第22話 代わってあげたい

 娘が風邪をひいて、嘔吐と下痢を繰り返した。生まれて初めての胃腸炎だった。

「お父さん、おなかいたい」

 そう言って、私に抱きついて、嘔吐する。

 何度も苦しそうな姿を見せて、私の胸の中で、嘔吐を繰り返す。

 病院で診察は受けたが、ビオフェルミンをもらっただけで、先生から免疫ができるまで仕方がないと説明を受けていた。下痢で菌が体外へ出てしまうまで、手の施しようもない。

 もだえるように吐く娘の背中を撫でながら、親として何もしてあげられないのが悔しくて苦しくて、娘を抱きながら涙が流れた。

 自分が小さい頃、風邪をひいて寝込むと、祖母が「かわいそうになぁ。代われるものなら、代わってやるんやけどなぁ」と背中をさすってくれたことを思い出した。

 大人の自分なら一人で下痢と嘔吐に耐えるだけだが、幼い娘が苦しむのを見ているだけで助けてあげられないのが、心の底からつらかった。


 日中、私の父が世話をしていた時に、娘のタオルケットが汚れ、それを父が水洗いして、洗面台に置いてあった。妻は、夜に洗濯をする時、そのタオルケットのことで腹を立てた。洗いたいけど、どこが汚れたのか分からないと大声を出し始める。

 いつ吐くか分からないため、下のリビングで添い寝をしていたが、そこへ妻が怒鳴り込んできた。

「悪かったから、もうやめてくれ」

「やっと吐くのが収まったんやから」

「まだ熱が高くて、つらいんや」

「今、落ち着いて寝ているから、大声を出さないで」

 声を潜めて、何度も妻を説得する。

「起きてしまうとかわいそうだから、廊下へ行こう。頼むから」

 何度も頭を下げても、妻は廊下へ出ることもなく、リビングのドアの前でわめき続ける。

「どこが汚れたんか分からんと、洗濯ができんのや!!!」

 私の説得は功を奏さず、この地獄絵図は一時間以上も続いた。タオルケットよりも大切なものが目の前にあることが、彼女には分からないようだ。

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