第127話 もっと大きな声を出して!

 神様の町の夏祭りは、一週間余り続いた。

 娘と一緒に帰郷した二日間以外は、一人で残ってボランティアスタッフを務めた。

 早朝の神殿掃除や宿舎の夜警を一人でこなすのは、肉体的には楽だったが、強制執行があったらどうしようと心配した。もし執行官が来ても、債務者である私がいなければ執行不能なのだが、狂った妻が大騒ぎするのも恐かった。


 お茶所では、前列と後列で役割が異なる。

 主に前列は、高校生がお茶を汲み、大きな声でお客さんに呼びかける。

「お茶、いかがですかー! お茶どうぞー!」

 若い男女が何度も何度も声を張り上げる。


 私を含む中年男性は、後ろでプラスチックの湯呑を洗い続ける。学生に代わって、おじさんが大声を出して、お茶を提供する時もある。

 宗教の学校のクラスは男女別々であり、高校生を除けば、他の男性クラスと合同のお茶出しチームは、全員が男である。

「お茶いかがですか~! お茶どうぞ~!」

 湯呑を洗う男性陣も、前列の高校生を補佐して、後ろから低い声を上げる。


「神代さんも、もっと大きな声を出して! ストレス解消にもなるから」

 クラス担任の山野先生が、湯呑を洗いながら遠慮気味に呼びかけていた私に声をかけた。

 何か、不思議な違和感があった。

 流し台の後ろで、蛇口から流れ続ける水で湯呑を素手で洗い、洗い終われば、片隅の布巾係が水気を取って、最前列に運ぶ。

 洗い場の声は水音に紛れて前へ届きづらいし、後ろで張り上げても日よけのテント屋根の中に響くだけで、お客さんにはほとんど聞こえないだろう。

「お茶いかがですかー! お茶どうぞー!」

 山野先生の指示に従って、声を張り上げてみた。

 違和感だけが残った。


「神さんに会える」

 雅楽会の会長さんの言葉を素直に信じて、神様探しを続けてきた。

 学校が始まる前、電話で言われた言葉、

「神さんが、奥さんの気持ちを少し変えてくれたらいいのに」

 その一言を聞いた夜に、私の気持ちが変わった。

 娘を守って、どこまで逃げていけるだろうか。必死の思いは、ふと憑き物が落ちたように変化した。

 それ以来、「神さんに会える」と言われてここへ来たことや龍笛が見つかったことを先生に話し、他の人の神様に会った体験談を聞いた。


「もっと、大きな声を出して!」

 山野先生の言葉は、湯呑洗いの場に適していない感じがする。

 この時は違和感だけだったが、その後、心の底から大声を出す機会があり、その出来事をきっかけに私自身の態度や行動が変わっていく。


 神様とは直接関係ないかもしれない。

 目に見える形で、神様はつらい状況から守ってくれないかもしれない。

 狂気の母親が子の連れ去りを決行し、家庭裁判所では調査官が調査報告書に嘘を書いてまで、母性優先を通そうとする。

 中世の魔女裁判と何ら変わらぬ、理不尽さ極まる家事審判。裁判という異常な世界では、裁判官や調査官から一方的に虐げられる弱い立場の親が存在する。その親の弱さにより、子供たちが犠牲となる。

 家裁によって事実を踏みにじられ、申立人と代理人弁護士の一方的な嘘に従って、子供たちは、大好きな親や住む家を選ぶ権利を奪われる。


「もっと、大きな声を出して!」

 この日本では、北朝鮮の拉致同様、国内において、突然の我が子の連れ去りが行われている。

 家庭裁判所は、中世の魔女裁判同様、一方の嘘を信じ、自ら嘘の上塗りをして、子供たちの基本的人権を踏みにじる。

 この日本では、一方的に母親に子供を連れ去られ、弁護士の教唆によって、DVをでっち上げられ、子供と会う権利を奪われる父親母親が存在する。真実を見極めようとしない理不尽な裁判で、監護権と親権を奪われ、自死を選ぶ親が存在する。

 こんな異常な国家が、二十一世紀に存在し、先進国を名乗ることを許してよいのだろうか。

 多くの政治的な問題と同じく、事実を隠蔽され、国民の記憶から抹消されるのを手をこまねいて待つだけでよいのだろうか。

 犠牲者は、我が子である。

 このままで、良いはずがない。


「もっと、大きな声を出して!」

 広く、国民の目に触れるように。マスコミに大きく取り上げられるように。国会で、連れ去り問題が解決されるように。

 この国が抱える親子の問題が明るみに出て、家裁の理不尽さが大きく世間に知れ渡り、我が子に会えない親が存在する異常な状況が改善されるまで、家裁地獄を経験した一人一人が、我が子の未来のために、大きな声を出していかなければならない。


「もっと、大きな声を出して!」

 諦めることなく。


「もっと、大きな声を出して!」

 弱気にならずに。


「もっと、大きな声を出して!」

 我が子のために、まだきっと何かできることがあるはず。

 今も、そう信じている。

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