オホホホホホホホホ! 十人目!

 昼食を終え三人でワイズがいる医務室に到着した。



 ──誰もいない



 普段なら治療中であれば誰かしらの医務担当アンドロイドがいる筈なのだが今は誰もおらず真っ白な空間、元々の静けさも相まってアイツはもうここにはいないと錯覚してしまう。


 だが一番左奥のカプセルの蓋だけが閉まっており、足元側のモニターが点いていたのを見て引き返さずにすんだ。



 それにしてもいくら動けないとはいえ、一人でいさせるのは危険ではないかい?


 ましてや奴は私達にとって「敵側」の人間に当たる


 いくらなんでも不用心すぎないか?


 でもラーたんは会うこと自体は拒否はしなかった


 もしヤバいなら会わせないか自ら同席するかの対応を取るだろうし……


 何か考えが合っての対応なのかもしれない


 うん、そう思おう!



 その場で空間モニターを呼び出し基地AIにアクセスすると <面会希望?> との聞かれたので頷くと <暫くお待ち下さい> と表示された。


 その場で待つこと約一分。


 <準備が完了しました> とのお知らせが入ったので近付いていくと僅かに風切り音をさせながら蓋が開きだす。




 蓋が開ききる前にたどり着き、足元側からカプセルの脇に回り込みながら中を覗くと、病衣を纏ったロイズが腕に点滴を受け横になっていた。


 点滴チューブ以外には治療中である痕跡は見られなかったが、肌が露出している部分に所々青あざが見受けられた。


 カプセルの脇で暫しの間、無言で眺めるがピクリとも動かない。



 ──仕方ない



 深いため息を一度ついてから声を掛けた。


「ロイズ、起きてるんでしょ? 寝たフリなんかすんな」


 ぶっきらぼうに言い放つ。するとやっと薄目を開けエマの顔ではなく下半身に目を向けてきた。


「お〜久しぶりだね~おいらの可愛いお尻ちゃん~♡」


 プルプルと震わせた腕を腰に向け一生懸命伸ばしてきたが、お構いなく一歩後退り躱す。


「そ、そんな~ご無体な~せめてだけでも~」


 力なく、そして名残惜しそうに腕を戻した。

 どうやら腕を動かすことすら辛そうだ。



 それならジッとしてれば良いものを……



「こんな状況でもブレないわね」

「だって~これがおいらの生きがいなんだもん」

「他に生きがい見つけろ! フン! 早速だけど私が君に会いに来た理由は解ってるわよね?」

「お見舞い? それとも元気付けに? ならせめて拝むだけでも」

「知ってること全部話して貰うわよ。初めに……どうして椿の計画に加担してるの?」


「…………」


 トホホといった感じで、やっとエマのお尻から顔に目を向けた。


「答えなさい」

「負けちゃったし仕方ないか」


 肩を落すロイズ。


「…………」

「だって……可哀想じゃん」

「なら君は椿が可哀想だから今回の騒動を起こしたってこと?」

「一番はそうなんだけど、それだけじゃない気がするんだな」

「何が違う?」

「うーん、色々。最初は椿ちゃんが可哀想だからって手伝ってたけど途中からはちょっと違ってたかな。ところでエマの姉さんは椿ちゃんの事はどう思う?」

「会った事は一度だけ。話した事はない」

「印象は?」

「普通の明るい女の子」

「可愛いよね。元気があって愛想も良くて、お人形さんみたいで。彼女は遥かに年上なんだけど、そんなこと関係無く何度も頭を撫でちゃったね。でもねある時、あんな過去があったのに何であんな風にいられるのかな? ってフッと思ったの」

「桜と逢えると信じてるから?」

「オイラもそう思った。でもそれって100%ではないよね?」

「そうかもね」

「オイラだったら不安で居ても立ってもいられない」

「…………」


「彼女はオイラの前では楽しい思い出話しかしなかった。だから余計に心配で相当我慢してるんじゃないかと思って「無理してない?」って聞くと「頑張る」って返事しか返ってこない。その時、オイラと椿ちゃんの間にはどうやっても超えられない「壁」があるのに気が付いた。多分その壁が存在するせいで「何を頑張る」のかを彼女は教えてはくれなかったんだと思う」


「我慢? 本当に何かを我慢しているか、又は何かが成功するまで待っている?」


「うーん、普通に考えればそうなんだけど、オイラ的には何かを信じている……違うか、何かを「信じたい」んじゃないかな、って感じたけど」


「信じたい……ところで椿の過去は誰から聞いたの? 本人?」

「研究所にいる黒服の人達とレベッカさん」

「壁って何の事?」

「「贄」かそうでないかの違い、かな。だから「贄」になった姉さんが現れたことでやっと椿ちゃんの肩の荷が下りて楽になれたんじゃない?」

「今度は私達の番? 私達は可哀想だとは思わないの?」

「そりゃ同じく可哀想だとは思うけど?」


「けど? その言い方、結局は他人事だな」


「そりゃそうっしょ。だってこの問題は「覚醒」出来るか出来ないかで立場が180度変わっちゃうから」


「変わる?」


「そう。「贄」になれないおいら達が生き残る為には「贄」になれる人達が犠牲になることによって成り立つワケっしょ?」

「…………」


「それ以外に世界を救う方法があれば別だけど……ないよね?」

「それは……分からない」


「と言う事は今この世界を救えるのは「椿ちゃん」か「エマの姉さん達」の二択ってことになるよね?」

「…………」


「どっちもなりたくないって言ってたらどうなるの? 数百億人が住むこの世界」

「…………」


「あんまし時間ないよね?」

「…………」


「姉さんもしかして「椿がまた「贄」になればいいじゃん!」とか思ってたりする?」

「…………」


 黙って聞いているエマの眉間が、ワイズが問い掛ける度にピクピクと反応し始める。


「それって散々苦しんできた椿ちゃん達が可哀想だと思わない?」

「なら私達が代わりになればいいって言うの?」

「だからそれを決めるのは「贄」になれる人達。おいら達は唯々結果を待つだけ」


「…………」


「考えてみて。椿ちゃん達は既に一度「贄」になってくれてるんだよ? 12やそこらの子供が世界を救おうとしてくれたんだよ? こんな泥沼で過酷な運命からお姉ちゃん共々さっさと開放してあげたいと思うのが普通じゃない?」


 真顔で思いを吐露していく。

 それを瞬きも少なく聞いていたエマ。



 だが……



「その考えは「当事者」でない君には不要」

「?」


「それこそ当事者の問題。だから君はもう心配しなくていいって」

「え?」


「その議論はね、何度もしたの」

「…………それで? 結論は?」

「多数決で君の言い分は却下」

「た、多数決?」

「そう。その多数の中には「桜」も含まれてる」

「桜……椿ちゃんのお姉ちゃん?」

「そう。君は知らないだろうけど、桜は椿が来るのを今でも待ってるの」


「……え?」


「帰りたい、ではなくてね」


「…………」


「私の容姿変わったでしょ?」


「ん? そう言えば……黒いね」


「今頃かい!」


「いやいやとっても綺麗だと思うよ~? そう言えばエリーの姉さんも黒かったけど二人ともイメチェン?」


「違う! 実験台にされてたの!」


「あらあら~だからそんな素晴らしい「ないすばでぃー」になれたんだね~って元からか! で、実験って何?」


「私とエリ姉はね、桜と繋がっているのよ」


「?」


「詳しくは分かんなくていい。君にわかり易く端的に説明すれば今、私達は「桜の思い」や「願い」が分かるようになったってこと」


「つまり?」


「桜も含めた圧倒的多数が、椿が「贄」として復活する事を期待してるってこと! 今ではそれが一番丸く収まる方法なの!」


「という事はエマの姉さんは「贄」にはならないと?」

「ならん! 絶対に!」

「もう一度椿ちゃんに「贄」をやらせるの?」

「そうだ」

「椿ちゃんが「やだ!」って言っても?」

「説得する」

「どうやって?」

「分からん!」

「つまり出たとこ勝負?」

「おう! なんとかなる!」

「姉さんそんなキャラだったっけ?」

「お前のお陰だ!」

「は、はぁーー?」


「ロイズさん」


 カプセルの足元側で話を聞いていた菜緒が一歩前に進み出て会話に割り込んできた。


「へ? は、はい?」

「今、言ったことに嘘偽りはないかしら?」

「はい、ありませんけど……えーとどちら様?」


 何故か驚く。そして菜緒に対しては口調・表情が変わり畏まり出した。


「これは失礼しました。Cエリアの探索者で菜緒と言います」

「は、はい。初めまして。今後ともよろしくお願いします……」

「いえ、こちらこそ。私からも質問しても良くて?」

「は、はい、どうぞ。おいらに答えられる範囲内のことでしたら」

「構いません。椿さんは貴方に「消失」のことについてどんな説明をされたのかしら?」

「本人からは詳しくは聞いていません。椿ちゃんとは桜ちゃんとの楽しかった思い出とかの昔話が中心でしたから」


「私達のことは?」

「? 菜緒……さんたちのこと?」

「知らないようね。なら今回の計画について誰が指揮を執っていたの?」

「指令は研究所からレベッカさんを通して来てましたけど」


「あなたはレベッカさんと自由に話せるの?」

「それは無理……です。話すといっても一方的にメールが送られてくるだけで、会ったこともないです」

「そう。Bエリア基地ここのメインAIにウイルスを仕込むように指示してきたのも同じ手段で?」

「……はい。方法まで事細かく」


「エリスさんとの関係は?」

「? 同僚です」


「アリスさんとの関係は?」

「おいらにとっては同じく同僚です」


「? ……同僚以上の関係ではないのね?」

「…………はい」


 目線を泳がすロイズ。


「今回Bエリア基地ここでの一連の活動は貴方が一人で行っていたということで良いのかしら?」

「その通りです」


 シュンとなるロイズ。

 まるで小さな子が親に叱られているみたいに。


「そもそも何で椿の所に行ったんだ?」

「それは……」




「んーーエマっち! そこから先はちょっと待って欲しいっす!」


「へ? わ、ワイズ! なんでここに⁈ っていつの間に戻ってきた⁉」


「今っす! ちょっとロイズこいつに呼ばれたんで急いで帰って来たっす!」


 入口脇の転送装置からこちらに近付いて来るワイズ。


 見つけた途端、反射的に胸を隠して距離を取ろうと後退るが、何故かエマには向かわずカプセルを挟んだ反対側へと回り込んでそこで止まり弟をじっと見始めた。


 対するロイズは目だけを兄へと向ける。

 すると突然握りこぶしを作るとロイズの顔面に結構な勢いでグーパンチを叩きこんだ。


 綺麗に決まる左ストレート


「「「…………」」」


 突然の事で呆気に取られる三人。


「これは一人で抜け駆けした分っす!」

「そ、そんな……兄貴だって!」

「俺っちは裸を見ただけで未遂っす」

「そっちの方が羨ましい……」


 一体何の話をしているのやら……


「エマっち、この通りっす! ウチら兄弟を許して欲しいっす!」

「ゆ、許すって? 何を?」

「弟こいつがみんなに迷惑を掛けたこと。俺っちは弟こいつを止められなかったことをっす」

「止める?」

「そうっす。立場上、お互いの行為に直接手を出すことは禁止されてるんっす」

「立場? 禁止?」

「でもエマの姉さんに手を出すことは禁止されてない……ぐふっ!」


 今度はボディーブローが決まった


「それ、今後見つかるとマジ殺されるから自重するっす」

「だ、誰に?」

「ラーナさんっす」

「!」


 ブルブル震え出す。


「あの二人には俺達の役割なんて「アウトオブ眼中」みたいだから注意するっす」


 どこかの調子に乗ってる走り屋みたいな顔付きで言った。


「役割って?」

「おいら達には立派な役割があるんだな」

「どんな?」

「弟こいつは椿ちゃんに協力してあげる事っす」

「?」

「……ワイズ兄貴はアリスちゃんの手助け」

「椿? アリス? 手助け? 一体どういうこと?」


「まだ命令はあまり話せることは多くないっすけど、俺達兄弟はある使命によってその二人の元に別々に送り込まれたっすよ」


「送り込まれた? 誰の命令で?」

「だからそれ言えないの」

「アリスのところ? なら何故サラの言う事聞いてるの?」

「アリスちゃんに頼まれたっす。「私の手伝いは要らないからサラ主任の手助けをしてあげて」って。あんまりお役には立ててないっすけど。コイツのせいで」

「いやー照れるなー」


 ホントに照れてやがる。


「そう言えばサラが言ってたな、君の事」

「そうっすか? なら理解が早く済んで楽っす」

「大体いつから椿の所に行ってたんだ?」

「10歳過ぎた辺りから、かな?」

「へ? 君達は親元にいたんじゃ無いの?」

「それ、偽装っす」

「何で偽装なんかするの?」

「これ以上は許可がないと話せないっす!」


 体の前で両手を交差させながら話すのを拒否した。


「ロイズさん」

「は、はい?」

「さっきの「信じたい」ってところを聞きたいのだけれど、ちょっとだけいい?」

「は、はいどうぞ……!」



「…………」

「…………」



 二人して黙り込み見つめ出した。

 その様子、少々禁断の雰囲気が漂っていたが周りに花が咲き始めないところを見ると、どうやら真面目な脳内通話をしているようだ。


「でもこれはおいらの「予想」だけどあまり拘こだわってはいないと思います」

「そう、ありがとう」

「ど、どういたしまして」


 一分も経たない内に無口な会話は終わったようだ。


「何で脳内通話?」

「ちょっと確かめたい事があってね」

「そうなの?」

「そうなの」


 まあそれでいい。菜緒なら私が気付かない事や色んなパターンを想定して考えてそうだし、無理に口を挟むことはしない方がいい。


 たまーに無限ループに突入しちゃうみたいだけど、その時の様子は大体分かってるからそこだけ注意しとけばいいか。


「そんで肝心な事聞くの忘れてた。君は今後どうするんだ?」

「オイラ? どうしよう。出来れば椿ちゃんのところに戻って手助けを……ん」

「うぉ?」


 言いかけたところ、空間モニターがロイズとワイズの前に各々だけに読み取れる様に現れた。


「…………はぁ」


 読み終えて大きなため息をつくとモニターが消えた。


「もう……結構人使い荒いんだから。でも……うん! 信頼されてるって思おう!」

「んーーそうっす!」

「二人して何納得してるんだ? 今のは誰から?」

「えーと、それは言えないっす。ただ」

「ただ?」

「大まかに説明すれば、現時点からBエリア探索者として兄弟共々誇りを持って行動しなさい、と」

「所謂任務変更ってことっすね」

「はぁ?」


「実はオイラ達」

「今日17歳の誕生日なんすよ」


「……つまり成人した?」


「そうっす! 卒論もギリギリ間に合って無事卒業出来たっす!」


「堂々と探索者と言える様になった?」


「その通り」



「……フフフハハハハ!」



「エマっち、どうしたっすか?」

「そんなにオイラ達の成人が嬉しかったのかな?」

「いやなに、これで堂々とお前達を遠慮せず鍛える事が出来るわけだ! なーーワイズとロイズ?」


 久々の満面の弄り顔だ。

 その笑顔を見て固まる二人。


「エリアマスターとしてビシバシ鍛えてやるから覚悟しておけ! 少しでも反抗したら即刻営倉行きだと思え!」


「え、エリアマスター? 姉さんが? いつの間に?」

「姉さんでは無い! エリアマスターとお呼び! オホホホホホホホホ!」


 今までの己の行いに自覚があるのか、これからの自分達に訪れるであろう運命に悲壮感を覚えた兄弟。見る見る顔が青ざめていく。


 その隣では呆れ顔の菜緒。


 先程から黙って話を聞いていた菜奈はエマを見て目をウルウルとさせながら呟いた。


「エマちゃん……カッコいい♡」

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