第83話 説得? 反省!


「ア……リスじゃ……ない……」


 自分の口から感情が伴わない言葉が思わず漏れた。



 この部屋に入って判明したのは、椿が「いた」事実とアリスが「いなかった」事実の二つのみ。

 二つの「事実」に三人ともショックを受けたが、その割合は同じではなく後者が圧倒的に大きかった。

 特に菜奈は感情を顕にした「唖然とした状態」の表情にて驚いていた。


 三人がショックを受けた理由は概ね同じ。それはここに来るまでに得た情報の全てが「アリス」の存在を示していたからだ。


 だが現実は違った。実際には、


 長くて金髪……ではなく肩までしかない黒髪。

 人形のような白い……ではなく若干褐色を帯びた肌。

 決定的に違うのは顔の輪郭と黒色の瞳。


 アリスの面影は服のみでその下、つまり中身は全くの別人である椿がいたのだ。


 その椿は対照的に落ち着いていた。

 体格に不釣り合いなシートに深々と腰掛け、の雰囲気で瞬き少なくこちらを見ていた。

 背は背もたれに付けずに正し、腕はアームレストに乗せ、脹脛ふくらはぎはオットマンに。かかとはフットレストに届いていないのでぶら下げた状態。

 容姿は両親と離れ離れになった「あの時」から少しは成長していたようで、特徴的な服が椿の為にあつらえた様かと思えるほどサイズがピッタリであった。


 同じ服で明るい雰囲気のアリスやエリス金髪姉妹はお人形さんのようで可愛らしいが、黒髪・黒い瞳、そして悲しそうな表情の椿が着ると神秘的に見えてくる。


 その椿はエマと目が合うと三人を順に見回してから一度目を瞑る。

 そして一呼吸開けてから徐に目を開け話しを始めた。


「ここまで来たということは……」


 小さな声。静かな部屋だからこそ聞き取れる音量で語り掛ける。


 そして三人にとって初めて聞く肉声。

 エマは夢の中で何度か聞いていたが、耳で直接聞く声では明らかに異なる。

 そのお陰でショックから現実へと引き戻された。


「貴方は探索者の存在理由を知ってしまった。自身の逃れられない「運命」を知ってしまった。その上でお尋ねします。何故忠告を無視してまでここに来たのですか?」


 一言ずつ、ゆっくりと話す。その問いに対し同じように目を見て答えた。


「決めたから」

「何を?」

「みんなを救うって」

「みんな、とは?」

「貴方とお姉さん」

「私達を救うと? どのように?」

「それは……あなた達二人の願いを叶えてあげる」


 情報が圧倒的に足りていない。だから具体的には何も決まっていないに等しい。


「ならば貴方が「贄」となると? 決意が固まったとの理解で良いのですか?」

「違う! そうじゃなくて本来の「贄」である貴方達が……」

「それはもう無理……手遅れです」

「…………」

「私も最初は手を尽くしました。姉を、そして自分達の世界を何とか救いたいと。でも駄目でした。私の力ではどんなに足掻いても……。状況を変えられなかった」


 ……結果が同じ? 状況?


「だから「あの人」が今やろうとしているのは私達姉妹の……二つの世界の最後の望み……」

「あの人? あの人って?」

「……貴方達姉妹は唯一の「贄」。特にエマさん、貴方は二つの世界を救うことが出来るの存在」


「私は「贄」にはならない! それより貴方達姉妹を救ってあげたいの!」


「もう起きてしまった過去は変えられない。だから。それよりも貴方が「贄」としての使命を果たさないと、私達どころか二つの世界に生きる者たちに未来は訪れないんですよ?」


「だから他に!」 


 ……手はある筈!


「貴方は探索者。探索者になるには「自己犠牲の精神」が条件となっています。貴方は「特別」ですが探索者であり、そして探索艦に乗れたのだからその条件はクリアしています。なので私が言っていることは理解出来る筈」


「…………」


 つまり他人の為に、世界の為に「贄」になれと?


「貴方は世界の破滅を望んでいるのですか?」


 首を横に振る。


「それなら貴方がやるべきことは一つなのでは?」


「…………」


「隣にいる友人の未来は?」


「…………」


探索者仲間やドリーにいる人々の未来は?」


「…………」


「貴方は知っている。世界の壁を越えてもことを……」


「…………」


「何も恐れることはありません」


「…………」


こちらの世界と同様、とても住みやすく……」


「そうじゃなくて、他に手があるって!」


「……ですから貴方が「贄」となる以外にもう手段が」


「だ、だってレベッカが!」


「…………あの人と話せた……の?」


 レベッカの名を聞き固まる椿。


「え? う、うん」


 予想外な反応を見て少し弱気になる。


「……そう。それで何を聞いたのかは知りませんが、貴方は? いえ……信じたからこそ、ここまで来たのでしょうね」


 虚ろな表情をしながら大きくため息を一つつく椿。


「え……ど、どういう意味?」

「……まあ良いでしょう。以上、追い返す訳にもいきません。なので少し話でもしましょう」

「…………」

「でもその前にあちらを止めないと。そのうち怪我人が出そうだし……」


 と前触れもなくシートから降りると、椿の後方に当たる正面壁面モニターの一画を見た。

 そこには菜緒が何者かと「格闘」している様子が映っていた。




 ・・・・・・




「ハズレなら仕事は一時保留だよな? ってことでそこの健康的な体型の姉ちゃん! クレアの居場所を教えて貰おうか?」


 不敵な笑みそのまま、言葉遣いとは真逆のトップモデル並みの優雅な歩き方でマキに近づく。

 その際に気付いたが彼女はこちらとは違い頭部保護シールドはおろか、武器の類も持っておらず、全くの丸腰であった。


「ど、どうするなの⁈」


 後方からソニアの声。

 相手は宇宙服を着ているとはいえ丸腰。こちらはノア手製の凶悪兵器。

 そして不味いことに探索者で記憶に無い人物。

 トドメはクレアと瓜二つな容姿。

 いくらクレアでは無いと頭で理解していても、引き金を引くには勇気がいる。


「い、一旦距離を空ける! 通路まで後っーーーー」

「な、菜緒ーー‼︎」

「「キャーーーー」」


 菜緒が判断を一瞬迷った隙を突いて、その女性は簡易型反重力シューズの力で瞬時に近付くと、頭部保護シールドをバスケットボールの様に掴みそのまま力任せに壁へ物凄い勢いで叩きつけようと飛んだ……のだが菜緒は即座にガンを捨てレイア黒髪の女性の腕を掴むと、そのまま懐に潜り込み、背負い投げの要領で無理矢理体を捻り態勢を入替えると、自らの体重を乗せて壁に叩きつけよう床を蹴る……が更にレイア黒髪の女性はそれにすら反応し、激突寸前に体を仰け反らせ足を壁に着け衝突を阻止する。

 そのまま足だけでなく、全身を使い壁を蹴り勢いをつけ掴まれていた腕を振りほどくと、空中で華麗に一回転しながら離れたところへ優雅に着地をしてみせた。


 一方の菜緒は体勢を崩すも何とか片膝を着く程度で堪えた。


 二人が離れたところで、マキ・ラン・ソニアの三人が菜緒をガードするように、銃口をレイア黒髪の女性に向けた状態で取り囲む


「お~~ねえちゃんやるね~! 伊達にいい身体からだしてないわな!」


「ハアハア……ふ、不意打ちとは……」



 ──しかもこの宇宙服のを見抜いている⁈



「はぁ~? 先に人の部屋の扉ぶっ壊すわ、手ぶらな人間に銃口向けるわ、不意打ちはお前らの方だろう」

「ここの基地の人達はどこ?」

「さあ?」

「貴方達の仕業でしょ? とぼけるつもり?」

「知らんわ! 俺が来たときには既にもぬけの殻だったわ! てか話し合いしたいんならその物騒なもん降ろしな! それとも続けるか? やる気なら次は手加減してやらんぜ?」


『……そのくらいで遊ぶのは止めて下さい。貴方、自分の任務を忘れてはいませんよね?』


 突然、室内に女性の声が響き渡った。


「ちっ、時間切れか。命拾いしたな!」


 少し残念そうなレイア黒髪の女性


(な、奈緒姉、大丈夫? 怪我ない?)

(その声はエマ? こちらは大丈夫。それより会えたのよね?)

(そ、それが……いなかった)

(い、いない? じゃあ今の声は誰?)

(……椿)

(つ、椿⁈ アリスさんじゃなくて⁈)

(そう……みたい)

(ノア⁉︎)

(…………)

(ノア‼︎)

(……両方とも見てた、ぞ。しかし訳わからん、よね。……まあ……でも害意は感じないし、こっちはだから現状確認の意味合いで少し付き合ったらいいかも、ね)

(最悪ね……仕方ない。いざという時はそちらの判断で良きに計らえ!)

(……おう! その言葉、待ってた、じゃん!)

(良きに計らえって?)

(……内緒だ、よ~ん)


 脳内通話を終えた菜緒は立ち上がると頭部保護シールドを解除。レイア黒髪の女性に銃口を向けているマキの肩を軽く叩くと三人に指示を出す。


「みんなガンを降ろして」

「ええの?」


 目を合わせず頷く。

 それから小さくため息を吐いてからレイア黒髪の女性の前へ。


「貴方の言う通りね。次からはノックくらいはしてあ・げ・る・わ」


 お互いの山脈の山頂が当たる寸前で立ち止まると胸を張りながら両手に腰に手を当て醒めた表情でレイア黒髪の女性を正面から見下ろす。

 菜緒の方が若干背が高いのでレイア黒髪の女性を見下ろす形となる。


「お? いいね~その性格! 嫌いじゃないぜ」


 挑発的な振る舞いの菜緒の顔に、不敵な笑みを浮かべながら顔を近付けて挑発し返す。

 お互いの鼻との距離は約十cm。

 その距離のせいでほぼ標高が同じ高さの「立派な山脈」が正面衝突。こちらも強烈に自己主張、挑発し合っていた。


「貴方は誰?」

「クレアはどこだ?」


 見えない火花を散らし合う二人の会話は噛み合わない。


「二人ともちょい待ち」


 成り行きを見守っていたマキが、声を掛けてから二人にゆっくりと近付いていく。

 菜緒の隣まで来たところで、今度はマキが菜緒の肩を叩いてからレイア黒髪の女性に向け話し始めた。


「二人ともちっと落ち着こか。ウチはBエリアのマキ。でこいつがCエリアの菜緒。であっちがウチと同じエリアのランとDエリアのソニアや。見ての通り皆、探索者をやっとる」


 それに対し、


「これはこれはご丁寧に。俺は……所属は言えないが名はレイア。探索者でないが探索艦に乗ってるぜ」


 菜緒から一歩離れるとマキに向き直りペコリと頭を下げた。


「そうか、レイア言うんか。艦乗りやのに探索者でないんか。ついでにも一つ教えてくれんか? あんたクレアのあねちゃんやろ?」

「おう、良く分かったな!」

「いや~クレアそっくりちゅーか初めはクレアかと思うたわ」

「そうなのか? それは素直に嬉しい言葉だぜ!」


 照れながらも喜んでいる。


「……ナンや急に雰囲気が変わったの」

「お前らのだ。自分で言うのもなんだがこれでも我慢強い方だと思うが、いきなり部屋ぶっ壊されるわ、銃突き付けられるわ、普通ならキレるだろ? マキ、お前なら冷静でいられっか?」


「それは……すまんかった。皆を代表して謝る」


 素直に頭を下げるマキ。


「いえいえこちらこそ理由も聞かずに手出したのは悪かったと思ってる。さっきのはただの自衛行為と思って諦めてくれ。最近牛乳飲んでないんでカルシウム不足なんだ」


 マキに「合わせて」素直に謝るレイア。


「牛乳? それならウチの艦にメッチャ積んであんで」

「マジですか? なら後で分けてくれねーか? 持ってくんの忘れちまってよ」

基地ここのは?」

「おれは探索部の人間じゃない。だから勝手に頂いたら不味いだろ?」


「へー。そりゃ立派な心構えやん。気に入った、バケツ一杯分送っとく。その代わりさっきの件は水に流すってことで」


 マキが右手を差し出す。


「ああ。俺もストレス発散も出来たしな。こっちはそれでいいぜ」


 その手をレイアが握る。それからチラッと菜緒に視線を向けると、


「でもそっちのねえちゃんはそれでいいのか? 見た感じ、暴れ足り無さそうだがな。俺以上に相当ストレス溜まってんじゃねーのか? それともか?」


 レイアのあまりの変わりようにあっけにとられていた菜緒。再びレイアと目線が合ったところでやっと我に返り、肩の力を抜いてから言い返す。


「取りあえず……休戦しましょう」


 その言葉にレイアがまた不機嫌に。


「だから俺はお前らの敵じゃねえって言ってんだろ! お前どんだけバトルジャンキーなんだ⁈」


 その言葉に菜緒が反応。


「な⁈ そ、それならここの人達の居場所を素直に」

「だから知らねえって! それにな、お前なんでそんなに上から目線なんだ? お前は俺のお袋か何かか?」


 とまた二人の距離がジワジワと狭まりだす。


 売り言葉に買い言葉。

 やり取りを見ていたマキは、どうやら二人の相性は水と油らしく、どちらか一方に肩入れしたら纏まるものも纏まらないと判断。ここは「中立の立場」の者が必要と思い、その役割をかって出ることにする。

 その際「二人の言い分はどちらも正しい」との直感を信じ二人の肩に手を置く。


「ま~その話は後でゆっくりしようか」


 と問題を先送りにする提案をしてみた。


「急いでもゆっくりでも知らねーもんは話しようがねえぞ?」

「ああ、かまわへん」


 片眉を上げるレイアに笑みで答えると「仕方ない」といった表情でマキから顔を背けた。

 一方、菜緒はマキを見ると開けたままの口を閉じて肩を落とした。



『話は済みましたか?』



 グットなタイミングで椿女性の声が。


「おう、待たせたな!」

『なら合流しましょう。場所は……展望室にしましょうか』

「またアソコ? あんたも好きだな~」

『それではお客様をお連れして』

「OK~そんじゃ俺についてきな」


 と部屋から出ていこうとする。


「転送装置は使わへんのか?」

「お前らのせいで壊れた。だから歩く」


 通路への扉に近い位置にいたランとソニアの間を擦り抜け出口へと向かう。


「あ、そう……」


 マキと菜緒が顔を見合わせる。


「「キャーーーー」」


 突然ランとソニアの叫び声を上げる。


「あはははは! 可愛いしてるな!」


 レイアの豪快な笑い声。


 どうやらすれ違いざま、二人のお尻を撫でたらしい。


「さあ行くぜ! しっかりと付いてきな!」


 颯爽と出て行くレイアの後に続いて四人が扉から出ると、廊下には修理担当ロボットが一機待機していた。

 擦れ違いざまそのロボットのセンサーと視線が合った様な気がした菜緒。


「菜緒、だったか? ちゃんとそいつに「壊してごめんなさい」って謝っとけよ」


 先頭を歩くレイアが振り向かずに言い放つ。

 そのレイアが言わんとした事が分かり、色々な部分で自らの未熟さを痛感する。

 そして少しシュンとなりながらも素直に頭を下げてから皆に付いて行った。




 ・・・・・・




 先程から映像のみで音声は流されていなかったが菜緒達の一部始終は見えていたが、何故だか相手は映っておらず、結局は誰を相手にしているのかは分からず終い。

 ただその後の様子や会話、さらには武装もそのまま大人しくついて行ったことから、とりあえずは危険な状態を脱したと思い安堵する。


「場所を変えましょうか」


 そう言うなりシートから降りて転送装置へと向かう椿。

 夢に出てきた「椿」の言動は年相応の印象だった。だが今の椿の様子は当時とはかけ離れており、一抹の不安を抱いてしまう。


 アリスを見つけられなかった今は菜緒達と合流した方が良いと思い、二人と一体と共に椿に付いて行くことにした。

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