第70話 未来の「ありがとう」のために
平成二十五年三月、家庭裁判所は、実際の育児の状況を見極めることはなく、家庭内でわめき、娘に「おかあさん、こわい」と言われていた母親を監護者とした。
その時の弁護士さんの言葉を、今もしっかりと覚えている。
「法律には抜け道があります。強制執行で連れ去られないようにしてください。徹底抗戦しましょう。
何も知らない世間は、母親の味方をするかもしれない。
崇司さん、あなたは、裁判所の命令に背いて、子供を母親に引き渡さない悪人になります。
それでも、いつか娘さんがあなたに『おとうさん、ありがとう』と言ってくれるなら、世界中を敵に回しても、娘さんを守って戦うことに意味はあるし、あなた自身が悪人になったとしても自分でも納得されるんじゃないですか。」
それを聞いて、涙があふれた。
守りたかった家庭。
新しい家まで建てて、生まれて初めて築いた家庭。
結婚前、妻と外壁や壁紙などを一つずつ決めて、建てた我が家。
子供は二人を予定して、子供部屋を二つ用意した。
連れ去り後に分かったことだが、子供部屋には、買ったまま包装も開けないギフト用のベビー服、妻が友人からもらった大きなビニール袋に入ったままの子供服、新たに追加で買って袋に入ったままの皿、いろんな物が、一度も使われることもないまま残されていた。
計画性の無さというのか、そういう不思議な人だった。もしかしたら、発達障害を持つ人には、理解してもらえる部分があるのかもしれない。
もし妻が秘密を打ち明けて、穏やかに平和な家庭を維持できるなら、なんとしてでも理解してあげたかったと心から思う。
ごっそり服が消えた妻の洋服ダンスには、県外のショッピングセンターで私のカードで買った服が、値札も外さないまま吊り下げられていた。要らないなら、なぜ買ったのだろう。
妻と我が子のために、土地探しから始めて、二十五年ローンで建てた新築の家。娘の口をわしづかみしたことを諫められ、妻自らが心行くまで徹底的にぶち壊した家庭。
これから、すべてを失う。
すべては、文字通りの「砂上の楼閣」だった。
きっと、精神的に問題を抱えた女性と知り合った日から、破滅は始まっていたのだろう。
公平でも中立でもない家庭裁判所という公的機関に、正義はない。真実を追求する姿勢も、子の福祉や幼児の基本的人権を守ろうとする意思もない。
私だけは、娘のために、「正義の味方」になろう。
アンパンマンのことをバンパンと呼んだ、二歳の娘。コンビニで買ったアンパンマンのおもちゃを小さな手で握りしめ、「バンパーン」と泣いた娘。その姿は、今も心に焼き付いている。
そうだ おそれないで
この子のために 愛と勇気だけがともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい君は
いけ! 娘の夢まもるため
力を貸してよ、アンパンマン。
目から涙がこぼれる。
この日、私は、娘のために、「悪人」になる覚悟をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます