第55話 ただ一度の審問
十二月二十八日、嘘の申立書によって開かれた家事審判は、たった一回の審問で終わる。
いろいろ裁判官や調査官に聞かれたことに答えたが、記憶に残っているのは、裁判官との一言のやり取り。
「家に娘さんを連れ戻したことで、家庭の状況が悪くなると思いませんでしたか」
「思いません。娘の身の安全を最優先しました」
裁判所にとって、妻の実家から娘を無断で連れ帰ったという事実のみで、あとは嘘であろうと何だろうと、どうでもいいことだったのだろう。
弁護士さんも、答弁書で、私が無職ではないことや育児をしていたことなど、いろいろ反論を書いてくれたし、その後、私も妻のこれまでの状況を書いた陳述書を提出したけど、一切無視。事実かどうか分からないことはどうでもいいし、仕事をしていたことは事実として分かることだが、家庭裁判所にとってはどうでもいいことだった。
審判の前、通知書に名前が書かれている書記官に電話して、妻がカウンセリングを受けていることを伝え、それに配慮してほしいとお願いしたが、結局は何の配慮もなかった。家庭裁判所にとって他人の家庭が壊れて行くことなんてどうでもよかったのだろう。
年が明けた一月十日、裁判所で調査官による調査。妻の調査は前日に行われていた。審判の時は、年輩と若いのと二人いたが、調査当日は、三十歳くらいの若いほうだけ。時間は約三時間で、最初の一時間は、実際に私が仕事している事実を知らせるための資料などに関して、コピーを取りまくっていた。
調査の終わり頃、妻がカウンセリングを中断したと若い調査官が告げた。書記官にお願いしたのに、完全に裏切られた形だった。
「なんでですか!」
あわてて聞き返した怒った表情に、若い調査官も焦ったのだろう。ごまかそうとしてヘラヘラ笑った顔で、何のフォローにもなっていない弁解の一言。
「カウンセリングなんて効果ないから、いいじゃないですか」
必死で家庭を守ろうとして、片道四十キロを車で走って、心理臨床センターまで通ったが、自分でも効果がないかもとは感じていたけれど、家庭の問題を他人から言われる筋合いはないし、ましてや家庭裁判所の調査官が言う言葉か。こういう家裁の調査官の発言の端々から、他人の家庭なんてどうでもいいという思いが伝わってきた。
調査が終わって、部屋を出る時、最後に私から尋ねた。
「この裁判は離婚みたいな悪い方向へ向かっているんでしょうか」
若い調査官は一言。
「そう思います」
正直な若者ではなく、正直すぎる馬鹿者だと思った。
他人の家庭を破壊している自覚があるなら、家庭裁判所という名前はやめて、いっそのこと家庭破壊所にすればいいのに。当時は、裁判所と言うものを知らなくて、それでもまだ期待していたから、若い調査官を叱責することはなかったが、今なら即座に怒鳴っているだろう。
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