実験の目的!

 声と共に添えられた小さな可愛らしい手。


 その手は震えを抑え込もうとはせず軽く握っているだけなので、同じ様に小刻みに震えていた。


 握られたことには気が付いた、がその手の持ち主の名が直ぐには思い浮かばないほど、狼狽していたのだ。


「え……エリス……」


 その手に気付く事なく、焦点のあっていない目でエリスを探しながら何とか声を絞り出す。


 様子を伺っていたエリスが無言で歩み寄る。


「お……思いが……も、もし……もしもよ……絶対に……絶対に叶わない……って気付いたら……力は……どうなる?」


 周りの者は訳もわからず二人を見る。


「…………使ったらお終い……ダネ」


 エリスはエマが何を聞きたいのかを察したようで、何も聞かず一言だけ言い残念そうに首を振った。


 初めて見せた真剣なエリスの顔を見て、ゆっくりと視線を自分の手に戻す。



 誰も「時の流れ」と言う大自然の摂理には逆らえない。


 そう、この先どこまで進もうとも、桜は「贄」として「消失」を止める力は残ってはいないと気付いたのだ。


 それは気付けたこと。





 桜の一番大切で、そして切ない、何の変哲もない普通の願い。


 そして「力」のみなもと



 その「願い」があったからこそ、幸せな未来を守るために苦渋の決断をしてまで親元を離れたのだ


 ただ……その思いは叶わなかった。



 妹に自分が切望した未来を託し、自分だけの犠牲で済まそうと旅立った。


 ただ……その願いは叶わなかった。

 だからあんなにも悲しそうな顔してたんだ。

 二度と願いが叶わないと知っていたんだ。




 そして……願いを託された方の椿は……桜の力の源となる「願い」の内容までは知らなかったのだ。



 レベッカから教えて貰うまでは……





 そもそも桜の思いは「贄」としてそぐわなかったんだ。


 あの時、椿が一緒に旅立っていたとしても「桜の思い」はどうやっても叶わないのだから、本人達の決意に拘らず、いずれにしても力が足りず、どう足掻こうとも成功はあり得なかったと思う。





 それは思いの源の一端を担うが存在していない今も……





 だから「力」を使った。

 もう帰れないと悟り、帰還用に大事に残しておいた「力」を皆の為に惜しげもなく使い、最後に椿が来るのを期待した。




 私はその桜をもう一度「贄」として、役目を果たして貰おうとしていたのだ。






 頭が真っ白の状態が暫く続く。


 だが不意に手に温もりを感じたので意識を向けると、小さな手が自分の手を包む様に添えられていた。


 とても優しく、包み込むように。



「良かった……少し落ち着きましたね」



 目を開けてはいるが反応が全くなかったエマの目が動き始めたのを見て、和かに笑みを浮かべてから隣で待っていた姉に視線を向ける。

 すると姉は手に持っていたティーカップをそーとエマに差し出した。


 ここでやっと手を握ってくれていたのがランであると気付く。

 用意してくれた味のしない紅茶を一口飲んでから、皆にゆっくりと順を追って説明をしていく。



 話を聞きながらエマを見守るラン。

 ランの隣ではラン八割、エマ二割の割合で交互に見つめるリン。

 ランの後ろでは目をパチクリさせてエマを見ているエリス。

 エマの左右には菜奈とエリーが、後ろには菜緒がそれぞれエマの肩や腕に手を添えて。


 その他の者達は話を聞きながら一歩下がった位置で成り行きを見守る。



「つまり「力」の補充はもう二度と出来ないってこと……」



 独り言を言うようにカップを両手で握りしめたまま紅茶から目を離さずに、気付いたことを包み隠さず説明していく。




 桜はあちらの世界で一度「力」を使っている。


「思い」さえ有れば、あちらの世界で「力」の補充は可能なのかもしれない。



 だが「思い」が失われたとしたら?



 もう桜には「消失」を止めることは出来ない……



 話終えるとまた沈黙が訪れる。




 なら椿はどうなのか?




 椿の思いの源。



<大好きな姉といつまでも一緒にいたい>



 これは旅立つ際に椿の力を預かった桜を通して知っている。


 椿からしてみれば自分達に非情な決断を迫り、しかも大好きな姉の願いすら無情にも打ち砕いたなど、どうなろうとも知った事ではないと思うのは、今更ながら自然の流れなのかもしれない。


 ましてや二百年も経った今、両親どころか友人すら存在していないこの世界に未練など有る筈もない。



 こんなにも分かり易い構図なのに、椿の最終目標がどこなのか、何なのかが見えてこない




 あれ? でも…………なら何故今でも椿から力が流れ込んできているの?

 姉とは離れ離れになっているというのに……



「桜の願い」と「椿の目的」を知っているレベッカ。

 そのレベッカは既に桜に力が無い事を知った上で私達に協力する、明らかに矛盾した行動。



 そして傍観者を決め込んでいるアリス。


「エネルギースポット」から得た「力」は「消失現象を治める」ために使うとアリスは言っていた。


 なら「思いからくる力」の使い道は?


 そもそも何故「力」は二種類ある、いや必要なの?


 もしかして使い分けが効く?




 何か大事な事を見落としている気がする。



〈実験体が六人〉

〈「力」をつける〉

〈その「力」に差があったら困る〉



 考えろ。




 ……………………!




 ある事に気づいて顔を上げる。

 周りの者達の視線が集まる。




 そ、そうか! それなら辻褄が合う!



 みんな知っているからこそ手助けしてくれてたんだ。


 だから「チャンスは一度だけ」って言ったんだ。

 だから「今は力をつけろ」と言ったんだ。

 アリスも知っていたからこそ菜緒菜奈を連れて行けと言ったんだ。


 可能な事を桜が身をもって証明してくれたではないか。


 ただそれと引き換えに「思いの力」は桜にはもう残ってはいないだろう。

 補う手段はあるのかもしれないが、桜には無理かもしれない。




 私達が生み出されたのはそのため?




 それと気掛かりがもう一つ。

 それは私の中にある椿の「力」


 これの「残量」次第では……帰れないかもしれない。





「成せばなる……か。ま、約束もしちゃったしね」



 どちらにしても向こうに行かないことには話は始まらない。

 なので約束は果たす。

 ただ成功しても無理なモノは無理。

 そこは神様でもない限りどうしようも無いし、後々三人で解決して貰うしか方法はない。


 そして私のことは自分でなんとかするしかない。




 貰った紅茶を一気に飲み干す。


「取り敢えずやることは決まった! エリス頼むぞ!」


 生気が戻った目を見て、口元を緩ませたエリスが頷く。


 訳がわからず口をパカーンと開けたまま固まる仲間達。

 そんな中ただ一人、ランだけは笑顔を向けていた。


「……ん? 何この紅茶?」

「姉様が用意してくれたんです」


 クスッと笑いリンを見る。

 リンは笑顔になった妹を見て同じく笑顔で頷く。


「エマエマーもういいのかー?」

「うん二人ともありがと♡」


 勢い良く席から立ち上がりランとリンを抱え込むと力強く抱き締めた。

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