元気! 雰囲気?

 入浴後エリーと連絡を取る為、エマと菜奈は基地へと向かうことにした。


 皆にその事を伝えると「私も付いていくー」とか言い出すかと思ったが、流石に空気を読んでくれたようで笑顔で送り出してくれた。


 アリスにも出掛ける旨を伝えようと連絡を試みたが何故だか繋がらず、代わりに傍にいたメイドさんに伝言を頼むと外出用のカジュアルな服を二着用意してくれた。


 それに着替え直し、夕焼け色に染まった花畑を菜奈と二人で歩いて転送装置がある場所へと向かった。


 基地側の装置から降りたら早速アルテミスを呼び出す。

 すると直ぐに変わらずの陽気な声が返って来た。


「やあ〜待ってたよ〜」

「うん、クレアの事は聞いた。アル、ありがと。感謝してる」

「よしよし大丈夫そうだね〜。クレアなら心配いらないからね~」

「うん。信じて待つことにした。絶対に帰って来るって」

「見違える程の変化が起きたようだね~。詳しい説明は出来ないけど~クレア彼女にとって旅立つには今のタイミングしか無かったんだな〜。このままだと時間経過と共に選択肢がみるみる減っちゃって手遅れになっちゃうしね~」

「でもアルにしては随分気が利いてんじゃない? 私にしてみればそっちの方が見違える程の変化だね」

「そお~? だってエマがレベッカに依頼してたんじゃないかいな~? 「フォローして」って~」

「そうだったね。レベッカが約束を守ってくれてるってことだ」

「勿論~だからね~レベッカの「願い」、エマの「思い」、そして桜の「気持ち」を全部纏めて叶えてあげる為に~さりげなくを「もっとー」に心掛けてサポートしてるんだな〜」


「そこに「椿の思い」は入ってないの?」


「それはまた別の問題~~でもね~~」

「でも?」

「…………」

「?」

「エリーと話すために来たんだよね~?取り敢えずミケちゃんとはもう繋がってるぞ~。いつでもどうぞ〜」


「……分かった」


 菜奈を見るとこちらを見て頷いた。

 それに頷き返す。




 あれだけ待ち焦がれていたエリー姉の声が今、やっと聞ける


 ちょっとだけ心臓の鼓動が早くなる。


 早く声が聞きたい


 でも同時に心の中に躊躇いが生まれてきた。


 もし繋がらなかったら……


 穴ぼこだらけの基地の様子が脳裏を横切る


 変わった自分の容姿を見た瞬間の気持ちを思い出す


 僅かな期間に起きた色んなことを思い出し、中々目を閉じることが出来ずにいると菜奈が手を握ってくれた。


 その手を力強く握り返す。


 菜奈は何も言わない


 ただ私の目だけを見ていた




 私の目……そうか……もうクレアだけじゃなかったんだ




 目を見ていてやっと気が付く。


 心の中の不安や蟠わだかまり、色々な事が消え去っていく。




 自然と笑みがこぼれた


 握る手の力が緩んでいく




 そしてゆっくり目を瞑り、無心でエリーに呼び掛けた。




(……エリ姉?)


(……エマ? ……久しぶりね。怪我とか病気はしなかった?)


 返ってきた声も同様に若干緊張が感じられる。


(うん。エリ姉は?)


(私も元気よ)


(今……何してるの?)


(ん〜今〜? 今は基地でのんびりエステして貰ってる最中かな〜)


 流石我が姉。


 私の心情を感じ取りさり気無くいつもの話し方に戻してきた。


 僅かな時間差で姉になっただけの違い。

「生きてきた時間」は全く同じなに「過ごしてきた時間」の違いを感じずにはいられない。


 私は何も考えずに自分の人生を歩んできたが、エリ姉は一人分余計に背負って生きてきたのだ。


 新たに姉と自分との違いを知る事が出来て、嬉しく心が軽くなった。

 お蔭で自分もいつもの口調へとすんなり戻れた。



(ホント? 私もちょっと前にして貰ったんだ。そうだ! ドリーの保養地がいい感じの温泉になってたよ! 行ってみたら?)

(今は大規模改装中で使えないってラーナさんがね〜)

(へ? 改装? どんな感じ?)

(わかんな〜い。教えてくれないのよね〜)

(気を付けないと変なことやり出すから小まめにチェックして!)

(そこまで心配しなくて大丈夫よ〜)

(いやいやローナ不在のラーたん甘く見ちゃダメ! ちょっと前に実際私が被害にあったってーの!)

(そうなの⁈)


「うん!」


 会話出来る事自体が嬉しくて思わず声が出た。ついでに肩の力がすっかり抜けた。


(でも……元気そうで本当に良かった〜)

(エリ姉も! 変な事されなかった?)

(ん〜色々あったわね〜。それはエマも同じだと思うけどね〜)

(こっちもいっぱいあったんだ。そうだ! 友達いっぱい増えたんだぞ!)

(そうなの? 良かったじゃない)

(うん。もう直ぐみんなでそっちに帰る。そしたら紹介するから待ってて!)

(それは楽しみ〜)

(いっぱい……話したいことがあるんだ)

(こっちもよ〜早く帰っておいで〜)

(うん! 待ってて!)


 脳内通話を終えゆっくりと目を開ける。


 自分でも笑みになっているのが良く分かる。


 隣では緩ませた表情の菜奈が変わらずこちらを見ていた。


 目が合うと思わず抱き付いてしまう。


 菜奈も何も言わずに体に手を回してきてくれた。




 そのまま暫くの間、無言で力強く抱き合った。




「終わった?」


 突然声が掛かる。

 声がした方を見ると転送装置の上で、菜緒と驚いた表情のノアがこちらを見て立っていた。


 菜奈から離れ二人に向き直る。


「うん、やっと話せた。みんなのおかげ。ありがとね」


 深々と頭を下げて礼を言う。


「……もう大丈夫そうね」


 エマを見て呟く菜緒。

 喜んでいるように見えるのだが何処か少し寂しそうにも見えた。


 菜緒は視線は動かさずに隣のノアを背中をそっと押す。

 それを合図にノアが走り出しエマに駆け寄り何も言わずに思いっきり抱き付いてきた。


 突然の事だったので多少は驚いたが、エマも何も言わずに暫しの間、力一杯抱き締めた。




 その後、左手に菜奈、右手はノアと手を繋ぎ、四人並んでアリス邸へと戻って行った。


 途中、誰かの腹の虫が泣いたことで昼食を取っていなかったのを思い出す。


 だがもう間も無く夕食なので我慢することにしたのだが、アリス邸の中庭の芝生の上で、マキ達が楽しそうにお茶会を開いていたので問答無用で乱入すると、気を利かせたメイドさんが即座に茶菓子を用意してくれたので遠慮せず小腹を満たした。


 その後、ちょっとだけ遅めの夕食ディナーに案内された。


 これも多分だが楽しい雑談の邪魔はすまいと執事さんあたりが配慮して時間をずらしてくれたのだろう。


 夕食は二卓に分けた。


 これは事前にメイドさんに大きな卓で全員一緒に座るか、それとも分けるかの相談を受けたのだが、用意するのも面倒だろうし、大きい卓だと隣や前と離れ過ぎても食事が楽しめないだろうと思い、今置いてある円卓で構わないと返答したからだ。



 因みにエマ、菜緒、菜奈、ノアのグループ。

 もう一方はマキ、ラン、リン、ソニア、エリス。


 この席分けには特に異論は出なかった。


 マナーを守りながら食事は静かに進んでいたが、エマは何気無く隣りの円卓を見て驚愕してしまう。


 あのリンが、行儀作法とは無縁そうな彼女が周りの誰よりも華麗にナイフとフォークを使いこなしていたのだ。

 その雰囲気はまるでどこかのご令嬢そのもので別人に思えるほどだ。


 少しというか、かなり落ち込みかけたが、その隣りでは箸で器用に食事をしているマキを見て直ぐに持ち直した。


 アリスと執事さんは食事が終わっても何故だか現れなかった。





 食後、全員でもう一度入浴し夜空が綺麗なテラスで寛いでいると執事さんがやってきて、菜緒とエマを1階の食堂とは逆側の部屋へと連れて行った。


 中には入らず扉脇で執事さんが二人に中に入る様、無言で促してきた。

 訳もわからず躊躇いながらも薄暗い部屋の中に入ると部屋の中央でアリスが座って何かを飲んでいる姿が目に入る。


 後ろから扉の閉まる音が僅かに聞こえたので振り向くと、執事さんは外で待機する様で誰もいなかった。


 二人顔を見合わせた後、アリスの対面の席へ座る。


 座るとアリスは手に持っていたカップを置くが、目を瞑ぶり背もたれに寄りかかり黙ったまま何かに集中しているみたいで口を開こうとはしなかった。


 二人とも部屋に入った瞬間から他とは明らかに異質なこの部屋の雰囲気に気圧され、さらにアリス自身からもレイアの部屋で別れた時とは明らかに違う雰囲気オーラが漂っているのが感じられたので容易に話し掛ける事が出来なかった。


 何と言うか……神秘的な雰囲気オーラ。そうあの夢で見たあの金髪少女と同じ感じの……



「……ふぅ。久しぶりなのでまだ慣れませんね……」

「「…………」」


 話し掛けられずに黙って見つめる二人。


 口を開いた後に目を開け、焦点の合わない視線を宙に彷徨わせていたが、暫くするといつもの表情に戻った。


「……お待たせしました。突然呼び出してすいません。今後の予定ですが、何か計画はありますか?」


 雰囲気だけで無く、話し方というか何か違和感を強く感じる。

 ただ威圧感や恐怖などは微塵も感じられない。


 感じるのは雰囲気オーラと張り詰めた緊張感だけだ。


「どうしようか迷ってる。正直に言えば今すぐにでもエリ姉に会いに帰りたい。でも基地にはラーたんやシャーリーもいるからエリ姉の心配はしてない。それよりも最初の予定通り「遺跡周り」をしてから帰ろうかと思ってる」


 アリスの問いに僅かに間を空けた後、エマが答えた。最初はアリスを、途中から菜緒を見て。


 隣の菜緒はアリスを見たまま口を挟まずに聞いていた。


 対してアリスは二人を交互に見やる。


「そうですか。それで良いかと思います。ただ……」

「「…………」」

「「遺跡」に行かれるのでしたら必ずエリスを連れて行って下さいね」

「それは何故?」


 菜緒が口を開く。


「エリスがこのタイミングでやって来なければ私が同行するつもりでした。ですが考えてみたら貴方達に直接アドバイスは出来ないので時間が掛かってしまいます。それなら私よりもあの子の方が「遺跡」に関して適任なのです」

「何故エリスさんが適任なのかしら?」

「それは行けば分かります」

「……分かりました」


 素直に引き下がる菜緒。


「それより私はBエリア基地ホームに戻ります」

「なんで? 遺跡に降りなくても軌道上で待ってるとかでもいいんじゃない?」

「Bエリア基地ホームにはラーナさんがいるんですよね?」


 菜緒に聞いてきた。


「ラーナさん? ……その筈です」

「なら尚更皆さんとは行動を共には出来なくなりました」

「何で? 協力してくれるって」

「エリスがここにやって来た理由。基地にラーナさんがいる事実。否応なしに状況が変わってきました。なので違う方面から協力させて貰います」

「ど、どういう」「分かりました」


 聞き返そうとしたところ、菜緒に遮られた。


「アリスさん。私達に何かアドバイスを貰えませんか?」

「話が早くて助かります。ではエマさんから」

「…………」

「今のまま変わらずにいること」

「は、はい?」

「言葉の通り。貴方はまだ自分の「思いの形」に気付けていない。でも貴方の場合、それでいい」

「は、はぁ……」


「フフ。次、菜緒さん」

「…………」

「過去の事は忘れて今を見なさい」

「過去? 今?」

「貴方の場合、その過去が足枷になっているから」

「…………」


「最後に菜奈さんは……エマさん、離れず出来るだけ一緒にいてあげること」


「二人には具体的なアドバイスだなー」

「それはそうです。僅かですが二人とは繋がっていますからね」


 ここでアリスはやっと笑みを見せた。


「それと「遺跡」で分からない事があったらエリスに聞いて下さい。喜んで手取り足取り教えてくれると思いますよ」


「!」


 突然菜緒が何かに気が付いたらしく、いきなり顔を上げアリスを見つめ出した。


「ど、どしたの⁈」

「分かった事がある……かも」

「何が?」

「何故ラーナさんではなく、私に貴方と同行する様に言ってきたのか、更に何故ラーナさんが基地に戻らなければならなかったの理由がね」

「深いワケがあるの?」

「同行は良いとして……」

「良いとして?」

「でも……ローナさんはそこまで読んでたっていうの?」

「ローナ? 何がローナ?」

「もしかして、ミアではなくノアが戻って来た事と関係あるのかしら……」

「……おーい」

「それとも……リンさん?」


 ちっ、無視かいな。

 自分の世界に入っちまっただよ。


 それなら連れ戻すまで!



 こちょこちょこちょこちょ……



「ん……んんんんーーーー!」



 菜緒ちゃんたら相変わらず感度良すぎ。

 ちょっとくすぐっただけで顔真っ赤にして逝ってもうた。



「あっ!」



 椅子にもたれかかって気を失った菜緒を見て驚くアリス。



「あっ? 何だ?」

「い、いえ何でも……」


 顔真っ赤にして目を背けた。



 あっ! ってなんじゃい。

 色々と気になるでしょうに!



「それと基地ここの後始末は私が引き継ぎます。ですから明日にはここを出発して下さい」

「いいの? ていうか本来なら君がしでかした事なんだから君が責任とるべきなんじゃないかい?」

「一部に関しては否定はしませんが、全体では私のせいではないので責任を取る必要はないと思いますがね」

「はぁーー分かった。ところでメンバーはどうしよう」

「メンバー、ですか?」

「そう。私の護衛」

「遺跡周りには必要ありません」

「そうなの? 何で?」

「だってエリスが同行するんですよ? レベル5の。あの子に真っ向から対抗出来うる者はこの世界では私を除き凡およそ一人しかいません。なので護衛なんかはいりません」

「ホントに? レイアみたいな体力勝負で押してくる人、現れない?」

「私の知る限りではいない筈です」

「筈?」

「考えてもみて下さい。彼女やエリスの背後にいるのは一体誰ですか?」

「椿?」

「エリスはエマさんに何と言っていましたか?」

「手を貸すって」

「そう、手を貸しているのに邪魔してどうするんです?」

「そりゃそうだ」

「あと必要ないのは護衛であって、菜緒さんと菜奈さんは出来る限り連れて行って下さいね」

「何で二人は連れてくの?」


「可能性を高めるため」


「? ……分かった」


「繰り返し言いますが後はいりません」

「いらないって……でも約束してるからね」

「どなたと?」

「ノアとラン」

「ランさん? という事は今なら漏れなくリンさんも付いてきますよ?」

「……当然そうなるよね」

「ソニアさんは? 仲間外れ? マキさんと二人寂しく基地に行けと? 可哀想に」

「そんな言い方しなくても」


「後で後悔する様な事態になっても知りませんよ?」


「な、何? 後悔ってどーゆー意味?」

「私からは言えません」

「ここまで言っといてそれ言うの?」

「全ては椿さんが決めたこと。私が口を出すことではありませんから」

「椿が決めた? 尚更分からん」


「ただし!」


「?」


「これだけは前もって言っておきますが、最悪の結果になりそうな場合、私達の世界を守る為、全ての人との間で交わした全ての約束はその時点で反故とし、なり振り構わず行動を起こします。その時、私に慈悲は期待しないで下さい。例え椿さんであろうが親しい誰かが死のうがこちらの世界が滅茶苦茶カオスになろうが、目標を成し遂げる迄一切情け容赦をするつもりはありませんので」


「最悪の結果って?」

「言わなくても分かりますよね?」


 見た事もない冷徹な眼差しでエマを見るアリス。その目を見て思わず唾を飲み込む。


「まだ時間はあります。なのでそのような事態にならないよう、先ずは己の「力」を高めて下さいね」

「……分かった……けどなんか違う」

「何がですか?」

「今の君はアリスじゃない」

「……これが「素」の私です」

「それ違う」

「話はここまで。今晩はゆっくりとお休み下さい」


 と言うと扉が開いて執事さんが入ってきて菜緒を軽々と抱えて出て行く。


 エマもそれに付いて行こうと数歩歩き始めたところ、背後からハッキリとした確かな声が聞こえてきた。




「覚えておいて。多分チャンスは一度きり。タイミングを間違えないでね」




 振り向くと、目を瞑り静かにカップの中身を飲み干す。


 エマが見つめる中、アリスはそれ以上口を開こうとはしなかった……

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