルは即断した。

「やりましょう」

 理由は様々あったが、冷静さを取り戻すためいつもの行動を取りたいという本能が一番強かった。

 そう、本来のムニエルの肉体の使いみちは農作業だ。決して人助けでも剣でもない。

 ただ、そのことは中年の男性もわかっていた。わかっていて楽をするため利用することを考えた。

「たのもしいな」


「ありがとうございます」

 ムニエルは楽に仕事を終えた代わりになかなか寝付くことはできなかった。

 農作業は好きでありいい疲れも得られたのだ。

 しかし、王女様のこと、突き落としてきた者のこと、そして、ベッドのことで眠ることができなかった。

 中年男性の家ではムニエルにあったサイズのベッドがなかった。

 そのため、寝ることに苦労したのだ。

「ところで、上に登る方法って知りません?」

「えーと、あれは、あの断崖は?」

 それはムニエルの落ちてきた断崖だった。

 冗談だとはわかっていたがそれができたらムニエルは今ここにはいない。

「登れませんよ」

「だよねー、つーことは、あっちに丘みたいになっているとこがあるぞ」

 方角はちょうど戻るべき方向だった。

「本当にありがとうございました」


「ハァハァ、泥だらけじゃねぇか!」

 丘は沼のようにぬかるみ、よく滑った。

 そのことでムニエルも登ることに苦戦した。

「くそー」


「只今戻りましたーってば」

「げ」

 そう、ムニエルが帰るまでに色々あったのだ。

 ときはムニエルが丘の市を尋ねているときまで遡る。

 場所は、王の城。

「帰りましたよ」

「それでは」

「お父様違いますこの人じゃありません!」

 そう、ムニエルを突き落とした人物は手柄を自分のものにしようとしていたのだ。

「わー、わー。なーんーでーもー?」

「なんじゃ、パッチミー」

 偽物は騒ぎ立てパッチミーの主張は父である国王には届かなかった。

 しかし、パッチミーは諦めない。恩は本物に対してあるのだから。

「ですから」

「あーあー、俺です。俺ですから」

 偽物も諦めなかった。パッチミーの主張が届く前に大声を上げ国王の耳に届かぬようにしている。

 周囲の衛兵も何が何だか分からないといった雰囲気だ。

 このごたごたした状態はさらにややこしくなる。

「只今戻りましたーってば」

「げ」

「お?二人?」

 そう、国王は誰が王女を救いに行くと申し出たかを記憶していない。

 この本物の登場にも正しく反応できなかった。

「これは一体?」

「お前は俺を突き落とした」

「本当か?」

「ち、違いますよ?」

「お父様あの人です」

「俺です俺」

 誰もが別々の主張を展開し状況は悪化していく。

 それを危惧した国王はとうとう現実を知る存在を頼ることにした。

「ええい、わからん、わからん。わしにはわからん。でパッチミーあれだ。あのー、あれ、何かない?」

「え?えーと」

「俺ですからね?」

 親子と会話の途中でも偽物は主張をやめなかった。

「うるさい!」

「はい」

 そうこうしている間にパッチミーは本物のムニエルから本人しか持ち得ないものを見つけ出した。

「額の傷を私が治しました。ただ傷跡までは治せなくて」

「ほうパッチミーでも、そんなやつが、では額を見せてみたまえ」

 そうパッチミーは優秀な治癒術士なのだ。そのパッチミーでも治せないとなると相当なものだ。

 そしてこれは決定的だった。

「クッ」

「ハア?あとから来たばっちいほう?」

「そりゃばっちいですよ」

 この本物のほうが汚いということも問題を難しくしていたのだ。

「ね?言ったでしょ?」

「むう、ではあの者は?」

「くそう、こうなったら俺がここを爆破してやるぜー」

 偽物はそんなことを言い出すや体に巻き付けたダイナマイトに火をつけた。

「やめるんだー!」

 ムニエルはとっさに偽物を白の崖下へと突き落とした。

 窓ガラスを割った為咎められたもののそれ以上の価値ある行動だった。

「うわー」

 最後も大声を上げ落下したが下は水だったため飛沫がムニエルのところまで届いた。

 運が良ければ助かっていることだろう。

「あ、危なかった」

「じゃばっちいから風呂へ」

「ばっちい言うな!まあばっちいのだが」

「パッチミーが案内する」

「私が?」

「いいじゃろ?」

「はい!」


 ムニエルはつかの間の窮地を乗り越え安心しきっている。

 もう自分に問題は降りかかってこないだろう。そう自分に言い聞かせている。

 人生というのは概して油断してしまったときに起こってほしくないことが起こるものだ。

 それが、油断によってできていたことができなくなったからなのか、油断によって気づけなくなっていたのかは人によるだろう。

 今回は幸いに傍目から見たら問題ではないだろう。

「ありがとう覚えててくれて」

「いや、私が助けてもらったほうだから」

「そう?」

 ムニエルの普段の生活は決して裕福ではなかった。

 殆どの時間が農作業で終わるため頭脳の方に時間を回せていないのだ。

 それでも今まで特に不満もなく生きてこられたのはムニエルの異常なまでの愛だ。

 実を言うならムニエルの作業時間は他よりも大幅に多い。

 にもかかわらず収益に関しては他と大差ないのは単に趣味に片足を突っ込んでしまっている状態からだ。

 しかし、今まで破綻せずに生きてこられたことの一因もこの愛のおかげとも言えるためどちらがいいのかは誰になんと言われようと揺るがない。

 愛だ。

「でも、僕も助けられたからおあいこさ」

「そうね」


 先程も述べたとおりムニエルは時間を農作業に割きすぎる。

 風呂もこれがいつ振りなのか本人も認識していないことだろう。

「くはーゆっくりゆったり、気持ちいいー」

 そのため、風呂の豪華さよりも風呂に入ることでの癒やしが彼を一時現実から引き剥がした。

「グアアアアアアハハハハー」

 突然、窓の外からの声、ムニエルはその聞き覚えのある声で再び現実へと引き戻された。

「お、お前は!」

「地獄のそこから舞い戻ってきてやったぜ」

「くそう、なんてこったい」

 その人物は、ムニエルを名乗り、功績を奪おうとしたムニエルの偽物だった。

 ムニエルはそんな人物の出現にとっさに警戒した。

 しかし、

「でも、もう何もしねぇよ。観念したぜ」

「そ、そうか」

「じゃあな」

「強く生きろ、とは言わんが、まあ、気をつけろよ」

「ヘヘッ」

 それだけ言い偽物はムニエルのもとを去った。

 彼が本当に観念し、善行を行ったのかは彼のみぞ知る。


「げっ、俺の服がねぇ!」

「あるけどねぇ!」

「何だこれ?「これ着てね♡」じゃねぇわ!」

「とか言ってたのに着てくれたの?」

「裸で出るわけにはいかないんでね」

 そう、ムニエルの着ていた服はばっちいという理由で処分された。

 そして、ムニエルにはふさわしい服装として新たな服が用意されていたというわけだ。

 ムニエルにとって処分されてしまった服はお気に入りだった。

 それだけにショックは大きなものだったと思うだろう。

「フフ」

「なんですか?」

「似合ってますよ?」

「そ、そうですか?」

 ムニエルには女性に服装を褒められるということが今までなかった。

 そのために、ムニエルにとってのお気に入りは記憶から一瞬にして薄れていくこととなった。

 そもそも、興味は基本服にはなかったもののため、あくまでも持っている物の中でということだったのだからそれも当たり前の道理だろう。

 ムニエルはその有頂天のままに玉座の間へと再び連れてこられた。

「じゃ、これより、始めるぞ」

「何をですか?」

「パッチミーとムニエルの結婚式じゃー!」

「えー?えー?」

 こうしてムニエルは幸せになりましたとさ。

 めでたしめでたし。

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