第20話 「お母さん、だめー!」
あと一か月で娘が二歳になる頃。
私と娘、そして妻との関係には、はっきりとした明暗ができていた。
三人でショッピングセンターに出かけた時、私がトイレに入ると、トイレのすぐ前で、妻に抱かれた娘は、「お父さーん、お父さーん」と大声で泣いた。他のホームセンターに出かけた時も、同じだった。
トイレから出ると、娘はすぐに私のほうに手を伸ばし、抱きついてきた。
ショッピングセンターで幼児用カートを押す時、公園で三輪車の手押し棒を押す時、後ろから押すのは、いつも私だった。
妻が押そうとすると、娘は必ず
「ちがう、ちがう。お父さん押して」
と妻に手を振り、私を呼ぶ。
何が違うんだろう。ただ、安心できるからなのか。
妻と交代しないように、時々、後ろを振り返って私の姿を確認していた。
その頃になると、娘もだいぶ強くなったようだ。
私が食卓で、向かいに座る妻に罵られていると、私の隣で娘が大声を出した。
「お母さん、だめー!」
「ちがーう!」
「やめてー!」
妻の言葉をさえぎり、必死に小さな手を振る。
もうすぐ二歳、たった二歳の娘が一生懸命、お父さんを守ってくれた。
ありがとう。本当にありがとう。
きっと二人は、あの恐怖の家庭で、お互いを守り合った戦友だった。
裁判所が不当なやり方で、お父さんを悪者にしていたあいだ、家庭が壊れていくことが申し訳なくて、たくさん涙を流したけど、あの時の必死な姿を思い出して、裁判官や調査官や執行官と必死に戦った。
お父さんを必死に守ろうとした小さな勇気が、お父さんの弱った心に勇気をくれたんだよ。
本当に、ありがとう。
ずっと一緒に居てあげられなくて、ごめんね。
お父さんは、今も、あの時の君の姿を思い浮かべながら、この文章を書いています。
「お母さん、だめー!」
食卓で隣に座る君の声、お父さんはぜったいに忘れない。
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