第64話 お父さんと来たい~

 嘘を見抜く力も真実を見極めようとする意思もない家裁調査官の調査報告書によると、あれだけ異常行動を繰り返した妻が、娘の育児をしていたことになっていた。報告書の結果を受けて、理不尽な審判が下されることは目に見えていた。強制執行という暴力的な方法で、娘が合法的に拉致されていく恐れがあった。

 裁判所は否定するだろうが、国家権力による強制的な幼児の奪取という方法は、一人の人間をただの差し押さえ品だと考える、家庭裁判所の人間的・倫理的・道徳的に歪んだ認識が如実に表れている。


 妻との別居以降、私と娘はどこへも出かける機会がなかったが、平成二十五年三月以降は、娘とドライブに行きまくることにした。国家権力によって奪い去られる前に、娘にたくさんの思い出を作ってあげよう。

 お父さんといて楽しかった。いろんなとこへ出かけた。いっぱいいっぱい遊んだ。そんな楽しい思い出をプレゼントしよう。

 ああいう母親を持ち、否応なく片親になる不遇な境遇の前に、思い切り楽しい思い出を残してやろう。

 一つ一つの出来事は、成長とともに記憶から消えて行くかもしれない。

 それでも、自分を愛してくれる人がいた、自分を大事にしてくれる人がいたという記憶は確実に残るだろう。

 その思いさえあれば、母親のように、嘘で身を守り、誰も信用できず、平然と誰かを裏切る人間にはならないはずだ。

 海沿いの観光施設や花畑のドライブに始まり、動物園、遊園地、アンパンマンミュージアム、引き渡し前のディズニーランド、ディズニーシーまで、何度も何度も繰り返し出かけた。

 海を見下ろす山の上の花畑で、私と並んで大きな口を開けて笑う娘の写真が、今もアルバムの最初のページを飾っている。

 初めての動物園では、入口でもらった地図にある動物の写真と、実際の動物を一つ一つしっかり確認しながら三輪車で進んでいった。その研究熱心な二歳児の姿は、将来どんな人になるんだろうと私の心をときめかせた。

 海沿いの洞窟にある観音さまにお参りした日のこと。

「娘を守ってください」

 娘を思う父の願いは、きっと届くはず。

「また新婚旅行で来てね」

 帰り際、受付のおじさんに、そう声を掛けられた。

「シンコンリョコウってなに?」

 初めて聞く言葉の意味を、チャイルドシートに座る娘が私に尋ねた。

「大きくなって、メイちゃんが好きになった誰かとまた来てねっていう意味やね」

 そう答えた途端、駐車場から出ようと走り始めたところで、大泣きを始めた。

「いや~、ほかの人とは来ない~、つぎもお父さんと来たい~」

 そう言って泣く娘をなだめる。

「そうやな、今度来る時も、お父さんと一緒に来ようね。

 大丈夫、大丈夫。また一緒に来ようね。

 ありがとうね」


 ありがとう。ありがとうね。

 ひとつひとつの思い出が、私の胸の中で、ダイヤモンドよりももっともっと強い光を放って、今も輝き続けている。

 大事な大事な思い出は、家庭裁判所の理不尽で暴力的な権力でさえ、絶対に奪い去ることはできない。

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